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第二部 8話 夜会に出ましょう

 夜会用に用意していたドレスに着替え、髪型もより華やかに半分は編み込み、残りは背中に掛かるように軽く巻いてもらった。ドレスに合わせ、銀細工にアメジストが散りばめられた髪飾りを挿した。

 今夜は、クリスが着る白い礼服に合わせて、白と銀を基調としたドレスだ。白の生地に銀の刺繍で薔薇と蔦が描かれ、足元に行くほど銀の色合いが強くなる。私には珍しく背中が少し大胆にカットされた、大人の雰囲気を意識したドレスだ。

「どうですか?いつもより大人な感じですけど……」

「リアは何を着ても可愛いよ」

「……」

 クリスは褒めたつもりだろうとは分かっていたが、精一杯大人に見えるように装ったのに、返答が可愛いでは台無しである。

「あれ?ちょっと不機嫌?」

 私はムッとして後ろを向いた。ところが私が背中を向けた瞬間、クリスが焦った様に私に近づいてきた。

「駄目だ。リア、今すぐ着替えて!」

「は?」

「こんなに背中が見えているなんて、皆が見たら困るよ」

「困る?」

「皆が君の綺麗な背中に惹きつけられて、不埒な気持ちになる……」

「まさか、なりませんよ。背中が露出しているドレスなんて、夜会なら誰でも着ていますし……。今日はこのドレスしか用意していませんから、今からでは無理です」

「ぐぬぬ……分かった。では、髪で出来るだけ背中は隠しておいて、誰にも見せないで」

「それは不可能です。善処しますとしか言えません」

 なかなか納得しないクリスを説き伏せて、夜会に向かうまでに私の精神はかなり疲弊した。私の背中が少し見えたくらいで、誰が惹きつけられるというのか……?

 それを言うならクリスの方がきっとそうだ。

 艶のある長い白銀の髪は、サイドだけ編み込み背に流している。長身のクリスが纏うのは、白の魔法使いだと誰もが一見すれば分かるローブだが、夜会仕様で中に着た白の礼服がチラチラと歩く度に見えるようになっている。スラッとした体のラインが見える度、きっと夜会に来た女性たちの視線を奪うはずだ、間違いない。

 私はこっそり溜息をついた。色気があるのはクリスであって、私ではない。だからこそ、少しでも釣り合うように背中が見える大人っぽいドレスを選んだのに、それを隠したら着た意味がないではないか。


 夜会に向かうため私たちは王宮の廊下を歩いていた。廊下の壁には、歴代の王や王妃の肖像画がかかっていた。現在のアウレリーア国王、オリバー陛下、前国王、前々国王・・・歴代の国王が新しい順に並んで飾られているようだ。

「あれ?3代前までは、国王陛下は、青い髪ですね……」

 案内のため前を歩いている使用人に聞こえないように、小さな声でクリスに話しかけると、クリスも気づいたのかそっと頷いた。

「この国は、人魚と人間の間に生まれた男性が興した国だと言われている。始祖は海のように青い髪と瞳を持っていたそうだ。歴代の王もそれを継承していたらしい。理由は分からないが、今の国王の祖父が産まれた時、黒い髪に青い瞳だったらしい。そこからは青い髪の王族は生まれていないそうだ」

「そうですか。青い髪はかなり珍しいですよね」

「そうだね。赤い髪も珍しいが、青はかなり珍しいよ」

 赤い髪と言えば、有名なのはガレア帝国の帝王だ。先王から赤い髪は生まれていないが、タランターレ国から赤い髪を持つアビゲイル様が嫁いで王妃様になったので、次代で赤い髪の帝王が産まれる可能性もある。

 今の帝王は赤髪に囚われることのない方なので、生まれた子供の髪の色は気にしないだろう。

 コソコソと話している間に、夜会の会場に到着したようだ。タランターレ国から、正式な使者として訪問した白の魔法使いと聖女を歓迎するために催される夜会は、中規模のものだと言っていたが、会場はかなり賑わっているようだ。


「タランターレ国白の魔法使いクリスティアン・エイベル様、及び聖女オーレリア様、ご入場です」

 扉が開かれ私たちは会場へと入った。想像よりも大きな会場には、王族をはじめとした上位貴族が揃っているようで、一斉に私たちに視線が集中した。クリスの腕に添えていた手に、思わず力が入ってしまう。

「大丈夫だ。緊張しなくていいよ。僕がついている」

 初めての夜会で緊張する私を、そっと労わる様に声が降って来る。クリスは会場にいる皆に向けて、魅力的な微笑みを送っている。会場内の招待客は、一斉にクリスに夢中になった。

 会場の視線はクリスだけに注がれ、私は少しホッと息をついた。

 ゆっくりとした足取りで会場を進み、国王陛下の元までたどり着くと、私とクリスはそろって礼をした。

「ようこそお越しくださいました。両国の友好を祈念してささやかな夜会を催しました。楽しんでいただけると幸いです」

「私たちのために、素晴らしい夜会を催して下さり感謝いたします。両国の益々の発展を祈念いたします」

 形式に乗っ取って、国王陛下とクリスが挨拶を交わして、夜会は始まった。まずはクリスが王妃様、国王陛下は私とダンスを踊ることを提案された。クリスは一瞬嫌そうな顔をしそうになったが、笑顔で了承していた。

「では、聖女オーレリア様、私と踊っていただけますか?」

「はい、よろしくお願いいたします」

 クリスも王妃様の前でダンスに誘う仕草をした。王妃様の頬が少しだけ赤い気がするのは気のせいだろう。

「聖女オーレリア様は、聖女カイラとも親しい間柄だと聞いています」

 ダンスの曲が流れ、私は国王陛下のリードにのって、ステップを踏み出した。緊張が解れだしたタイミングで、国王陛下から唐突にカイラ様の話題を切り出された。

「はい、ガレア帝国で一緒に過ごさせていただていましたので、久しぶりに会えるのを、楽しみにしていました」

「そうですか。では、子供のことは?」

「子供ですか?カイラ様のでしょうか?」

「そうです」

「生まれたという知らせを受けました。機会があれば会えるはずですが……」

「詳しいことは、聞いていませんか?」

 やけに歯切れが悪い国王陛下の言葉に、私は踊りながら少しだけ首を傾げた。私の態度で、王の言う詳しいことについては知らないと判断したのだろう。その後は終始無言でダンスを踊り終えた。

 お互いに礼をして、私はクリスの元に戻った。踊るクリスは、優雅で魅力的だったのだろう。会場の女性はクリスをダンスに誘いたくて、じりじりとこちらに近寄って来ていた。

 クリスはさっと私に手を出して、ダンスに誘う礼をした。このままでは何人も相手にすることになる、それは嫌だと顔に書いてあった。私は苦笑しながらクリスの手を取った。

「では僕の奥様、一緒に踊ってください」

 奥様、というくだりで、近くにいた若い令嬢たちから、落胆の悲鳴が聞こえたが、気にしないことにした。


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