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第二部 15話 人魚の悲恋物語

 お腹が満たされた頃、空はすっかり星空になっていた。海が近いからか、昼間は気にならなかった波の音がザザ、ザザーッと洞窟の奥まで聞こえてくる。ランプのお陰で洞窟内はほんのりと明るいので、それほど怖さは感じない。

「ランプの光、初めて見たわ。綺麗ね」

 人魚は夜目がきくので、明かりがなくても平気なのだそうだ。普段は海の中なので、当然、夜は月明りしかない。自分が真っ暗な海の中にいることを、想像するだけでも怖くなった。


 ぼんやりと満天の星空を見上げる形で寝転んでいると、少し思考する余裕が出てきたのか、クリスたちのことを思い出して心が落ち着かなくなった。

 明日に備えて早めに毛布に包まってみたが、色々あって疲れているはずなのに、一向に眠気はやってこない。

「眠れないの?」

 毛布の中で身じろぎしていると、近くで寝ていたセイレーナが静かに声をかけてきた。

「眠ろうと思っているのですが、なかなか眠れないですね……」

「そう、では寝物語の代わりに、私の話を聞いてくれる?」

「ふふふ、小さい頃は寝る時に、よく絵本を読んでもらっていました」

 子供の頃、クリスに読んでもらった人魚の絵本のことを思い出して小さく笑うと、セイレーナが溜め息交じりに苦笑した。

「ご期待に添えなくてごめんなさい。この寝物語は、人魚の悲恋の物語だわ。有体に言えば私の愚痴よ」

 セイレーナは少しだけ遠い目をしてから、どうして男を呪ったのかを話し出した。


 セイレーナは人間の世界に興味を持つ、好奇心旺盛な人魚だったそうだ。海の精霊王は、そんなセイレーナのことを心配していた。(サラッと精霊王が出てきたが、ここは黙って聞いておく)

 セイレーナは人間の生活をこっそり観察するために、海岸の近くの海を泳ぐことが習慣だった。人魚は人間に存在を知られないように、滅多に海岸には近づかないそうだ。セイレーナは変わり者だと、仲間の人魚から怒られることも多かった。

「でもね、海の中だけで生活するなんて、もったいないじゃない。陸にはきっと素敵なものが沢山あるはずよ」

 セイレーナは、難破船から発見する道具や服を見て、人間の生活を想像しては、いつか自分も陸に行ってみたいと考えるようになっていた。

 ある日のこと、いつもと同じように海岸近くを泳いでいると、目の前に突然網が現れたそうだ。運悪く漁師の網に引っかかってしまったのだ。暴れれば暴れるほど網に絡まり、とうとうセイレーナは小さな舟の上に引き上げられてしまった。

「人魚……?」

 小さな舟の上には、よく日に焼けた若い漁師が乗っていた。驚いた顔でセイレーナを見ていたが、セイレーナが怯えていると感じた漁師の青年は、急いで網を解いてセイレーナを助けてくれた。

「殺さないの?」

 不思議に思ってセイレーナが聞くと、漁師は驚いたように首を振った。

「どうしてこんなに綺麗な子を殺すのさ。人も人魚も同じ命だろ、って、魚を捕っている俺が言うのもなんだけどさ……」

 命を繋ぐ糧として、漁師は魚を捕る。それを気まずそうに言う漁師に好感が持てた。それからセイレーナは漁師の青年、ジャックが海に漁に出るたびに、舟に近づいては声をかけるようになっていた。

 そんなある日、いつものようにジャックの舟に近づくと、ジャックが暗い顔でぼんやりとしていた。セイレーナがどうしたのかと聞くと、母親が重い病気になって薬を買うお金がなくて困っていると説明された。ジャックのことを気に入っていたセイレーナは、これで薬を買えと真珠を3粒渡した。

 ジャックはセイレーナに感謝して、真珠を受け取った。次に会ったジャックは、少しだけ身なりが良くなっていた。人間の服装に詳しくないセイレーナは、それほど気にはしていなかった。ジャックの母親は少し元気になったが、まだ薬が必要だと言われたので、セイレーナはさらに3粒の真珠は渡した。

「ありがとう、セイレーナ。君は僕の大切な友達だ」

 ジャックは感謝の言葉を言ってくれたが、セイレーナは少し不満だった。その頃にはセイレーナは漁師のジャックに好意を持っていた。

 何度か求められるままに真珠を渡しながら、恋心を募らせたセイレーナは、とうとう我慢できなくなってジャックに恋心を打ち明けた。

「俺を、好き?でも、セイレーナは人魚だから、陸では生活できない。……俺も君のことは好きだけど、結婚することは出来ないと、思うんだ……」

「どうしたらいいの?」

「……セイレーナの、鱗を一枚俺にくれないか?呪術師ならセイレーナを人間にしてくれるかもしれない。呪術師に頼むには、かなりの大金が必要だ。人魚の鱗なら、きっと価値があるから、大金に変えられると思う」

「私が、人間に……なれるの?」

 陸の世界に憧れていたセイレーナは、ジャックと陸で結婚生活ができると信じて、自分の鱗を剥がしてジャックに渡した。剥がした部分はかなり痛んだが、そんなことが気にならないくらいセイレーナは浮かれていた。

 次の日、ジャックは暗い顔で海にやって来た。セイレーナがどうしたのかと聞くと、悲しそうに泣き出した。

「鱗一枚では、呪術は出来ないと言われた。あと最低でも3枚持って行かないと、人間に出来ないそうだ……ごめん、セイレーナ。君と結婚したいのに、不甲斐ない俺で……」

「……わかったわ。3枚ね……」

 鱗を3枚はがすと、剥がした傷から血がにじんだが、痛みよりもこれでジャックと一緒になれると思う喜びが勝った。ジャックは鱗を受け取ると、2日後に呪術師を連れて舟でやって来ると約束して帰っていった。

 舟はいつの間にか一人用の舟ではなく、3人ほどが乗れる大きめの舟に変わっていたが、価値が分からないセイレーナは、その事を気にすることはなかった。

 2日後、黒いマントを被った怪しげな男を乗せたジャックの舟が、約束の時間に海の上に浮かんでいた。ジャックが舟の上に乗るように言ったので、セイレーナは素直に従った。

「セイレーナ、この人が呪術師様だよ。今から術をかけるから目を閉じて、じっとしていて欲しい」

 ジャックに言われるまま、セイレーナは瞳を閉じた。これで私は人間になれるのだと思えば、期待で胸が弾んだ。しかし次にやって来たのは、経験したことのない激痛だった。足鰭が人間の足に変化する過程で激痛を伴うのかと、一瞬考えたが我慢できずに瞳を開いた。

「え……⁈」

 目の前には、セイレーナの足鰭にナイフを突き立て肉を剥がすジャックと、剥がした鱗と肉を大事そうにしまう呪術師の姿があった。

「私を騙したの?」

 焦ったジャックは、セイレーナの心臓めがけてナイフを振り下ろそうとした。セイレーナは咄嗟に鰭を跳ね上げてジャックを払いのけた。ジャックは舟の縁に体を打ち付けて呻き声を上げ、手に持っていたナイフは海へ落下した。呪術師は焦った様に呪文を唱え、暗闇に消えてしまった。

 セイレーナは、嫌でも事実を把握した。そして理解した途端、目の前が怒りで真っ赤に染まった。

「許さない……」


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