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第二部 7話 アウレリーア国という隣国

 クリスの転移魔法で、王宮近くの宿に着いたのは正午前だった。一気に王都の宿へ行くのは、土地勘のない私たちには難しいと判断して、地図を確認しながら小刻みに移動していった。

「王宮になら、一気に行けるけど、それだと不審者として捕縛されかねないからね。仕方ないか」

「謁見まで時間がないので急ぎましょう。メリは私をお願い、トムはクリスの準備を任せていいかしら?」

 クリスは正装の上に白の魔法使いの象徴である、色の魔法使いだけが使えるローブを着る。ドレスと違って、準備はそんなに難しくない。

「奥様、まずは湯浴みですね。宿には温泉を引き入れた湯殿があるそうなので、まずはそちらへ。旦那様もトムもまずは湯浴みしてください。流石に汚れが……」

「そうだね。清浄魔法だけでは、限界だね…。よし、トム、行こうか」

 アウレリーア国は、水源が豊かな国で、水源の中には熱い湯が出る温泉というものがあるらしい。海だけではなく、温泉も観光の名物なのだそうだ。温泉の効能を目当てに、長期滞在する観光客もいるらしい。


 皆で急いだ結果、なんとか迎えの馬車が到着する時間に間に合った。ルーちゃんは念のため宿でお留守番だ。まだ眠いようで、素直にベッドに入って寝てくれた。夜会前には、メリだけ宿に戻ることになっているので、それまでは一人でお留守番となる。

 王宮から迎えに来た馬車に乗って、私たちは王宮へ向かった。護衛のトムも侍女のメリも同行している。念のため、王宮から派遣された護衛に混じって、トムも騎乗で馬車の横を並走している。王宮に続く道は、馬車がすれ違えるほど広く、馬車が揺れないようにきちんと舗装されているので快適だ。

 アウレリーア国は、タランターレ国よりも東にあるため気候も温かい。街を歩く人たちは、すっかり春の装いだ。タランターレ国とは明らかに違う、白と青を基調とした建物が立ち並ぶ街を見て、自然と心が弾んだ。

「賑やかな通りですね。ここまで来てやっと、国外に来たと実感できました」

 昨晩泊まった宿は辺境伯領で、周りをゆっくり見学する暇さえなく出発したため、国外に来た実感がわかないままここまで来てしまった。数回転移した場所は、出来るだけ人のいない森や街はずれを選んだので、タランターレ国との違いを感じることは残念ながら出来なかった。

「アウレリーア国の王都は、国の中央に位置していて海は見えないが、東の端は海に面している。観光が盛んなのは海に面した街だけど、王都にも色々な施設が揃っている。国立図書館や大きな劇場もあるから、時間が取れれば色々見て回ろう」

 馬車の中から街並みの景色を見ながら、王宮までの道を馬車はゆっくりと進んで行った。

「カイラ様たちのタウンハウスも王都にあるそうです。領地は別の場所にあるそうですが、聖女のカイラ様も、青の魔法使いのギル様も王都を離れることは出来ないそうです。私たちと一緒ですね……」

「こればっかりは仕方ないね。でも、今回持って来た魔石があれば、少しは領地にも行けるだろう。聖女が天界樹から離れられないという時代は終わるさ」

「そうですね。カイラ様たちも、生まれた子供を連れて里帰りが出来ますよね。王都では自然に触れる機会も少ないですし、領地は自然が豊かなこところが多いですから」

「そういえば、アドキンズ侯爵領も自然が多かったね。僕が魔法学園の休暇にキースと一緒に行くと、小さなリアがいつも出迎えてくれていた。君は魔力酔いを起こして寝込むことも多かったけど、元気な時は広い草原で追いかけっこするのが好きだったね」

 クリスが懐かしそうに目を細めた。いつのまにか、休暇はクリスを伴ってお兄様が帰って来るのが当たり前になっていた。お父様とお母様は、私と領地で暮らすことが多く、私の小さい頃の記憶は、アドキンズ侯爵領で楽しく過ごした思い出がほとんどだった。

