第二部 6話 アウレリーア国に着きました
馬2頭で転移門を目指し、転移門に着いたのは夕日がまさに西の彼方へ沈みそうな時刻だった。冬であれば、間違いなく暗くなっていただろう。
「春先でよかったですね。日が長くなり、少し冷え込む程度で済みました」
「寒い?リア」
「いえ、大丈夫です。ルーちゃんを抱っこしていると温かいですし、背中はクリスがいるので……」
乗馬にあまり慣れていない私を、守るようにすっぽりと腕で囲って騎乗してくれたので、落ちそうになることもなく無事に転移門まで着くことが出来た。ここからは転移門を通れば、アウレリーア国の辺境伯領に着く。
「…そうか、ではもう少し頑張っていて。転移門をくぐったらアウレリーア国の辺境伯領で、今日はそこで一泊目の宿をとっているから」
「明日は昼から謁見ですよね?王都まで間に合いますか?」
アウレリーア国の辺境伯領は、辺境というだけあって王都からは離れているはずだ。今日出来るだけ王都に近づいた方がいいはずだ。
「ああ、今回は急遽謁見が決まったので、特例として王都までは転移魔法の許可が下りている。流石に今日は移動で疲れているので、明日転移魔法で王都まで行くことにしたんだ」
「クリスが全部、転移するのですか?疲れませんか?」
クリスの魔力が多いと言っても、荷物と馬、人まで入れればかなりの量だ。明日行われる謁見の時、疲れて動けなくなっては大変だ。
「ああ、そのくらいの移動なら、余裕だよ」
「え、でも、いつもは……疲れたって……」
疑問に思ってクリスの顔を振り仰ぐと、クリスはしまったという顔をした。
転移魔法を使った後、クリスは疲れて動けないと言っては、私に甘えることが多かった。膝枕を強請ったり、甘い菓子を私に食べさせて欲しいと強請る、一つ一つは大したことではないが、恥ずかしい気持ちを耐えながら応えていたのだ。……まさかそれが……?
「嘘だったのですね……疲れて動けないと言っていたのは…」
「いや、……あれは、リアにちゃんと癒されていたよ。うん、あれは必要なことだった」
目を泳がせながらクリスは言い訳を始めたが、明日は絶対にクリスが疲れたと言っても、何もしないでおこうと心の中で決めた。
無事に転移門をくぐり、宿に着いた頃には、すでに夜もすっかり深まっていた。
5人のためにとった宿は、2階部分を貸し切り予約してあるそうで、夜遅くでも周りを気にしなくて良かった。眠そうな様子を見せずに出てきた宿主は、丁寧に私たちを部屋まで案内して、軽食の用意も請け負ってくれた。
ダイニングテーブルの上に並べられた温かいスープやパン、ソーセージや卵料理を、私たちは4人で食べた。ルーちゃんはイーストマン辺境伯領で疲れすぎたのか、そのまま眠り続けていたので隣の部屋に寝かせている。起きた時にお腹が減っていると可哀そうなので、枕元には大量の果物を置いてある。
当初、メリとトムは別室で食べると遠慮していたが、夜遅くに別々に用意してもらうのも悪いからと、私が4人で食べたいと希望した。
「なんだか久しぶりに温かい食事を食べられて、少しホッとしました」
メリが温かいスープを飲み、ホッと息を吐いた。辺境伯領に着いてからは、食べ物はおろか水さえも注意を払わなければならず、ずっと携帯していた簡易食しか口に出来なかった。
水はメリやクリスが水魔法を使えるため、その水をそのまま飲んでいた。調理する過程で、どこかで呪いの影響を受けることを懸念してのことだ。
「そうね、温かいものは口に出来なかったものね。きっと辺境伯領でも、夕方には炊き出しが始まっていると思うわ」
メリたちが運び込んできた食材は、お兄様に託してきた。安全な水も確保できていたので、今晩は温かいスープの炊き出しをする予定だと言っていた。
王都には追加で食料、医療班の要請を出していた。私たちが戻る頃には治癒魔法師によって、不調を訴える者は癒されているはずだ。
「そうだな。まずは人を癒し、その後汚染された土地を回復させるための魔法陣を施す。エルマーは土属性の優秀な魔法使いだから、僕が戻るまでに全て終わっていたらいいな」
希望的観測を述べながら、クリスはソーセージを口に運んだ。スパイスのきいたソーセージは、お酒にもよく合いそうだ。明日は早くから準備があるため、残念ながらこのテーブルの上には酒類はなかった。
「じゃあ、食べ終わったしそろそろ休もう。明日は早くにここを発たないといけないから、二人とも下がっていいよ。おやすみ」
クリスと私は同室で、メリとトムは向かいの部屋を一緒に使うそうだ。荷物は別の部屋に運ばれているのを、先ほどメリが確認していた。
「あ、二人ともちょっと待って」
私は二人に近づくと、サッと清浄魔法をかけた。今日は深夜のため湯を使う暇はないから、せめて体だけでも清めておきたいと思ったのだ。移動は馬だった為、4人とも埃まみれだし、汗もかいている。
「まあ、奥様。綺麗にしていただいて、ありがとうございます」
「気休めだけれど、しないよりはいいわよね。おやすみなさい、メリ、トム」
二人はそのまま部屋を出て行った。この部屋の奥に私たちの寝室があるらしい。2階の一番奥の部屋は、ダイニングルーム、応接室、寝室の3部屋が繋がっていてかなり広いし、置かれている家具も見るからに高級だ。辺境伯領の中でも、上級貴族や大きな商家の人が利用する宿なのだそうだ。
「よし、これでやっと新婚旅行らしく二人きりだね。リア、一緒に…湯浴、み……」
「さあ、私たちもすぐに休みましょう!明日、次の宿まで移動して謁見のための準備もありますし、湯浴みは明日するので大丈夫です。クリスも疲れているでしょ?じゃあ、私はこちらのベッドで寝るので、クリスは隣のベッドを使って下さい」
「え、リア、二人きりの夜だよ……」
私は茫然と突っ立っているクリスに清浄魔法をかけてから、自分にも素早くかけて急いでベッドへ潜り込んだ。今日はこれ以上何かをすることは無理だ。柔らかい寝具に、ホッと息をつくと、私はそのまま夢の世界へ旅立った。
「ずっと皆を癒していたから、相当疲れていたね。仕方ない、イチャイチャは後の楽しみに取っておくよ」
クリスが残念そうに呟いた言葉は、夢の中の私には届かなかった。
隣の部屋で寝ていたはずのルーちゃんは、途中で起きたのか、朝になると私の隣でいつの間にか寝ていた。クリスが隣のベッドで眠る二人を発見して、朝から盛大に拗ねてしまったのはちょっと誤算だった。
「新婚旅行初日だったのに、僕は我慢したのに…チビがリアの隣で寝るなら、僕が一緒に寝たかった……」
出発するまでブツブツと文句を言っているクリスを見て、ルーちゃんとクリス、どちらが子供か分からないと、私はこっそり溜息をついた。
『ルー、わるくない』




