第45話 新婚旅行に行きましょう
「大丈夫だよ。今回は準備に時間をかけたし、10日間分の仕事も片づけておいた。僕の結界魔法の魔石も作ったし、もしもの対策も出来ている。ただ、キースからの仕事の依頼が入ったから、純粋に新婚旅行だけを楽しめないのが不満なんだけど……」
クリスが10日間忙しかったのは、新婚旅行に行くためだったと聞けば、私も行かないという選択肢はない。それにアウレリーア国にはカイラ様がいる。海も見たいし、ガレア帝国以外の国に行くのも初めてだ。
「お兄様からの仕事とは?」
「ああ、チビの誘拐事件の後で、東の辺境伯領が問題だと言っていただろう?僕にも調査協力の依頼が来たんだ。新婚旅行に行くから、時間が無いって協力を渋っていたら、陛下がアウレリーア国へつづく転移門の使用許可を出してくれたんだよ。転移門はイーストマン辺境伯領にあるから、調査もついでに出来るだろうってさ。転移門が使えるなら、アウレリーア国まではすぐだし、条件をのむことにしたんだ」
陛下の権限を、初めから当てにしたような計画だが、アウレリーア国へ行けるのなら、この際なんでも利用させてもらおうと思った。
「どうかな?一緒に行ってくれるかな?」
「はい、是非一緒に行きたいです」
「よかった。イーストマン辺境伯領までは、キースが同行するけれど、その後は二人きりだね」
クリスが嬉しそうに私を抱き寄せようとした。そこに割って入ったのは子供、いや、小さなドラゴンだ。
『ルー、ルル!』
「ルーちゃん、そうね、ルーちゃんは一緒に行かないとね」
「は?チビも行くのか?こいつはドラゴンだから、連れて行けないだろう……」
『ルー!』
素早くドラゴンの姿から人間の姿に変わったルーちゃんが、ドヤ顔でクリスを見上げた。クリスは苦々しい顔でルーちゃんを睨んでいるが、私もルーちゃんをお留守番させるのは心配だった。今は体調も安定しているが、いつ何時変化するか分からない。側にいれば治せるが、10日間も離れているのは心配だ。
「ぐぬぬ……、ドラゴンではないと言いたいんだな。新婚旅行に子連れで行くなんて嫌だ。断固拒否する」
今にも喧嘩しそうな二人を見て、私は困ってしまった。
『ルー、いっしょ、いく』
「駄目だ、大人しく待っていろ」
「あの、クリス。私はルーちゃんも連れて行きたいです。私たちがいない時に、ルーちゃんに何か起こってないかと心配しながら旅行に行っても、心から楽しめないと思うんです」
「……わかったよ。一緒に連れて行こう。チビの分の荷造りも頼んでおこう。リアと僕の分はほとんど準備できている。明日の朝出発するから、リアが必要だと思うものだけ準備して持って行けるようにしておいて……」
「ありがとう、クリス」
「その代わり、泊まる部屋の寝室だけはチビと別の部屋にするから。そこは譲れないからね」
「……はい、そこはお任せします」
ちょっとだけご機嫌斜めのクリスがバルコニーから出ていくと、私はルーちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「旅行だって、ルーちゃん。楽しみだね」
『ルー、いっしょ、たのしみ』
私は部屋に戻ると急いでカイラ様宛に、アウレリーア国に行くことになったという内容の伝書蝶を飛ばした。手土産に祈りを保存できる魔石も持った。
この魔石があれば、聖女であるカイラ様も少しだけ負担が減るだろう。聖女が祈るのは当然だという、その認識を変えるのはなかなか難しいだろう。だからと言って、ずっと天界樹に縛り付けられるのは大変なことだ。魔石に頼ることで、その負担を少しだけ軽減できる、それだけでも今は十分救いになるだろう。
ロウド王国で体験したことを、カイラ様とも共有したかった。きっと彼女なら、私の思うところを酌んでくれるだろう。
聖女一人が訴えるより、複数の聖女が共通認識として、祈りに対する変化を訴えた方がいいはずだ。すぐには無理でも、きっと必ず変化の時はやってくる。そんな予感がするのだ。
「まずは、アウレリーア国でカイラ様に祈りを保存できる魔石を使ってもらって、そこで実績を上げれば他国にも広められるかもしれない」
ロウド王国との交易で、魔石はタランターレ国に多くもたらされた。問題が無ければ、今後他国へと広げていく予定だ。魔力を保存できる魔石も今はまだ少ないが、今後増やしていく予定だと聞いた。そうなれば他国の聖女のために、祈りの保存用魔石が配られる日が近いうちに来る。まずはそこからだ。
明日の準備を終え、久しぶりにゆっくりとクリスと話す時間が取れたので、私はカイラ様に祈りの保存用魔石を結婚祝いに渡すことと、ロウド王国で見た祭壇の話をした。クリスならきっと私の気持ちを応援してくれると信じていた。
「う、ん、そうだね、魔石を贈るのは問題ないと思うけど、陛下には報告しておいた方がいいね。明日出発する前に、僕の方から報告しておく。それと祭壇の件だけど、今はまだ、時期尚早だと思う。リアの気持ちも分かるけど、実証実験も含めてかなりの人間が動く必要があるだろ?まずは祈りの保存できる魔石を増やして、安定して結界を張れることを示す方が先だ。それだけでも、国同士の話し合いが必要だし、祭壇の件はもう少し話すのを待って欲しい。話だけ先走ると、良くない方向に進む。下手をしたらリアが非難されることも、可能性としてはある。僕はリアを矢面に立たせてまで、進める気はないよ」
「それは……、そんなに非難されるようなことなの?皆が祈れば、天界樹だって力になると思うのに……」
「リアは純粋にいいと思うことを進めたいだけだと、僕はわかるけれど、国民はそうは思わない。聖女は祈りを放棄した。そう言われかねないよ。一度そんな噂が広まれば、辛い思いをするのはリアだ」
クリスが意地悪でそんなことを言ったのではないと、分かっているけれど……私は素直に聞き入れたくなかった。きっとクリスが言ったことが正解なのだと思う。時期尚早……、それでも私はあの祭壇を見た時の感動を忘れられない。
「どうしても駄目?私が悪者になって済む話なら、それで叶うなら……」
「今は駄目だ。リアを悪者になんて出来ないし、したくない。祭壇を否定しているわけではないよ。今はまだ早いと言っているんだ」
「で、でも……」
渋る私を、突然クリスが引き寄せた。そのまま強引に抱きしめられる。いつもとは違って、苦しいくらい力が強い。まるで離さないと言われているようだ。
「リア!お願いだ。今は僕の話を聞いて、この件は待って欲しい。時期が来たら、きっと君の夢見た光景を実現できるようにする。約束する。だから今は、まずは手が届く魔石の普及から始めよう。無茶なことをして、もし君に何かあったら、僕は生きていられない……、お願いリア……君のことを、監禁したくない……」
クリスは私を抱きしめたまま、ずっと震えていた。最後に呟かれた言葉に、私も震えた。まるでこのまま私が話を進めようとしたら、クリスは私を守るために監禁するつもりだと言っているみたいだ……
「本気……?」
「僕は本気だよ。監禁したらずっと僕だけのリアだ……それは、幸せかもしれないな」
このままでは監禁される未来しかない……⁈クリスの新たな扉を開いてしまうのは遠慮したい……




