表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/81

第二部 3話 呪いの顛末

「確認は後にして、先に呪物の処理をしようか……」

 クリスはもう一度魔法陣を描いて、今度は白骨化した前辺境伯の遺体を風魔法で浮かすと、そっと魔法陣の上に置いた。

「リア、もう一度お願いできるかな?」

 私は先ほどと同じように魔法陣に浄化の光を注いだ。光は魔法陣を伝って白骨化した遺体の中に吸収され、光が収まると同時に遺体は灰になって粉々に砕けた。

「あ……」

「呪物として時間が経っていたため、浄化の光に耐えられなかったようだ。灰を集めて、墓地に埋葬しよう」

「気にしなくていいよ、リア。きっと前辺境伯もこれで安心して天に召されるよ」

 お兄様が私の肩を優しく抱き寄せ、慰めるようにたたいた。

「キース、それは僕の役目だと思う」

 クリスは少し不服そうに、私を取り戻して抱き寄せた。緊張で強張っていた体から力が抜け、クリスに寄りかかるように立った。

「お疲れ様リア。呪物の解呪は終わったから、後は僕たちに任せて、チビと一緒にゆっくり部屋で休んで…」

 私は慌てて首を振った。ルーちゃんはもう一度癒して休ませたいが、この部屋以外にも呪物の影響は広がっていそうだ。少しでも浄化をしてから休みたかった。

「このまま部屋に戻っても、皆のことが気になって休めません。もう少し一緒にいます。きっとまだ浄化する場所はあるはずです」

 絶対に一緒にいると決意を込めてクリスを見つめた。クリスは諦めたように私の頬を撫ぜて頷いた。

「決して無理はしないこと。疲れたらすぐに休むこと」

「クリスもですよ。先ほど腕を切って、血が大量に失われているんです。私より、クリスの方が心配です」

「わかった。お互い無理はしないってことで。では、まずは正気を保っている使用人を探して、事情聴取から始めようか」

「了解。じゃあ僕たちが使用人を探している間に、ルーカスを休ませてあげて」

「わかった、じゃあ、リアと僕はチビを連れて2階の部屋へ行こう。後で合流するから、そうだな、集合は辺境伯の執務室にしようか?」


 使用人の半分は、呪物の影響を少なからず受けていて話すこともままならない状態であったが、辺境伯邸の下働きの者は比較的症状がましであった為、翌朝、話を聞くことが出来た。

「では、その占い師、もしくは術師のような者が出入りするようになってから、辺境伯の様子がおかしくなったと?」

 使用人の一人が、恐る恐るお兄様の質問に答えていく。

 執事や侍女など、特に辺境伯の側で働いていた者は呪物の影響が強かったのか、先ほど確認した時には皆動くことも話すことも出来ない状態だった。

 私はその人たちを集めてもらい、先ほど癒しておいた。長く呪物の影響を受けているので、一回の癒しでは回復は出来ないだろう。あとは治癒魔法師に任せるしかない。

「はい、旦那様はもうすぐ前辺境伯が生き返るから、そうしたら領地は繁栄する。自分は国境の警備に戻ると言っておられました。勿論信じる者はいませんでしたが、反論できる者もいません。弟君は王都に住んでおられますし、大奥様は6年前に流行り病で亡くなっていますので……」

 ジョルジュ・イーストマンは、妻と子がいたらしいが、術師と会うようになってから喧嘩が絶えなくなり、今は里帰りと称して実家のある領地に住んでいて、別居状態なのだそうだ。

「他には何か変化があったのかな?」

「雨が降り始めてから、作物が腐りだしました。遅れて川の水が濁りだし、魚も取れなくなりました。川の水を飲んだものは、腹を下し吐き気が止まらなくなったので、井戸の水を飲んでいましたが、それも駄目になりました。領民は田畑を放棄して隣の領地へ逃げる者が増えていく一方です」

「それは大変だったな……。でも、どうして王宮へ助けを求めなかった?弟も王都にいたなら、知らせれば戻って来ただろう」

「……それが、聖女様に癒されるまで、何も考えることが出来ない状態で。どうして助けを求めなかったのか、私自身も分かりません……」

「そうか、なるほど。皆同じような意見で合っているか?」

 その場に集まっていた使用人は、皆困惑したように頷いた。

「それで、その術師風の男?は、最近も来るのか?」

「いいえ、雨が降り出したころに、ぱったり来なくなりました。男なのか女なのかは、外套を着ていたので、誰も分からないのです……」

「国境の警備兵は、今はどうしている?」

「詳しくは分かりませんが、旦那様が国境の砦に行かなくなって、かなり経ちます。その間にここへ兵が戻って来ることはなかったので、おそらくそのままいると思います。ただ、食料や飲み水が不足している可能性はあります」

「分かった。後で確認しに行こう。動ける者で、屋敷にいる人間を把握して報告してもらいたい。健康に害が出ている者、治療が必要な者、いなくなった者も調べて欲しい。一緒に近衛騎士も同行させる」

 お兄様はガシガシと頭を掻きながら、次々と指示を出していく。お兄様の部下は5名。少人数精鋭だと言っても、広い辺境伯領の状況を調べるのは大変だろう。

「リア、心配しなくてもいい。明日追加で人員を寄越して欲しいと連絡を入れた。リアたちは予定通り夕方、転移門からアウレリーア国へ行けばいい」

「でも、大丈夫ですか?」

「ああ、リアたちが新婚旅行で帰国するまでは、ここで足止めされそうだけど、帰りは一緒に王都へ戻る。僕も結婚式に参加しないといけないからね……」

「そうですね。シェリルお姉様も待っておられますからね」

「はは、そうだね。早く帰らないと、怒られそうだ……ハァ…」

 お兄様は溜息を吐いてから、砦を確認するために出かけて行った。

 外の雨は、呪物が解呪され止んだようだ。呪物の雨で汚染されたと考えると、広範囲で浄化する必要がある。まずは人を救済し、そのあとに土地を浄化する。いったい何の目的で、術師はそんなことをしたのだろうか?


 騎士団の報告で、呪物の雨の影響を受けているのは、辺境伯のお屋敷を中心に領地の3分の1に及んでいた。砦は辛うじて雨は降ってはおらず、警備上は問題ないようだ。ただ川の水は腐っていたようで、腹を下すなど軽度の健康被害は出ていた。食料は備蓄してあるため、直ぐに困ることはないそうだ。ただ、伝令や伝書蝶を送っても領主館まで何故かたどり着けず、混乱状態だったそうだ。

「リア、大丈夫か?」

 クリスが軽食を持ってきて、私の前に置いてくれた。浄化する人の列が途切れたので、休憩してもいい頃合いだ。朝から簡易的に設けた診療所で、健康被害を訴える領民を浄化していた。終わった人から安全な領地へ移動するように場所を案内していく。土地を浄化するため、王都から専門の魔法師が派遣されることになったとお兄様が言っていた。それでも少しの間、避難は必要だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