第二部 16話 人魚の悲恋物語②
「セイレーナ、待て、待ってくれ。話を……」
話を聞く耳は持たなかった。自分はジャックに騙されて、殺されそうになったのだ。そう理解した途端に、禁術を発動していた。自分の肉と鱗を呪ったのだ。消えた呪術師の持っていった鱗と肉も同様に。そして、愛しい男を呪った。黒いモヤがジャックに絡みつき、ジャックの茶色い髪を黒く染め上げた。
「な、何をした⁈」
「人魚の呪いをかけたわ。真実の愛がなければ、あなたはいずれ泡になって消えるわ。助かる方法は、真実の愛で結ばれた人とキスをすること。誰とでもいいわけではないから、気をつけてね。間違ったら即泡になるわ。解呪されれば、黒い髪は元の色に戻るはずよ」
「待ってくれ。真実の愛なんて……き、期限は、あるのか?」
「さあ、いつまでかしら?呪うのは初めてだから、ハッキリとは言えないわ。でも半年はもたない。安心して、その時は私も泡になるから」
「な、何を言っているんだ。安心なんてできないだろ!き、君とキスをしたらいいのか⁈」
「は?無理よ。私を殺そうとした人を、どうして今も愛していると思うの?第一、あなたは私を愛していないじゃない」
「……」
「さあ、早く帰って、真実の愛を探しなさい。結末は見えているけど、抗って己の愚かさを後悔するといいわ。ラピス、私を入り江に連れて行って」
水竜であるラピスを呼び、現れたドラゴンに驚くジャックを放置して、セイレーナは入り江に連れて行ってもらった。呪われた自分は二度と海の中へは戻れない。本能的にそう悟った……
「と、これが事の顛末なのだけど、寝物語にしては、少し刺激が強かったかしら……?」
私の心臓は、嫌な汗と共にドキドキと鼓動していた。これでは先ほどよりも、目が冴えてしまっている気がする……
「そうですね。何と言っていいか分かりませんが、騙されるなんて災難でしたね。でも、どうして人魚の鱗と肉を狙ったのですか?」
「人魚の血や肉を食べると、不老不死になるそうよ」
「不老不死?本当ですか?」
「さぁ、どうなのかしら?確か100年以上前に、アウレリーア国の王が食べたらしいけど、その男はもういないわね。そもそも人魚の寿命は長くても300年くらいなのよ。それなのに、その人魚の肉を食べて不老不死になるなんて、おかしいと思わない?誰が言い出したのか迷惑な話よね。結局、王家は激怒した海の精霊王に罰を受けたし、私が死んだらきっとまた精霊王は……」
「精霊王は……?」
不穏な空気にドキリとして、その先を聞こうとしたが、セイレーナはにこりと笑って私を見た。
「大丈夫よ。あなたが私を助けてくれるのでしょう?」
「え……はい……」
今サラッと脅迫された気がするのは、私だけだろうか?助からなければ、間違いなく海の精霊王が激怒するのだろう……
「あの、ついでみたいになって申し訳ないのですが、聞いていいですか?」
「いいわよ」
「王家の髪の色が黒くなったのは、もしかして、精霊王の?」
「そうね。あれも人魚の悲恋というのかしら……」
そもそもの悲劇の始まりは、現在のアウレリーア国の4代前の王が病に侵され、自分の死期を悟ったことだった。
息子である王太子は、若いが王太子妃との間に娘(カイラ様のお婆様)を授かり、これから王として十分にアウレリーア国を盛り立てていける器に育っていた。自分が病に倒れ死んだとしても、王太子なら大丈夫だと理解していても、王は自分の死を受け入れることが出来なかった。
静養のため、海の町カイトの別邸で過ごしている時に、王は偶然海辺で人魚の娘と出会った。美しい人魚だった。始祖は人魚と人間の間に産まれた青年だと言われている。同じ青い髪の人魚。人魚も王の髪が青かったので、同族だと勘違いしていた。
「また会って欲しい」
王は何度も人魚セリアと会った。病気で弱っていく不安が、セリアに会うことで癒されていたのだ。セリアの方も、王のことを一人の男性として愛するようになった。それでも王の病は、次第に悪くなっていく。セリアは薬だと言って、自分の鱗を剥がして王に渡した。
王は呪術師にその鱗を見せた。呪術師は人魚の血や肉は、不老不死の妙薬らしいと王に伝えた。貰った鱗を煎じて飲むと、王の体調は少しだけ回復した。それが余計に呪術師の話に信憑性を持たせてしまった。
「セリア、君の血を少しでいいから、僕にくれないか?」
セリアは王のために、指を切って血を渡した。その血を飲んだ王は、少しだけ回復したように見えた。王は呪術師に聞いた。どうしたら病は完全に治るのかと。
「少しの血で、これだけ回復したのですから、人魚の肉を大量に食せばいいのではないでしょうか?」
「セリアの肉を食べろと言うのか?」
王は迷った。自分のために尽くそうとするセリアに、王も少なからず好意を感じていた。そんな中、王都にいた王妃が、療養中の王を見舞うため突然やって来た。
「陛下、まさかその人魚を側室にしようとしているのですか?始祖様の例もありますものね」
王と人魚の仲睦まじい様子を聞いた王妃は、王を攻め立てた。王は王妃の剣幕に、とうとう心にもない言い訳をしてしまった。
「違う。あの人魚の肉を食べるために、親しく振舞って、油断させているだけだ……」
王妃はそれを聞いて、納得したように微笑んだ。
「まぁぁ、そうでしたの。それを聞いて安心いたしました。では、わたくしの護衛騎士に人魚を殺すように命じましょう」
「殺す……⁈」
「だって、食べるのでしょう?殺さないと食べられませんわよ?」
「待て、まだ不老不死と決まったわけでは……」
「不老不死?」
「いや、違う。兎に角もう少し考えたいから、殺すのは待ってくれ」
「……そう、そうなのね」
王は焦っていたため、王妃が怪しく微笑んだことに、気がつかなかった。
次の日、いつもの海岸にセリアは現れなかった。夕方まで海岸で待ったが、結局会うことが出来ないまま、王は別邸に戻った。
「陛下、今夜は一緒に食事をいたしましょう。とてもいい食材が手に入ったのですよ」
「……そうか、では、一緒に食事をしよう」
王は、王妃に薦められるまま、出された食事を食べた。