第二部 29話 エピローグ
「クリス、急がないと遅刻してしまいます!」
リアの焦った声で、僕は眠たい目を擦った。昨夜は早めにお暇したが、それでも親友の祝いに深酒をした自覚はあった。
「ごめん、リア。頭が痛い……」
「だから飲み過ぎないでと言ったのに……」
文句を言いながらも、リアは素早く僕を癒してくれた。今日も妻は優しくて可愛い。
挙式の場所は、王都中心にある大神殿だ。天界樹を見上げる場所に建っていて、王族はここで式を挙げることが定められている。予定が空いていれば、一般市民や貴族も式を挙げることは可能だ。
僕とリアもここで式を挙げた。少し前のはずだが、懐かしく感じる。
クリスが、大神殿を見て微笑んだ。白の魔法使いの式典用のローブを纏い、下には黒を基調とした礼服を着ている。今日も私の旦那様はとても美しい。
先ほどまで、二日酔いで呻いていたなんて、誰も思わない仕上がりだ。
「リア、今日も僕の瞳の色のドレスなんだね。綺麗だよ」
私たちは結婚式にも参列するので、花嫁が着る白色以外のドレスを着るのが暗黙の了解だ。式に相応しく華美にはならないものを、新たに仕立てた。
ここで問題なのが、何故か私のクローゼットには、クリスの瞳を彷彿とさせる紫色のドレスが非常に多いことだ。今回は、お兄様の結婚式なので、式典用のドレスを新調したが、例に漏れず色を決める時点で紫の色見本しかなかったのである。これには店に同行していた侍女のメリも苦笑いだ。
「奥様、違う色の見本も見せていただけるそうですよ……」
「そうね、そうしようかしら」
私の言葉を聞いたデザイナーは、その時点でピキッと固まってしまった。店の支配人も困り顔だし、控えている針子たちも何故かソワソワとしている……
「……やっぱり、紫色から選ぼうかしら?」
私がそう言うと、店全体が安堵に包まれたのが分かった。支配人に至っては、感涙している有様だ。この店を薦めてきたのはクリスだ。きっと、すべて織り込み済みなのだろう……
出来上がったドレスは、紫の光沢のあるシルクに銀色の刺繍で細かい模様が施されていた。クリスの髪色を彷彿とさせる仕上がりだ……
スカート部分はあまり膨らませず、全体的に落ち着いたデザインで、胸元から首までは同色のレースで覆われている。首元には、アウレリーア国王に下賜された真珠で作ったネックレスをつけることにした。イヤリングも同じデザインで作ったものをつけた。
真珠は沢山下賜されたので、シェリルお姉様にも贈った。お姉様はそれをとても気に入ってくれて、ウエディングドレスの胸元の飾りに使用してくれた。繊細な刺繍と純白の真珠が贅沢に使われた豪華なウエディングドレスは、凛として美しいお姉様にとても似合っていた。
「お兄様、とても幸せそうで良かったです」
少し離れた場所から幸せそうな二人を見ていたら、ホッとして言葉が洩れた。
厳かな挙式が無事に終わり、花嫁であるシェリルお姉様をエスコートして、パレードのための馬車に乗り込むお兄様は、終始微笑んでいて、少し気持ちが悪いくらい幸せそうだ。
「ああ、良かったな。キースもいろいろあったし、王女殿下もずっとキースを待ち続けてくれていた。そんな二人が、今日を無事に迎えられて、本当に良かった」
私は今までのことを思い出して、ウルっと涙が込み上げた。
ここに至るまでに、本当にいろいろあったのだ。両親が惨殺され、お兄様は行方不明で安否も分からなくなった。絶望して、妹の私ですらお兄様はもう死んでしまったのだと諦めそうになっていたのに、シェリルお姉様はお兄様が生きているという情報を信じて、7年間も待ち続けていたのだ。
お兄様は単身ガレア帝国に潜入して、いろいろあった末に、天界樹の祈りの方法を正した。お兄様の仮説がなければ、今も私はガレア帝国で花嫁として囚われていたかもしれない。
「リア、泣かないで。可愛い瞳がとけてしまうよ」
クリスはハンカチを取り出して、私の目元にそっと押し当てた。クリスと目が合って、私は泣き笑いのまま、そっとクリスの手を握った。
大神殿の鐘が、二人の門出を祝うように鳴り響いた。それを合図に、二人を乗せた馬車が走り出した。沿道には、第一王女とアドキンズ侯爵でありこの国の近衛騎士団長を祝おうと、沢山の市民で賑わっている。
二人が幸せそうに、沿道の人たちからの声援に手を振っている。少しだけお兄様を遠くに感じて寂しくなった私は、そっとクリスに囁いた。
「クリス、これからもずっと一緒にいてください」
クリスは嬉しそうに私を抱き寄せて、私を覗き込んだ。人目が気になり、少し恥ずかしいが、きっとみんなの目はパレードに釘付けのはずだ……
「ああ、勿論だよ。嫌だって言っても、ずっとリアの側にいるのは僕だって決まっているし、逃がしてあげる気もないからね」
今のところ、逃げ出す予定はないけれど、クリスが本気になれば、私が逃げ切れるはずがない。でも、逃がさないと言われると、逃げ出したくなるのはどうしてだろう。
私は少しだけ、クリスから物理的に距離をとってみた。それに気づいたクリスが、スッと距離を詰めて、いきなり私を子供のように抱き上げた。
「な、何しているの、クリス。下ろしてください、子供じゃないんだから」
「う~ん、どうしようか?ほら、リア。この方が、キースたちがよく見えるよ」
確かに視線が高くなって、王都の大通りをお兄様たちが乗っている屋根のない馬車が、人々に祝福されながら通っているのがよく見えた。人々が祝いのためにまいた花びらが、ひらひらと2人の上に舞い降りている。
「本当ですね。とても綺麗……、でも、もう下ろしてください。注目されています……」
「じゃあ、僕から離れないでね。聖女を見ようと、こちらに近づいてくる者もいるからね」
心配性なクリスは、その後も私の横から離れなかった。
それを目撃した人々から、白の魔法使いは聖女を溺愛していると、広く知れ渡るのは少し後のお話。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
「白の魔法使いは、聖女を逃がさない」第二部も完結となりました。
明日、キースと王女殿下の始まりの物語を、SSで投稿予定ですが、本編はエピローグで完結です。
この後は、キースとクリスティアンが出会った、魔法学園編を予定しています。現在構想中ですので、しばらくお待ちください。
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