「あの頃は、とても幸せでした。あ、勿論、今もすごく幸せですよ」

 暗くなるのが嫌で、私はおどけてクリスを見た。クリスは私の気持ちを分かっているのか、当然だと言うように微笑んだ。

 両親が惨殺された記憶は、8年以上たった今でも、私の心の中に残っている。忘れることは一生出来ないだろう。それでも今を幸せだと思えるようになれたのは、ずっと側で支えてくれたクリスの存在のお陰だ。

「クリス、ありがとう」

「どうしたの?急にお礼なんて……」

「なんとなく、言いたくなりました」

「そう?じゃあ、どういたしまして」

 クリスは嬉しそうに微笑んで、私の頭を撫ぜようと、手を伸ばそうとした。その手を止めるように、メリの手がサッと割り込んできた。

「はい、旦那様、そこまでです。奥様の髪が乱れては困ります。続きは、宿に戻るまで我慢してくださいませ」

 謁見用に、長い髪は複雑に編み込んでまとめてもらっている。サイドに薔薇の花を模した髪飾りがついており、一度乱れると最初から編み直さなければならない。メリは短時間で、苦心の末にこの髪型を作り上げてくれた。流石に乱してしまうのは申し訳ない。

「おっと、そうだった。ごめんね」

 クリスも私の髪型を見て、素直に手を引っ込めた。メリはホッと息を吐いて座席に座り直した。


 間もなくして、馬車は速度を緩め王宮の門をくぐった。そのまま速度を落としたまま暫く進むと、王宮が見えてきた。王都の建物と同じ、青い屋根に白い壁が印象的な美しい王宮だった。左右対称に建てられた王宮の右側の建物を目指して馬車は進み、暫くしてゆっくりと停車した。

 馬車の扉を開いたのは護衛のトムだ。初めにクリスが降りて、私に手を差し出してエスコートしてくれる。私はクリスの手を掴みゆっくりと馬車を降りた。ここで転んだりしたら大変だと心の中で思いながらも、表情は平静を心がけた。タランターレ国の聖女として、ここで失敗は避けたい。

「ようこそお越しくださいました。聖女オーレリア様、白の魔法使いクリスティアン・エイベル殿。私は宰相をしております、ロメオ・マクシミランと申します。謁見の間までご案内いたします」

 私たち2人は、マクシミラン宰相の案内で王宮を進んで行く。メリとトムは途中の部屋で待機するそうだ。豪華な回廊には、繊細な彫刻が施された柱や、有名な画家の絵画などが多く飾られていた。

 ひときわ豪華な扉の前には、衛兵が2人立っていた。宰相が合図を送るとサッと扉が開かれた。

「タランターレ国、白の魔法使いクリスティアン・エイベル様、聖女オーレリア様、入場されます」

 クリスの腕に手を掛けて、2人で並んで前へ進む。緊張で足が震えそうになるのを、お腹に力を入れてグッと耐える。震える手を、クリスがそっと支えてくれたので、少しだけ緊張がほぐれた。

「ようこそお越しくださいました。アウレリーア国を代表して、この度の訪問を歓迎します。両国にとってよりよい関係を築けるよう、今回の会合に期待しています」

 にこやかに挨拶をするアウレリーア国の国王は、50代半ばの壮年で、黒髪に青い瞳の美丈夫だった。隣に並ぶ王妃様も同年代だと聞いているが、年齢を感じさせないほど若々しく美しい女性だった。まさに美男美女だ。

「お招きいただき、ありがとうございます。有益な話し合いが出来るよう、務めさせていただきます」

 美男という意味では、クリスも負けていない。優雅な所作で王の前へ進み出ると、謁見の間にいる人たちが一斉に羨望の溜息をついた。クリスは微笑みながら、周りの人たちにも軽く会釈をした。一瞬、遠くの方で黄色い悲鳴が聞こえた気がしたが、多分、気のせいだと思いたい。

 謁見はつつがなく終了し、今日の予定は国王主催の歓迎の夜会を残すばかりだ。私たちは王宮の客室に案内され、暫し休憩を取ることとなった。このまま滞在することも進められたが、そこはクリスが固辞していた。


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