第二部 10話 白の魔法使いの妻です
「聖女オーレリア様、次のダンスの時間、私と踊ってくださいませんか?」
「いや、私と踊ってください。私はこの国の侯爵家の次男です。ぜひ、あなたとお近づきに…」
カイラ様を探してクリスと一緒に会場を歩いていると、クリス目当ての令嬢たちがこちらへ向かって歩いて来るのが見えた。先ほどもダンスをしている間中、クリスに向かって秋波を送っている令嬢がいることには気づいていた。クリスは気にした様子を見せなかったので、敢えてそこにはふれなかったけれど……
クリスは、表向きは社交的な方だ。私がデビュタントしていない頃のことは詳しくないが、誘われればダンスの相手をすることもあっただろう。
でも、目の前で踊られるのと、見ていない所で踊られるのとでは、心の負担は違う気がするのだ。
先ほど王妃殿下と踊っていたが、王妃殿下は若く見えても50歳を過ぎた人の妻だ。当たり前だが、クリスに秋波は送らなかった。
獲物を狙う眼光で迫る若いご令嬢とは、比べるのも失礼だ。クリスが微笑んでダンスの申し込みを受ける姿を想像しただけで、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。そう思いながらも覚悟をしたのに、である……
「あ、あの、お近づきとは?」
10名ほどの男性に囲まれて、突然ダンスの申し込みのために手を差し出され、私は驚いて半歩下がった。そのままクリスの腕をぎゅっと握ると、隣のクリスを見上げた。
「あ……」
クリスは微笑みながら、すごく怒っていた。辺りの気温がぐっと下がった気がする。何名かの男性は、直ぐに魔力の流れで察したのか、サッと身を翻して逃げるように去っていったが、魔力察知に疎い何名かは、まだ私にダンスをしましょうと手を差し出していた。このままではクリスが、この男性たちで氷柱を作り出してしまいそうだ……
「あ、あの、申し訳ございません。今日が初めての夜会で、まだ慣れないので、今夜は夫とだけ踊ることにしています。誘っていただけて光栄ですが、申し訳ありません」
「お、夫……、そ、それは申し訳なかった。どうぞ夜会を楽しんでください」
手を出していた男性たちは、一斉に踵を返して去っていった。これで氷柱を見ずに済む。ホッとしてクリスを見ると、見たことがないほど緩みきった顔で微笑んでいた。
「夫、いい響きだね。それにしても、3曲続けて踊った意味を理解してもらえなくて、とても残念だったよ。僕も今夜は、君意外とは踊りたくないのに……」
私の手をスッと持ち上げてキスを落とすと、近づこうとする令嬢たちを冷たい視線で拒否した。人の夫だろうと、今夜の思い出に一曲ぐらい踊って欲しいと思っていた令嬢たちは、そこでショックを受けたように立ち止まってしまった。
「さ、行こうか。あそこに聖女カイラと青の魔法使いが見える」
気にする様子もなく、クリスは私をエスコートして、カイラ様たちがいる場所を目指した。
ここで、先ほどの令嬢たちと踊ってあげて欲しいとお願いするほどの、心の余裕は残念ながら持てなかった。少しだけ罪悪感のような物を感じながらも、平静を装ってクリスと一緒に歩いていった。
「カイラ様、ギル様、お久しぶりです」
ガレア帝国にいた頃より髪がのびたカイラ様と、青の魔法使いのローブを着たギル様が私たちを見て微笑んでくれた。傍から見れば、聖女と色の魔法使いの組み合わせ夫婦が二組揃っている。ちょっと近づき難い雰囲気かもしれない。
「クリスは社交的だと思っていたけど、いいのか?令嬢たちと踊ってあげればよかったのに」
ギル様たちも、先ほどのやり取りが聞こえてようで、楽しそうに聞いてきた。
「ギル、揶揄わないでくれ。僕は今夜、リア専属なんだ。リアを狙ってくる奴がいるのに、悠長に他の女性となんて踊っていられない。目を離した隙に、ダンスに誘おうとする輩がいるんだから……」
「クリス、そんなことは……」
ないと言おうとして、先ほどのことを思い出した。今夜は沢山の男性からダンスに誘われた。こんな対応は初めて受けた。きっと……
「きっと、アウレリーア国の男性は優しい方が多いのではないでしょうか?こんな私にも、律儀に声をかけてくださるなんて」
そう言い切ると、クリスだけではなく、ギル様やカイラ様からもため息が聞こえた。
「リアは危機感がないんだよ。だから、僕が側についておかないと」
「確かに、そうだな」
ギル様とカイラ様まで、クリスに同意したので、私は首を傾げてしまった。
「それで、我が家にはいつ来られそうかな?相談したいこともあるから、早い方が助かるんだけど……」
ギル様が声をひそめて私たちの方を見た。相談したいことがあるというのは初耳だった。伝書蝶のやり取りでは、訪問して欲しいとだけ書かれていたはずだ。
「明日は、魔石の使用方法、ロウド王国との交易の経過報告を行う予定だから、明後日以降ならいつでも訪問できると思う」
「そうか、では明後日にしよう。出来れば、俺たちの家に訪問することは内密にして欲しい」
ギル様が警戒するように、声をひそめて辺りを気にしている。相談したい内容が、あまりいいことではない、そう言われた気がした。
カイラ様とはあまり話が出来ないまま、私たちはギル様たちと別れた。先ほど、陛下もカイラ様のことを気にしているような会話があった。王家と聖女、青の魔法使いの関係はあまり良好ではないのだろうか?
「気になるかい?」
不安が顔に出ていたようだ。クリスが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「実は……」
私は、先ほど陛下から、カイラ様と生まれた子供のことで、何か聞いていないかと聞かれたことを話した。
「私が知らない様子だったので、それ以上のことは聞かれませんでしたが、どうしてそのようなことを聞くのか不思議に思ったんです」
「そうか、きっと明後日訪問したら理由が分かるだろう。今夜は気にせずに、夜会を楽しめばいいよ。あちらに、食事が用意してあるそうだ。この国の料理は海が近いから、新鮮な魚料理もお薦めなんだそうだ」
クリスがそう言うと、空腹を思い出した私のお腹が小さく鳴った。私が慌ててお腹を押さえると、クリスはクスクスと笑って、私に手を差し出した。
「可愛い返事が聞こえたね。さあ、行こうか」
供された新鮮で美味しい魚料理に感動しながら、その後はゆっくりと夜会を満喫することが出来た。ただ、デザートに出た塩アイスを食べて、宿で休んでいるルーちゃんを思い出し、先に食べてしまったことを申し訳なく思った。とても美味しかったので、ルーちゃんにはたくさん食べさせてあげたい。
翌日の会議は滞りなく進み、予定通りの報告が出来た。タランターレ国での魔石の普及、交易の進捗は順調だ。今後はアウレリーア国でも、ロウド王国との交易が始まる予定だ。ガレア帝国からも、前向きな回答を貰っているので、残るはエリシーノ国とゴルゴール国の返答だけとなった。




