第44話 お茶会は戦う場所ではないはずです
「だ、第一王女殿下、お迎えに出られず申し訳ございませんでした」
マックス伯爵夫人の焦った声で、私は声の持ち主を知った。私の予想通り、王女殿下だったようだ。
私のことを守るように隣に立った王女殿下は、扇子で口元を隠しながら微笑んだ。目は笑ってないので、扇子で口元を隠してしまったら、皆には睨んでいるように見えるだろう。はっきり言って怖い。
ダイアナ様は青を通り越して真っ白な顔色で、小刻みに震えている。ちょっと気の毒になってきた。
「出迎えは、気にしなくていいわ。それより今の発言は、わたくしへの宣戦布告と受け取っていいのかしら?」
「い、いえ、そのようなことは、決してございません。姪の出過ぎた発言をお詫び申し上げます。エイベル伯爵夫人、どうかお許しください」
マックス伯爵夫人とダイアナ様が深々と頭を下げた。会場はこの様子を固唾を飲んで見守っている。このままでは明日には王都中にこのことが広まって、私に近寄ろうとする者がいなくなってしまう。それでは本来の目的と真逆の効果だ。
「王女殿下、私は許します。ですからここは、私に免じて穏便にお願いいたします」
「まあ、オーレリア。王女殿下だなんて呼ばないで。約束したでしょう?もうすぐ私たちは家族になるのよ」
「……はい、シェリルお姉様。オーレリアのお願い、聞いてくださいますか?」
可愛くおねだりポーズ付きだ。シェリルお姉様は、満足そうに頷いた。何の茶番をさせられているのか……。兎に角ここは穏便に、お茶会を終えないと……計画が台無しになってしまう。
「わかったわ。先ほどの発言は、心優しい義妹に免じて、聞かなかったことにしておきます。今後は気をつけてください」
「はい、寛大なお心に感謝いたします」
マックス伯爵夫人とダイアナ様は、ホッとしたように緊張を解いた。これで本来のお茶会に参加できる。
「シェリルお姉様、どうしてこちらに?」
マックス伯爵夫人に案内された席に着き、疑問に思っていたことをこっそり聞いた。シェリルお姉様は出された紅茶を飲んでから、にっこりと微笑んだ。
「可愛い義妹の初めての正式なお茶会でしょう?参加しないなんて選択肢はないわ。それに王宮にいる白の魔法使いが、可愛い妻がお茶会で虐められていないか心配しながら仕事していて、効率が悪いとキースが言うからね。わたくしが援護してくるから、仕事に集中しなさいと言ったのよ。妻に友達を作って欲しいと思いながら、器用にまだ出来てもいない友達に嫉妬もしているのよ。本当に過保護で面倒くさい魔法使いよね」
クリスの心配のせいで、シェリルお姉様はここに来たということだろうか?それにしても援護だなんて、ここは戦場ではないはずだ、多分……
「最初が肝心なのよ。オーレリアは優しいから、わたくしも心配なのよ。今日のことが広まれば、あなたはわたくしの大切な義妹だと認識されるわ。次のお茶会からは侮られることはないし、もし今度そんなことがあったら、全力で潰すから安心してね」
美しい微笑みとは裏腹に、その唇から発せられる言葉はかなり物騒だ。敵でなくて良かったと本気で思いながら、感謝を述べておいた。
その後、お茶会自体は和やかに終わったと思う。ただ、私に話しかけられた方々は、皆一様に緊張しているため、友達や知人になってくれそうな雰囲気には残念ながらならなかった。特にダイアナ様は私が声を掛けるたびに、声が裏返るほど怯えるので、申し訳なく思ってしまった。
残りの2つのお茶会にも出る気満々のシェリルお姉様には、今後は自分の力で頑張りたいと、参戦を丁重にお断りしておいた。このままでは、誰も私とお近づきにはなってくれないだろう。
最初のお茶会の噂は広まってしまったが、結果的には残りのお茶会は和やかに終わることが出来た。友人とまではいかないが、知人は出来たと思う。皆の笑顔が引き攣っていたのは、きっと気のせいだと思いたい。
