第二部 12話 海の町カイトへ行きましょう
「流石に国境沿いで起こった事象を、色を冠した魔法使いが知らないわけはない。そういうことかい?」
ギル様は同意するように微笑んだ。
「つまり、王家が黒髪になったことと、その頃に起こった事象は、イーストマン辺境伯領で起こった呪いと同じだと考えているのですか?」
「はっきりとは断言できないけど、少なくとも雨が降って農作物や川の水が腐ったという点は同じだ。原因が呪いだということまでは、知らなかったけどね」
「あ……」
私は自分の口を押えたが、すでに言葉は出た後だった。確かにギル様は、呪いだとは一言も言っていなかった。うっかり口を滑らせたのは私だ。
「クリス、ごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ。いずれ調べれば分かることだ。聖女カイラ様の秘密を教えてくれたのも、情報交換の対価だと考えれば、こちらが知っていることはすべて開示してもいい。それにしても、どうして急ぐ?ギルなら時間をかければ、調べられるだろう?」
「そうだな。時間が無い、からだ」
「何かあったのか?」
「今はまだ正式ではないが、カイラを側妃にするという案が出ている。陛下には息子が一人いるが黒髪だ。王太子は現在18歳、流石に30歳を越えたカイラを妻に、とは言わなかった。だが陛下は50歳を過ぎたが、まだ子供を望める歳だからな。臣下が王家の跡継ぎが一人では心もとないと、急に言い出した。それで青い髪の子を産んだカイラを、側妃にしたらいいと、古い考えを持った重臣たちが騒いでいるんだ」
「陛下はセラフィア王女様の存在を知っているのですか?」
「いいえ、知らないはずよ。ただ、お婆様の娘時代の肖像画は王家に残っているの…私、お婆様似らしくって、アベリーが産まれてから、疑われている気がするのよね」
「話が本格的になれば、断るにしても王家と聖女、青の魔法使いの確執は深まる。その前に、王家が黒髪になったのは呪いだということを証明して、カイラを側妃にしても無駄だということを証明したいんだ」
やっとガレア帝国からカイラ様を取り戻して、結婚して子供も出来たのに、髪の色が原因で側妃にされ、愛する人と引き離されるなんて、そんなの有り得ない……
「クリス、協力しましょう!」
「……リアなら、きっとそう言うだろうとは、思っていたよ。どんどん新婚旅行から遠ざかっていくのは否めないけど、乗り掛かった舟だから、協力はするよ」
籠の中にいるアベリー君は、楽しそうにルーちゃんと遊んでいる。こんな可愛い天使が、母親と引き離されるなんて考えられない。断固阻止だ。
「ありがとう、クリス、聖女オーレリア様。俺たちだけでは手詰まりで、最悪夜逃げでもしようかと考えていた……」
私は、アウレリーア国の聖女と青の魔法使いが、夜逃げする姿を想像してしまい、思わず飲んでいた紅茶でむせた。それでは天界樹が守護を失い、色の魔法使いまで失うことになる。
「私は反対よ。天界樹からは離れられない。でも、側妃になんてなりたくないのも事実。どうかそうならない方法を、一緒に探して欲しいの」
「ええ、絶対に髪の色なんかに負けては駄目よ。今すぐは無理だけど、これがあれば10日ほど天界樹から離れられるの。最悪、時間稼ぎに短期間逃亡も出来るわ」
私は贈り物として持って来た、祈りを保存できる魔石をカイラ様に渡した。
「これが伝書蝶で書いてあった魔石なのね。ありがとう。早速祈りを保存しておくわ」
「祈りを保存する方法は説明します。少し時間がかかるので、今から溜めておけば、いざという時に役に立つはずです」
私たちは今後調べること、いざという時はどうするかなどを、細かく打ち合わせしてから宿に戻って来た。本当なら、もう少しゆっくり過ごす予定だったが、明日は海の町カイトへ移動するため慌ただしい。
夜も疲れていたため、早々に就寝することにした。隣で眠るクリスは、少し不満そうだ。新婚旅行にやって来たはずが、今のところそれらしいことはほとんど出来ていないのである。
帰国まで残り4日で、どこまで協力できるか分からないが、出来るだけのことはしたかった。私は決意を新たに、目を閉じた。
翌朝、私たちは朝食をとるとすぐに海の町カイトへ出発した。手配してもらった馬車に、乗って来た馬をつなぎ、二頭立ての馬車に仕立てた。荷物を積み込み、眠そうなルーちゃんと一緒に馬車に乗り込んだ。護衛のトムが御者になり、残りの4人が馬車に乗ったので少し手狭だ。
『ルー、アイス、たべる』
「そうね、塩アイス、食べましょうね」
今から出れば、昼過ぎにはカイトに着くそうだ。ルーちゃんもお留守番が多かったので、出来ればカイトでは観光させてあげたい。私は塩アイスを夜会で食べたが、ルーちゃんは食べていない。どこかのタイミングで、塩アイスだけは絶対に購入するつもりだ。
馬車は順調に進み、2度ほど休憩を取り、予定通り昼過ぎに目的の海の町カイトへ到着した。青と白の美しい街並みとその向こうに広がる青い海が見えた時は、私だけでなく侍女のメリもルーちゃんも興奮していた。
「クリスは海を見たことがあるんですか?あまり感動していないように見えます」
クリスはハッとした顔をした後、誤魔化すように微笑んだ。
「見たことはあるよ。かなり前だけどね……いい思い出ではないかな?」
クリスはそれ以上語ることはなかった。いい思い出でないと言われてしまえば、それ以上追及することは出来なかった。
しばらく無言で馬車の窓から海を見ていると、砂浜で子供たちが遊んでいるのが見えた。近くには土産物を売っている屋台や、美味しそうな食べ物を売っている屋台が並んでいて、塩アイスを売っている屋台も見えた。
『アイス、たべる』
ルーちゃんが屋台で売っているアイスを見つけて、馬車の窓から身を乗り出そうとした。私は慌ててルーちゃんを抱きかかえたが、私のお腹もクルルと小さく鳴いたので、慌ててお腹を片手で押さえた。
「トム、近くに馬車を停められそうかな?」
御者が座るところにある小窓を開けて、クリスがトムに聞いた。
「はい、少し先に馬車を停めるところがあるようです」
「では、そこで休憩しようか。チビには塩アイス、僕たちは屋台で食べたいものを買って食べよう。旅先では、少しぐらい羽目を外してもいいだろう」
クリスの提案で、私たちは5人で屋台を見て回った。ルーちゃんは塩アイスが気に入って、すでに3杯目のアイスを食べ終わってしまった。塩分も糖分も取り過ぎはよくない。
私は違うものを食べるように、ルーちゃんに薦めた。ルーちゃんは、屋台で売られている果物の串刺しを指さした。カットされた瑞々しい果物が、串に刺されて冷やされて売られている。食べ歩きが出来るようになっていて便利だ。私たちは魚の切り身を串に刺し、スパイシーな味付けで焼いたものを食べた。
「食べ終わったら、海を見に行こうか?ここから歩いて砂浜まで行けるそうだよ」
クリスの提案で、私たちはそのまま砂浜を目指した。海は太陽を反射して、キラキラと輝いて見えた。