第3話 誰の子供でしょうか?
「え、耳が出た??」
「そうなんです。頭の上に可愛い猫のような耳がはえていて、思わず触ってしまったんです」
「触ったの?」
「ええ、とってもふわふわで温かかったので、作り物ではなかったと思います。本人は寝ていましたし、朝には耳は消えていました」
「それってつまり……」
「そうですね。この国にはいない獣人だと思います。だからクリスティアン様の子供ではないですよね。母親のキャロライン様が獣人であれば、父親がクリスティアン様の可能性もありますが……」
「いや、それはないな。相手のキャロライン嬢は正真正銘この国の子爵令嬢だよ。獣人ではない。つまり、父親が獣人なのか……」
お兄様は唸りながら考え込んでしまった。この国に住んでいるのは人間で、獣人はいない。知識として天界樹の守護から外れている遠い国に獣人の国があるらしいと、そう教えられているくらいだ。実際に見た人はほぼいないだろう。
「もし獣人が過去にこの国に来ていたとなると、少し気になるね。でも、疑いが晴れて良かったじゃないか。これで新婚生活も上手く、いかないのか?浮かない顔をしているね」
図星を指されて、思わず俯きそうになった。クリスティアン様の子供ではない。だとしても、過去に恋人がいた事実は消えるわけではない。ずっと胸がモヤモヤしていて、自分でもどうしたらいいか分からないのだ。当時の私は子供だった。10歳年上のクリスティアン様に恋人がいたのも知っていた。あの頃は平気だったのに、今更その事に深くショックを受けているのか、自分でも分からないのだ。
「昔の恋人たちが気になる?あいつは昔からモテたし、それなりに付き合っていた女性もいたけど、それを気にしていたらキリがないよ」
「学生時代も、ですか?」
「まあいろいろ複雑な家庭環境だったから、学生時代も荒れていたからね。僕からその事を話すのは控えるけど。素直に自分の気持ちをクリスと話してみたらいい。リアに話すかどうかはあいつ次第だけど……」
「そうですね。私はクリスティアン様の一面しか知らないのかもしれません」
温和で優しい私の後見人だった人。私に害を与えるものには容赦しない氷のような一面もあったけど、概ね優しい方だと思う。
「そうだね。もう夫婦なんだから、不安なことや聞きたいことは素直に言った方がいいと思うよ。じゃあ僕も行くね。姫を待たせると心配させるから」
「はい、シェリル王女殿下に結婚披露パーティーに列席していただいたお礼を、もう一度お伝えくださいね」
「ああ、わかった。リアもクリスとちゃんと話すんだよ」
兄はそう言って影の中に消えていった。近衛騎士団団長をしながら、忙しい合間をぬって王女殿下のところに通っているようだ。交際は順調に進んでいるので、このまま進めば婚姻は半年後の予定だ。
「話し合う、そうね、ちゃんと聞きたいことは聞かないと、ね」
モヤモヤしているだけでは解決しない。私のこの気持ちをちゃんと言葉にして伝えれば、この胸の奥が苦しいような気持ちは消えるのだろうか?
そして出来るならクリスティアン様の過去のことも聞いてみたい。小さかった私には隠していても、妻となった私になら話してくれるかもしれない、そう思ったら素直に自分の気持ちを話せるような気がした。
数日後、そんな淡い期待はクリスティアン様の一言で消えてしまった。
クリスティアン様と都合があって顔を合わせた時に、私は思い切ってクリスティアン様の生い立ちを知りたいと伝えた。先に彼のことを知れば、その後に彼の女性遍歴を聞いてもショックを軽減できるような気がしたからだ。
「リアに僕の過去を知って欲しくない。知ったら僕のこと嫌いになって、きっとリアは僕から逃げ出すかもしれない……そんなの無理だよ」
言えないような過去を持っていると告白されたことより、過去を知って欲しくないと言われたその一言に深く傷ついた。
「どうしても教えてくれないのですか?」
「ごめん、それだけは言いたくない。でも、絶対にチャーリー君が僕の子供ではないことだけは信じて欲しい」
「それはもうどうでもいいです」
「え、どうでも?」
「ええ、いいです。でも、私はクリスティアン様がどんな子供時代を過ごして、どんな方と出会ったのか、どんな学生生活を送ったのか、色々と聞かせて欲しいんです。私は何も知らないから……」
私が食い下がると、クリスティアン様の表情がどんどん曇っていった。これ以上聞いてもきっと彼は何も教えてくれない。長い共同生活の中で何度かこの表情を見てきた。その度に大丈夫かと子供の私は彼に尋ねた。 その時決まって彼はこう言った。
「リアは知らなくていいよ」
同じセリフがクリスティアン様の口から発せられた時、私の中で何かが切れた。
「そうですか。では話してくれるまで、私もあなたとは口を聞きません」
「え、どういう意味?え、……」
「……」
私は無言のままクリスティアン様の執務室から出ていった。後ろからクリスティアン様の焦った声が聞こえたが、そのまま無視して廊下を歩いた。自室までたどり着くと、中でチャーリー君が待っていた。
「おかえりなさい、リアねえさま」
「ただいま、チャーリー君」
「どこかいたいですか?」
私の泣き出しそうな顔を見て、チャーリー君が心配したようだ。私は急いで笑顔を張り付け、首を振った。「なんでもないわ。大丈夫よ。お庭で遊ぶ約束だったわね。行きましょうか」
チャーリー君が嬉しそうに私の手を握った。本当に天使のような男の子だ。こんな可愛い子を放置して、母親のキャロライン様はどこへ行ってしまったのだろうか。
「どうして今更……」
「リアねえさま?」
「あ、ごめんなさい。行きましょうね」
心の中で仄暗い気持ちが沸き上がり、私は慌ててその気持ちに蓋をした。何も知らないまま幸せな新婚生活を夢見ていたのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう……
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