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第二部 21話 泡になって消える男

「クソっ、どうして俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ……。真実の愛ってなんだよ、もう時間が無い」

 酒場でジャックは安酒をぐいっとあおったが、これから待つ未来を考えると、どんなに飲んでも酔える気がしなかった。


 半年前、偶然漁で人魚を助けた時は、己の幸運を喜んだ。

 俺は人魚を利用しようと、何度も海で会う約束をして、信頼を得るように努力した。

 美しい人魚は、人を疑うことを知らないのか、母親が病気だというと高価な真珠を3粒もくれた。俺の母親は、俺が5歳の時に俺を捨てていなくなったから生死は不明だが、年はとっているから、今頃病気になっていてもおかしくはないだろう。

 俺が暗い顔をしていたのは、ギャンブルで負けが続き借金取りに返済を迫られていたからだった。仕事道具である舟を、差し押さえられる寸でのところで、俺はセイレーナに真珠を貰ったのだ。

 セイレーナに貰った真珠は、質がかなりいいらしく、売った金で借金を返してもおつりが来た。俺は久しぶりに新しい服を買った。買ったと言っても古着屋の古着だが、それでも幾分見栄えが良くなった気がした。これに味を占めた俺は、母親の病気を理由にセイレーナから真珠を受け取り続けた。

 真珠は大金を産み、俺は新しい舟を手に入れた。ギャンブルは負けることが多く、正直ツイていない気もするが、セイレーナから真珠を貰えば、借金はすぐに無くなるのだからと、金に糸目を付けなかった。

「ありがとう、セイレーナ。君は僕の大切な友達だ」

 俺はセイレーナに感謝を言ったが、セイレーナは少し不満そうだった。どうやら俺に惚れているらしい。


 怪しい呪術師と会ったのは、ギャンブルで酷く負けた日の夜だった。

「クソっ、今夜はツイてない……、まあいいさ。また、人魚から真珠を貰えばいいんだから……」

「おや、人魚?と、言いましたか?」

 独り言はことのほか大きくなったようで、偶然近くに座っていたマントの男に聞かれてしまった。俺は誤魔化そうとしたが、言い訳をする前に、俺のテーブルの上に数枚の金貨が置かれた。

「な、なんだ?」

「前金ですよ。もし本当に人魚がいるというのなら、鱗を一枚持ってきてください」

「鱗?一枚で、こんなに貰えるのか?」

「ああ、これはあくまで前金です。目的が達成できれば、これよりさらに差し上げます。どうですか?」

 俺は慌てて金貨を掴むと、鱗を持ってくると約束した。妖しい男は、自分は呪術師だと名乗り、人魚の血と肉が欲しいのだと言った。


 次の日海に漁に出ると、いつもの場所でセイレーナが待っていた。そしてセイレーナは、俺に告白してきたのだ。ツイていると、俺は心の中でほくそ笑んだ。

「俺を、好き?でも、セイレーナは人魚だから、陸では生活できない。……俺も君のことは好きだけど、結婚することは出来ないと、思うんだ……」

「どうしたらいいの?」

「……セイレーナの、鱗を一枚俺にくれないか?呪術師ならセイレーナを人間にしてくれるかもしれない。呪術師に頼むには、かなりの大金が必要だ。人魚の鱗なら、きっと価値があるから、大金に変えられると思う」

「私が、人間に……なれるの?」

 陸の世界に憧れていたセイレーナは、俺と陸で結婚生活ができると信じて、自分の鱗を剥がして渡した。俺はその日の夜に呪術師に会って、貰った鱗を渡した。

「確かに人魚の鱗のようですが、やはりこれ一枚では信じられません。あと3枚、手に入りますか?」

「……わかった、持ってくる」

 次の日、俺はわざと暗い顔で海にやって来た。セイレーナがどうしたのかと聞いたので、俺は悲しそうに泣いて見せた。

「鱗一枚では、呪術は出来ないと言われた。あと最低でも3枚持って行かないと、人間に出来ないそうだ……ごめん、セイレーナ。君と結婚したいのに、不甲斐ない俺で……」

「……わかったわ。3枚ね……」

 セイレーナは俺を信じ切って、鱗を3枚剥がして渡した。呪術師も、これで人魚の存在を信じるだろう。大金が手に入る予感に思わず笑いそうになって、俺は慌てて笑いを噛み殺した。

 2日後、黒いマントを被った呪術師を乗せた舟で、約束の時間に海の上で待っていると、セイレーナがやって来た。俺が舟の上に乗るように言ったので、セイレーナは素直に従った。

「セイレーナ、この人が呪術師様だよ。今から術をかけるから目を閉じて、じっとしていて欲しい」

 セイレーナが目を閉じたので、俺は急いで用意していたナイフを取り出した。呪術師は生きた状態で、人魚の肉が欲しいと言ったので、セイレーナが目を閉じた隙に一気にナイフを足鰭に突き刺し、勢いよく肉を削いだ。流石に痛かったようで、セイレーナは目を開けた。削いだ肉は呪術師が急いで袋に入れていた。

「私を騙したの?」

 焦った俺は、セイレーナの心臓めがけてナイフを振り下ろそうとした。セイレーナは咄嗟に鰭を跳ね上げて俺を払いのけ、俺は舟の縁に体を打ち付けて呻き声を上げ、手に持っていたナイフを海へ落下させた。呪術師は焦った様に呪文を唱え、暗闇に消えてしまった。

 まだ約束の大金は貰っていなかったが、今は目の前のセイレーナを何とかしないと拙い。

「許さない……」

「セイレーナ、待て、待ってくれ。話を……」

 俺に騙されたと理解したセイレーナは、話を聞く耳を持たなかった。黒いモヤが突然俺に絡みつき、俺の茶色い髪を黒く染め上げてしまった。

「な、何をした⁈」

「人魚の呪いをかけたわ。真実の愛がなければ、あなたはいずれ泡になって消えるわ。助かる方法は、真実の愛で結ばれた人とキスをすること。誰とでもいいわけではないから、気をつけてね。間違ったら即泡になるわ。解呪されれば、黒い髪は元の色に戻るはずよ」

「待ってくれ。真実の愛なんて……き、期限は、あるのか?」

「さあ、いつまでかしら?呪うのは初めてだから、ハッキリとは言えないわ。でも半年はもたない。安心して、その時は私も泡になるから」

「な、何を言っているんだ。安心なんてできないだろ!き、君とキスをしたらいいのか⁈」

「は?無理よ。私を殺そうとした人を、どうして今も愛していると思うの?第一、あなたは私を愛していないじゃない」

 確かに俺は人魚のセイレーナを愛していなかった。だからと言って、陸に恋人がいるわけでもなかった。だいたい、真実の愛ってなんなんだ?俺を捨てて男と逃げた母親が、それを知っているとは思えないし、俺も理解できるとは思っていない。

 突然現れたドラゴンに驚いている間に、セイレーナは何処かへ行ってしまった。呪いを受けた俺は、真実の愛が分からないまま、自暴自棄になって無駄に半年を過ごしてしまった……

「…俺は死ぬのか……本当にツイてない……」

 たぶん人魚に出会った時点で、俺の運は尽きていたのだろう。今更気づいても、もう遅いか……


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