第二部 11話 青い髪の天使
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、こちらです」
王都の中心にある青の魔法使いと聖女の邸宅は、決して大きくはないが見事な庭も有する、美しい屋敷だった。近くにはアウレリーア国の天界樹がそびえ立っていた。大きさはタランターレ国と同じくらいだ。
カイラ様が自ら出迎えてくれ、応接室まで案内してくれる。今日はルーちゃんも一緒に訪問しているので、お留守番は侍女のメリだけだ。明日は海のある港町へ移動するので、準備をしておくそうだ。護衛のトムは同行している。
「お子様は?」
「今は乳母が見ています。すぐに連れて来てもらいますね。アベリーを連れて来てくれるかしら」
カイラ様が、執事の男性に子供を連れてくるように指示してから、応接室の席をすすめてくれた。クリスと私が並んで座り、護衛のトムは応接室の扉の外に立って控えている。
ギル様の姿は見えないが、メイドがお茶とお菓子を5人分給仕していった。
『ルー、たべる。いい?』
ルーちゃんはご機嫌で、目の前のマカロンを掴んだ。カイラ様は微笑ましそうに見ている。
「先に紹介しておきますね。極秘事項ですので、ギル様以外には他言無用でお願いしたいのですが……」
カイラ様が頷いたので、私は人払いをお願いして、ルーちゃんがアイスドラゴンの子供で、契約して今は一緒に暮らしていることを説明した。
「この可愛い子が?そうですか、世の中には、私の知らないことがまだまだあるのですね。私の息子とお友達になってくれるかしら?これからも家族ぐるみでお付き合いしたいですから」
「カイラ、お待たせ」
ギル様が赤ちゃんを抱いて現れた。確か半年前に産まれた男の子だ。
「え……」
赤ちゃんを見た瞬間、私は思わず声を出してしまった。可愛らしいカイラ様似の男の子は、青い髪と瞳をしていた。夜会の時に、陛下がカイラ様の子供のことについて聞いた理由が分かった気がした。
「夜会で説明するより、会ってもらうのが一番早いと思って言わなかったの。この子はアベリー。私とギルの長男よ。産まれた時から、青い髪と青い瞳をもっていたの」
「どうしてか、理由を聞いてもいいですか?」
ギル様とカイラ様が顔を見合わせて頷いた。クリスは一言も発せず黙って聞いていた。
「実は、私の祖母は元王女だったそうよ。その事実は秘匿されて、ずっと青い髪を魔石で銀色に変化させていたみたい。瞳は私と同じ青のままだったけれど、王族独特の青の髪は秘匿されていた」
カイラ様の祖母は、現王の祖父の姉にあたるそうだ。祖母はすでに天に召されているが、このことは一族のみが知る秘密だったそうだ。
カイラ様は幼いころから、髪を変化させる魔石の存在を知っていたそうだ。そのせいでガレア帝国の帝王の髪の色が魔石のせいで赤くなっていると、言い当ててしまったことがあった。
カイラ様の祖母、セラフィア様は王族の特徴の青い髪青い瞳でこの世に生を受けたそうだ。ところが3年後に産まれた待望の男児は、黒髪に青い瞳をしていたのだ。当時は王妃の浮気が疑われたが、魔法による親子判定は王の実子だと判定された。王妃は厳重に監視され1年後に次男を身籠ったが、産まれた子は同様に黒髪に青い瞳であった。
青い髪青い瞳をもった王女の立場は、一気に不穏なものになった。青い髪を神格化する王女派と、第一王子をおす王子派とで次代の王の派閥争いが起こったのだ。王妃は命を狙われる娘を不憫に思い、黒髪に産んでしまった王子たちに罪悪感を覚え、次第に精神が不安定になっていったそうだ。
父王は無用な争いを避けるため、セラフィア王女を病死したことにして信頼のおける家臣に託したそうだ。それがカイラ様の祖父にあたる人だった。王女の護衛騎士をしていた祖父は、秘かに王女を愛していたこともあり、騎士団を脱退して王女と共に領地に帰り、王女を匿うことにした。
父王は髪色を隠す魔石を渡し、王女を秘かに逃がしたそうだ。精神的に不安定だった王妃には、娘は二度と会えないが生きていると伝えたが、王子たちには秘匿した。
そしてこの事実は、その時の父王と母、そして王女を娶ったカイラ様の生家だけが知る秘密となった。王はこの事実を、最後まで王太子となった黒髪の第一王子にも知らせなかったので、現在の王家はこの事実を知らないそうだ。
その後、領地を継いだ祖父はセラフィア王女を、平民の娘と偽って妻に迎えたそうだ。二人の間に産まれたのは祖父の髪に似た銀色の男の子、つまりカイラ様の父親にあたり、結婚して産まれた息子も娘も銀色の髪だった。瞳だけは、王女に似た青い瞳だったが、青い髪でなければ、青い瞳は珍しくはないので、疑われることはなかったそうだ。
「父も私たち兄妹も銀色の髪だったので、すっかり油断していたの……。まさか息子の髪色が青だなんて、産んだ瞬間に思わず嘘でしょって叫んでしまったわ……」
息子のアベリー君を産んだのは屋敷ではなく、最近できた産院だったそうで、青い髪の子供を聖女が産んだと、隠す暇もなく広まってしまったそうだ。
「国王陛下と浮気していたと、有りもしない噂が流れて、本当にこの子が産まれた後は、大変だったの……。ギルにもお婆様のことは秘密にしていたから、あの時はギルが本気で噂を信じそうになって、隠しきれなくなって事実を話したの」
聖女は天界樹に祈りを行うし、王家とも会うことが多い。接点はあるので、ギル様も否定できずに悩んでいたそうだ。まさかカイラ様自身に王家の血が流れているなんて、想像できるはずがなかったのであろう。
「そのような大事な話を、どうして私たちに?」
「オーレリア様なら、私の気持ちを分かってくれると思って。私はガレア帝国で、髪の色に翻弄された王族を見てきたわ。一緒にいたオーレリア様も知っているでしょう?髪の色が王族の象徴だなんて馬鹿げている。王である資質は、王そのものの本質であるべきだと」
私は同意の意味を込めて力強く頷いた。ガレア帝国の前帝王は、髪の色が赤くないことで自暴自棄になり、長く悩んだ末、自ら進んで愚王となってしまった。
息子である現在の帝王は、髪の色に翻弄されず賢王の道を進んでいる。赤髪の王妃に、めっぽう弱いというのを差し引いても、立派な帝王様だ。
「それが相談したかったことですか?」
「それもあるけど、息子が産まれた後に父から譲られた祖母の日記に、気になることが書かれていて、もしも海の町カイトに行くのであれば、情報が欲しいと思ったの。私たちは王都から離れられないから……」
「日記ですか?」
王女セラフィア様は、16歳の時に病死と偽装して王宮を抜け出し、18歳になってカイラ様の祖父と結婚したそうだ。日記には、王家の家族を心配する気持ちや、弟が産まれた当時のことも書かれていた。当時3歳だった王女は、その頃の国の様子についても、当時を思い出しながら日記に記していた。
「長雨が降り、川の水は腐り、飲んだものは病気になった。魚は海から消え、農作物も腐り、国民は飢えた。と、書かれているの」
「それは……」
イーストマン辺境伯領で起こった現象と酷似している。でも、その事はアウレリーア国には秘密にしているはずだ。私はどうしたらいいか分からず、クリスの方を見た。