8歳の時に魔力を封印され、魔力が無くなっていた私は魔法学園に通うことが出来なかった。もし学園に通えていたら、友人と呼べる人がいたかもしれないと思うと、少し残念な気持ちになる。
封印の副作用で無表情になってしまった私は、不気味、呪いだと偏見の目に晒され、散々な子供時代を過ごしてしまった。封印自体は、仕方なかったことだとは理解しているが、普通に過ごし友人を作れていた人たちを羨ましいと思ってしまう気持ちはある。
「ああ、でもガレア帝国で知り合った聖女のカイラ様は、友人だと思ってもいいのかもしれないな……」
聖女として帝王の花嫁になった頃、友人というよりは、同じ苦境を戦ったいわば戦友のようなカイラ様は、今はアウレリーア国に戻って、幼馴染で青の魔法使いであるギル様と結婚して一児の母だ。ぜひ会いに行きたいが、アウレリーア国は遠い。天界樹から離れられない聖女には、なかなかに厳しい問題だ。
「リア、どうしたの?お茶会で何か問題があったのかい?」
実に10日ぶりに顔を合わせたクリスが、私の顔を覗き込んできた。バルコニーで庭を眺めながら考え事をしていた私を、心配して迎えに来てくれたようだ。
「いえ、お茶会は無事に終わりました。シェリルお姉様が最初に援護してくださいましたから……。ただ、お友達はなかなかできませんね……」
「そうか、友達か……。リアは同年代と過ごすことが少なかったから、幼少からのつながりを持った者は出来ていなかったな。僕がちゃんとリアに友達を作れる機会を与えてあげられなかったから……。僕も感覚が人とはズレているからか、そこに気がつくのが遅くなってしまった。ごめん、リア」
クリスは人嫌いではない。何もしなくても人が寄って来るタイプの人間だ。敢えて人と関りを持とうとしなくても、勝手に人が来るのだから、友達を作る努力はしなくてよかったのだろう……
クリスが参加していた社交の場は、完全に大人の世界だ。あの当時子供だった私を連れて行くことは出来なかったはずだ。子供同士の交流会は、親が主催する誕生日会やお茶会だ。いくらクリスが親代わりをしていたといっても、流石にそこまで思いつかないのは仕方がないことだろう。
「クリスのせいではないですよ。私はあの当時、封印のせいで無表情でしたから、人から怖がられることの方が多かったです。あの時クリスに機会を与えられていても、きっと拒否していたと思います」
「無表情のリアも十分可愛かったよ」
クリスが私を慰めるように、頭を優しく撫でてくれる。こういうところは、小さい頃から変わっていない。
「多分そう思ってくれていたのは、クリスやお屋敷の使用人くらいですよ。大丈夫です。友達は何歳になっても作れます。地道に努力します」
「そうか、リアは頑張り屋さんだから、無理しない程度に頑張って欲しい。それから、相談……いや、決定なのだけど、新婚旅行へ行かないか?」
「新婚旅行ですか?」
「あとひと月したら、キースが結婚するだろう。そうしたらキースが当分王女殿下に掛かりきりになる……。僕は当分忙しくなって動けない。それに春になったら社交の機会も増えてくる。次に動けるのは秋を過ぎて冬……。冬に新婚旅行に行くなら、温かい国、つまり南にあるゴルゴール国だけど、ゴルゴール国に行くにはガレア帝国を通るか東のアウレリーア国、もしくは西のエリシーノ国を通る、それは日数的にも厳しい。リアが行きたがっていたのはアウレリーア国だろう?それなら今が一番行き易い」
「でも、私は聖女ですから、天界樹の祈りを休むことは出来ないですよ……」
「確かに基本的にはそうだ。でも、ロウド王国に行った時10日祈っていない実績もあるからね」
「でもそれは、クリスがタランターレ国にいるのが条件でしたよね?」
二人一緒に行く前提の新婚旅行は、不可能ではないだろうか……??




