第二部 19話 sideクリスティアンの後悔(オーレリアが攫われた頃~)
リアの服を急いで取りに馬車に戻ると、チビが起きたのか馬車から急に飛び出してきた。
「おい、チビ。どうした?」
『オーレリア、さらわれた!いま、うみのなか……』
「は?海の、中??どういうことだ?」
チビは小さな手足を必死で動かし、海の方へ駆けて行こうとしている。僕はチビを捕まえ抱えると、一緒に先ほどリアがいた海岸を目指した。
「旦那様、申し訳ございません!奥様が何者かに、すごい勢いで沖に引っ張られ、あっという間に見えなくなってしまいました……」
海岸に着くと、護衛騎士のトムがずぶ濡れになって、茫然と海を見たまま突っ立っていた。侍女のメリは姿が見えないので、買い物からまだ帰って来ていないようだ。
先ほどまで、リアが座り込んでいた海辺には、今は穏やかな波が寄せては引いているだけで、リアの姿はそこにはなかった。
「どういうことだ……リアはどこへ行った?」
『たぶん、とおいところ…、みずのドラゴンさらった、オーレリア、だいじょうぶ』
チビが水平線をじっと見てから、僕を見上げて頷いた。リアは無事だと言いたいらしい。それにしても……
「水のドラゴンだと?まさかリアは、またドラゴンに攫われたのか……」
「私の不徳の致すところです。どうか処罰を……」
「ドラゴン相手に対処できなかったからと、責任を問うことは出来ない。いや、僕も油断していた。せめてドラゴンハートのペンダントを、リアが持っていたら良かったのだが……」
いつもはリアの首に輝いているドラゴンハートのペンダントは、今はチビの首に掛かっていた。リアが一人で眠るチビを置いて行くのを気遣って、自ら外してチビの首に掛けたのだ。
リアの側には僕がいるから、大丈夫だと判断したのは僕自身だ。今はそのことを激しく後悔していた。あのペンダントには、リアに危険が迫った時は僕が転移されるように、位置を示す魔法陣を設定していた。魔法陣を辿れば、リアの居場所の特定が出来ていたはずだった……
チビは海の方へ向かって、何かブツブツと呟いている。時折怒ったような表情を浮かべている。『ぼくのものだ、かえせ』と言っているようだ。
「おい、チビ、何を言っているんだ?」
チビはふぅっと溜息を吐いて、僕を見上げた。
『にんぎょ、たすけるため、さらったから、のろいとけたら、かえす……』
「誰と話したんだ?」
『みずの、ドラゴン。ちょっとごういん、はらがたつ』
チビが悔しそうに、波を蹴飛ばした。どうやらドラゴン同士、意思の疎通ができるようだ。契約者であるリアが攫われて、相手のドラゴンに怒っているようだ。
「リアは無事なんだな?」
『それはだいじょうぶ。ぼくとオーレリア、つながっているから、わかる』
「そうか……無事なら、ひとまず安心、だな」
戻って来た侍女のメリにも事情を説明して、僕たちはとりあえず宿に戻ることにした。チビの様子だと、今日はこのまま海で待っていても、リアは解放されることはなさそうだ。
「それにしても、ドラゴンと人魚とは、これではこの国の衛兵に言っても、対策は出来ないだろうな……」
本来であれば、人が攫われたのなら、事情をこの国の警備を担う部署に報告しなくてはならない。だが今回の件は、報告したとしても混乱を招くだけで、問題は解決しないだろう。つまりこれは僕たちだけで、解決するしかない。
「チビ、何か変化があったら、些細なことでも構わないから、逐一報告して欲しい」
チビはじっと海を睨んでいたが、諦めたように頷いた。このまま海にいたい気持ちは痛いほど分かるが、ここに居座るわけにもいかないだろう。
その日の夜は宿に戻って、4人で簡単に夕食をとってから各自の部屋へ戻った。夫婦用に取った部屋にチビを連れて戻ると、仕方がないのでチビと一緒に大きめのベッドに入って眠った。本当なら、今頃は新婚旅行で、幸せな時間を過ごしていたはずなのに、どうしていつも邪魔が入るのだろうか……
「リア、無事に帰っておいで……」
翌朝になっても、リアの行方は掴めていなかった。宿にいても落ち着いてはいられないので、海岸に近い茶屋のテラスを貸し切り、そこから海を見ることにした。
チビは海の方をじっと見ているが、ずっと無言でこちらから話しかけ辛い雰囲気だ。侍女のメリが口元に塩アイスを差し出すと、口を開けてパクパク食べるが、自分から食事をしようとはしなかった。
夕日が海岸線に沈む頃、じっと動かなかったチビが僕の方を振り返った。
「どうした、チビ」
『オーレリア、もうすぐかえってくる。かいじゅ、おわりそう、っていってる』
「リアは元気なんだな?」
『げんき。ちゃんとたべて、ねてた』
僕はホッとして、ずっと緊張していた体から力をぬいた。まだ1日半しかたっていないのに、待っている時間は永遠に感じるように長かった。
アイスドラゴンに攫われた時も焦ったが、いざという時にはタランターレ国の援軍要請は可能だった。今回は国外だったので助けに向かうとしても、援軍要請は簡単には出来ないし、そもそも居場所が分からない。
最悪の場合、トムと二人で救助に向かうにしても、水系のドラゴンの生態は未知数だ。僕にも無事に助けられる確証が持てなかった。勿論リアのことは、命に代えても助けるつもりだったが、確証のない賭けに出る危険を回避できて、心から安堵した。
「今回は、チビがいてくれて、本当に助かった……」
チビは少し得意げに顎を上げたが、直ぐに海を見て不敵に笑った。
『みずのドラゴン、ぶっとばす』
「気持ちはわかるが、リアが無事に手元に戻ってからにしてくれよ……」
夕日が完全に水平線に沈み、辺りはすっかり闇に染まった。今夜は月も出ていないようで、夕日が沈んでからは人の姿も見かけなくなった。海岸にいるのは最早自分たち4人だけのようだ。
『くる……』
チビが海岸の方へ向かって駆けだした。僕たちには見えないが、何かがこちらに向かってくるようだ。チビの後を追って海岸線に立つと、直後に凄い風圧と共に波飛沫が全身にかかった。
「ルーちゃん、ただいま」
暗闇の中でリアの声が響いた途端、僕は声のする方へと駆け寄った。
「あ、クリス、ただいま戻りました。心配を……かけ…」
僕は目の前のリアを思いっきり抱きしめた。腕の中でリアが焦った様に身を引いたが、そのまま囲い込んだ。
「リア、おかえり。無事に戻ってくれてよかった……」
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