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第6話 話し合いは大切です

 お兄様に真剣な眼差しを向けられ、私は素直に頷くしかなかった。確かにこのまま時間が過ぎても、私の中のモヤモヤとした感情は一向に晴れることはないだろう。

「クリスもだよ。夫婦になったからには、腹をくくれ。うだうだと僕に絡むのは迷惑だからね」

 お兄様はそのままチャーリー君を連れて部屋を出ていった。残された私たちは少し気まずい雰囲気のまま、数刻沈黙したままお互いの様子を探った。一度拒絶され傷ついた心はじくじくと痛んでいるままだった。


 重苦しい沈黙を破ったのはクリスティアン様だった。

「リア、この間はすまなかった。知らなくていいなんて言ったけど、本当は僕の過去を知られたくなかった。お世辞にも幸せな家庭で育っていなかったし、知られたら幻滅されると思うと怖かった。でも、その過去があって今の僕がいる、だから少しだけ聞いて欲しい」

 不安そうに微笑むクリスティアン様に、私はコクリと頷いた。

「聞かせてください。どんな話でも聞きたいです」

 クリスティアン様は少し緊張した様子で、今までの人生を語ってくれた。


 母親の胎内にいる時から魔力が高かったこと。お母様が魔力の高いクリスティアン様を産むときの無理がたたって寝たきりになったまま、クリスティアン様が5歳の時に亡くなってしまったこと。

 実父はほどなくして後妻を娶ったが、継母も実父もクリスティアン様には無関心だったこと。6歳の時に魔力暴走を起こしてからは化け物を見るような目で見られ、そのまま施設に預けられたこと。全寮制の魔法学園に入るまで施設を出ることを許されず、親子の情もわくことなく、学園にいる間に実父は病死して爵位を継いだこと。

「白の魔法使いに指名された時に、それまで無関心だった継母が突然訪ねてきて僕に抱きついたんだ……。その事がトラウマになって思い出す度に魔力が暴走しそうになった。それを払拭するために娼館に通ったこともある。恋人のような関係の女性もいた。どれも一時しのぎにしかならなかった。ちょうどその頃に僕の様子を見かねたキースに誘われて、休暇になるたびにアドキンズ侯爵領に遊びに行くようになったんだ」

「そうだったんですか」

 最初に会ったクリスティアン様は少し暗い雰囲気だったと思う。それがアドキンズ侯爵領にいる間に笑うようになっていった。お父様がお兄様とクリスティアン様を分け隔てなく修業と称して鍛えていたことや、お母様が手ずからお菓子を作ってくれたこと、私がクリスティアン様をお兄様のように慕っていたから。

「アドキンズ侯爵家の人たちが、僕に家族という形を教えてくれたんだ。僕にとっては心のリハビリになった。本当に素敵な思い出だよ」

 アドキンズ侯爵領に行ってからは、女性関係はそれほど酷いものではなかったそうだ。告白され気になれば付き合うような普通の交際はあったけれど、私の世話をするようになり、私ばかり優先することですぐに振られていたようだ。

「キャロライン嬢のことは、結婚適齢期になっていたし真剣に考えていた。それでも、結局僕はリアを優先していたから、半年ほど付き合って振られたんだ。それから一度も会っていない。まさか子供を産んでいて、それを僕の子だと言うなんて、本当に予想も出来なかった……。リアには嫌な思いをさせてしまったと思う。ごめん」

「私こそ避けてしまって、ごめんなさい。チャーリー君が来て、クリスティアン様の過去を知らないことが急に不安になってしまいました。今までいた恋人のことも、当時は気にならなかったのに、なんだかモヤモヤしてしまって、それでクリスティアン様の顔が見られなくなって…」

「リアが初めて嫉妬してくれた。不謹慎だけど、なんだかそれは嬉しいな」

 クリスティアン様がぎゅっと抱きしめてくれた。嫉妬、そうかこれがそうなんだと認めたら自然と心が落ち着いた。過去は過去、それは今更どうしようもない。過去に囚われて、今のクリスティアン様を避けるなんて。クリスティアン様は私のことを、過去も今もこんなに大切にしてくれているのだから、それでいいと思えた。

「大好きです。クリスティアン様」

「リア、僕も愛している。リアは僕の宝物だから、嫌なことや気になることはすぐに言って欲しい。ちゃんと話し合おう」

「はい、じゃあ遠慮なく」

 私はじっとクリスティアン様の瞳を見つめた。クリスティアン様の頬がほんのりと朱に染まっていく。期待したような顔で私の言葉を待ってくれているようだ。

「何だい?」

 私はにっこりと微笑んで、先ほど思いついたことを伝えた。

「チャーリー君を認知していただけませんか?」

「は?どうして……」

「今のままでは、待っていてもキャロライン様は出てきてくれません。認知すると言えばきっと急いで迎えに来てくれます。チャーリー君を大切にしているなら、ずっと心配しているはずです。事情を聴くために一芝居打ちましょう」

「そんなに上手くいくかな?それにどうやって知らせるの?」

 気乗りしていない顔でクリスティアン様が首を傾げた。確かに行方不明のキャロライン様に連絡をするのは難しいだろう、普通の人ならば……

「昔、お兄様に聞いたことがあるのですが、クリスティアン様は相手の魔力と大体の位置さえわかれば伝書蝶を飛ばすことが出来ると…」

「あ、そうか、その手があったな。焦り過ぎてそんなことも思いつかなかった……。キャロライン嬢の魔力は知っている、この街にいるのであればおそらく届けることが出来るだろう」

「では、伝書蝶に認知すると書いて、明日会いたいと伝えて下さい」

「来るだろうか…」

「きっと来てくれますよ。大切にしている子供と離れているんです。目的を果たせるならすぐにでも会いたいはずです」

 チャーリー君と日々を過ごす中で、母親であるキャロライン様が、どれだけ子供に愛情を持って接しているかが伝わってきた。大切な息子のことを、きっと心配しているはずだ。

「わかった。このままでは埒が明かないのも事実だ。リアの策に乗ってみよう」

 クリスティアン様は、伝書蝶用の紙にさっと文字を書いて手の平に乗せた。伝書蝶はふわりと光ってからひらひらと空へ向かって飛んで行った。

「どうやら目的の場所へ飛んで行ったようだな。後は明日の話次第だ。リア、分かっていると思うけど、どんな理由があれ認知はしないよ。それは譲れない」

「はい、それは分かっています。念のためお兄様にも同席をお願いしておきましょう」

「わかった、キースにも伝書蝶を送っておくよ」

 私は頷いてから空を見上げた。どうか伝書蝶が無事に届いて、明日チャーリー君が母親の元へ帰れますようにと願わずにいられなかった。


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