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第二部 22話 同情はしません

 朝というには日が昇り過ぎている時間に、私は窓の外の喧騒で目を覚ました。疲れ切って眠ったせいか、いつもより寝坊をしてしまったようだ。

「なに、かしら?外が騒がしい……」

 ベッドから起き上がり窓の外を覗くと、町の住人らしき人たちが集まって、ワイワイと話し込んでいるようだ。耳を澄まして聞いてみると、深夜に酒場で若い男が突然泡になって消えた、と言っているようだ。

「泡になって消えた……」

 私が唯一の心当たりを思い浮かべていると、部屋のドアがノックされた。

「あ、リア、起きていたんだね。まだ寝ていてもいいけど、どうする?」

 クリスが外套を着たまま部屋に入ってきた。外出から今戻ったようだ。

「クリス、どこに行っていたんですか?」

「ああ、深夜に泡になった男がいると聞いて、情報を収集してきたんだ。昨日リアが言っていただろ?人魚に呪われた男がいるって」

 昨日は時間が無かったので、攫われた経緯、人魚セイレーナの話と呪いについて簡単に説明をしていた。詳しい話をする前に、私は疲れて眠ってしまったから、今日改めて説明するつもりだった。

「男は漁師で名前はジャックというらしい。深夜男は一人、酒場で飲んでいたらしい。突然男は苦しみだして、酒場にいた客の目の前でそのまま泡になって消えてしまったそうだ。リアの言っていた男と、一致しているから、人魚の呪いで泡になったということだろう……」

「そうですね。人魚のセイレーナを騙して、殺そうとして呪われた漁師だと思います……」

「もしかして、助けたいと思っていた?」

 私はクリスの問いかけに、静かに首を横に振った。確かにジャックという男が、目の前に現れて助けを求めていたら、私はセイレーナのことを知っていても、助けてしまっていたかもしれない。

 でも、そんなに都合よく呪われたジャックが、私の前に現れる訳はないし、彼を探してまで解呪しようとは思えなかった。だからといって、男が泡になって消えても気にしない、とは言えなかった。

「人魚のセイレーナは、理由はともあれ、人を呪い殺してしまったのだと、その事実が私の気分を少しだけ重くしているのだと思います。ジャックには同情していません」

 クリスは私の頭を優しく撫でて、「そうか」とだけ言った。私はそのままクリスに抱きついて、瞳を閉じた。クリスはそれ以上何も言わずに、私の背中をやさしく抱きしめ続けてくれた。


「ありがとう、クリス。もう大丈夫です」

 心が落ち着いたので、私はクリスの腕の中から抜け出そうと声をかけた。クリスは名残惜しそうに、私の額にキスを落としてから離れていった。

「食事は出来そうかな?日数も限られているから、行きたいところがあるなら、リアの行きたいところに」

「あ、……行きたいところというか、行かなければならない所があります」

 私はクリスの期待に応えられないことを申し訳なく思いながら、青の魔法使いに伝えないといけない話があると言った。カイラ様たちから、王家にかけられた呪いについて調べて欲しいと頼まれていた。

 偶然ではあったが、私はその件についてセイレーナから詳しい話を聞いていた。私たちがアウレリーア国に滞在できる時間を考えれば、今から暢気に観光している時間は無いだろう。

「もしかして、僕たちの新婚旅行は、もう諦めた方がいい感じ、かな……」

「ごめんなさい、クリス。とても重要なことで、説明して王家の方々を説得する時間を考えると、このまま観光する時間は無さそうなの……」

 クリスはガックリと肩を落としたが、気を取り直したのか私を見て微笑んだ。

「わかった。これは外交の一環だということにして、帰国したら陛下から長期の休暇をもらおう。申請が通ったら、リアは僕と一緒に……ね?」

「一緒に……?」

 クリスがにっこりと微笑んだ。この笑顔は、休暇が許可されれば、私を休暇中離さないという顔だ。もしかして、休暇中寝室から出られないとか、そんな感じかもしれない。

「もし休暇が頂けたら、その時は…善処します」


 クリスと遅めの朝食をとった後、私たちは急いでアウレリーア国の王都へ向かった。馬車には侍女のメリも同乗していたので、王家の呪いについて話すわけにはいかず、詳しい話はカイラ様たちに会ってから、一緒に説明することにした。

 カイラ様たちの件は、この話をすれば解決する目途が立つはずだ。問題は消えた呪術師の行方と目的、イーストマン辺境伯領の件との関わりの有無だろうか。イーストマン辺境伯領の解呪は終わっているが、これで問題解決とはいかないだろう。

「リア、眉間にシワがよっているよ……」

 馬車の外を眺めながら、色々と考えを巡らせていると、クリスが私の眉間にツンッと指を当てた。私はハッとして、眉間に手を当てた。

「ごめんなさい。色々考えていたら、問題が山積みで……」

「いや、いいよ。でも一人で悩んでないで、その悩みは僕に分けたらいい。僕は君の悩みなら、解決する労力を惜しまないからね」

「ありがとう、クリス。一人で考えても、いい考えは浮かばなくて、困っていました」

「ああ、任せておいて。これが陛下からの頼みなら、全力で回避するけど、可愛い妻のためなら頑張れるよ」

 冗談のような本気のような微笑みで、クリスは私を甘やかし、陛下への不敬を囁いた。向かいの席に座っていた侍女のメリは、聞こえないふりをして馬車の窓の外へ視線を向けた。


 馬車は順調に進み、予定通り半日かかって王都へ戻って来た。そこから真っすぐ、王都にあるカイラ様たちの屋敷を目指した。まずはカイラ様たちに、セイレーナに教えてもらった話をするつもりだ。

 カイラ様たちの屋敷に着くと、私は出て来た執事に面会を申し入れた。執事は困惑した表情を一瞬したが、申し訳なさそうに頭を下げた。

「聖女様、白の魔法使い様、旦那様と奥様は、今朝王宮から召喚状が届き、まだ戻っておられません……」

「戻られるのは、いつ頃でしょうか?」

「……恐らく、直ぐに戻ることは出来ないようです……」

 執事は、今朝早くに王宮から衛兵が押しかけ、陛下からの召喚状を見せ、まるで罪人のようにカイラ様とギル様を連れて行ったのだと説明した。

「まさか、それは捕らえられたということですか?」

「それは、分かりません。ただ、今日中に帰れるような様子ではなかったので……」

 連れて行かれたのはカイラ様とギル様だけで、息子のアベリーは、乳母が屋敷内で世話をしているようだ。

「リア、王宮へ向かおう。その方が早いだろう」

 私は執事に別れを告げ、クリスと共に王宮へ向かった。私たちがいない間に、何かあったのだろうか……?不安になってクリスを見ると、クリスは私を励ますように肩を抱き寄せた。

「大丈夫だ。アウレリーア国の王は自国の聖女と青の魔法使いに、無体な真似をする様な愚王ではない。何か理由があって、召喚しただけだろう」


いつも読んでいただきありがとうございます。

毎日一話、投稿をしていましたが、少し執筆が滞っております。毎日読んでいただいていた方、本当にすみません。1週間ほど、頑張って書きますので、お待ちいただけると嬉しいです。黒柴あんこ

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