第43話 お茶会に参加しましょう
クリスは宣言通り、その日から忙しく仕事をしているようで、ほとんど屋敷に帰ってこなくなった。深夜私が寝ている時に帰ることもあるそうだが、残念ながら眠っている私は会うことが出来ていない。
私は執事長が選んでくれた3枚の招待状に、参加すると返事をして準備に取り掛かった。何と言っても初めての正式なお茶会の招待だ、万全の準備をして臨まなければならない。エイベル伯爵夫人として、クリスの恥になるような失態は絶対にしたくなかった。
侍女のメリと一緒に3着のお茶会用のドレスを選び、それに合った帽子やアクセサリーを選んでいく。それと同時に、お茶会でのマナーも確認しておくことにした。
12歳までに淑女教育は終了していたが、その後クリスの弟子として王宮に通うことはあっても、社交界に出たのはほぼ皆無。そのため、お茶会でのマナーも学び直すことにした。本来なら母親のお茶会について行き、実地で学ぶべきものだが、8歳の時に両親を亡くした私にその機会は無かったのだ。
執事長が選んだ3枚は、どれも伯爵家が開催する小規模のものだった。家格も釣り合うので、それほど気を張らなくても良さそうだ。高位貴族ばかりのお茶会や、多くの人が参加するお茶会は、色々と気を使いそうだったので、少しだけホッとした。
「どれもドレスコードはなし、ね。持参するのなら日持ちのするお菓子を用意しようかしら?」
招待状の日付順に、ドレスコードの有無や手持ちで持ち込むお土産などを確認していく。ドレスコードのある場合は少し注意が必要だ。例えば白い花をつけるや、赤いアクセサリーをつけるなど、趣向を凝らしたものを考えるのは楽しいが、他の参加者のことも考えて決めなくてはならないので、少し手間がかかる。それらは事前に招待状に書いてあるので、今回は考慮しなくていいということだ。
「奥様、明日のドレスはこれでよろしいですね?」
春間近のお茶会だ。私はまだ年齢的にも若いので、少し華やかな薄黄色のドレスを用意してもらった。今流行っているのは、スカートがあまり膨らんでいないシンプルなものだ。夜会ではないので、肌の露出は少なめで、胸元はレースで覆われているものにした。
合わせる白い帽子には、黄色いミモザの飾りがついていて春らしく可愛い逸品だ。首元にはシンプルなアクセサリーをつけるだけにした。
「これで行くわ。明日はマックス伯爵家のお茶会だったわね」
「はい、マックス伯爵夫人は35歳の温厚な婦人ですので、初めてお茶会に参加される奥様には良いと思います。来られる方も確認しましたが、どなたも落ち着いた雰囲気の方が多いです」
「そう。それなら安心ね」
出来ればお茶会も夜会も参加しないでいいのなら、その方が気は楽だと思う。独身時代は色々な事情もあって、進んで参加しようとは思えず、ズルズルとここまで来てしまった。
しかし今は、社交をしようと決断しないといけない理由が出来たのだ。一つは結婚してエイベル伯爵夫人になったこと、そしてもう一つは、天界樹の祈りの方法を変更するためだ。ロウド王国に行って見た祭壇の存在は、帰国後も私の中で日に日に大きくなっていった。
今すぐは無理でも、今後効果を検証していきたいと思っている。そしてもし効果があるのなら、神殿を巻き込んで祭壇を作り、ゆくゆくは国民の皆にも祈りを実行してもらいたい。その時に、私の意見に賛同して味方になってくれる人が必要だと思ったのだ。残念ながら、私には友人と呼べる人はおろか、知り合いと言える人さえ少ない。現実はとても厳しい。
勿論クリスは、私を応援してくれるだろう。今のままでは、私たちがこれまで通りの聖女一人が祈りを捧げる方法を変更したいと主張しても、広く国民に受け入れられることは不可能だろう。
地道ではあるけれど、将来の希望のために、積極的に社交をして支持してくれる人を増やしていくことにしたのだ。
「エイベル伯爵夫人、ようこそおいで下さいました。少人数での開催ですので、ゆっくりとお寛ぎください。今日は12名で楽しみましょう」
12名?確か事前の確認では10名だったような?疑問に思ったが、笑顔を張り付けて微笑んだ。第一印象は大切だ。
「今日はお招きいただきありがとうございます。マックス伯爵夫人。いいお天気ですから、素晴らしい夫人のお庭をゆっくりと見学させていただけて嬉しいですわ」
マックス伯爵邸の庭は、王都でも有名な庭師を雇い入れ、定期的に公開されるほど美しい庭で、夫人も自慢に思っているということは事前に確認済みだ。
「おほほ、ええ、ゆっくり見学してください。早咲きの薔薇も咲いていますし、可愛いチューリップも見頃ですわ。後で案内させていただきますね。それと急遽なのですが、わたくしの姪も参加することになりましたの」
「姪ですか?」
「ええ、実は……姪は白の魔法使い様に憧れておりましたの。叶わぬ恋を夢見続けていたのですが、その方がご結婚されたので、渋っていた婚約をやっと承諾してくれたのです。ただ、一度エイベル伯爵夫人にお会いしたいと懇願されてしまって、兄夫婦からも娘の未練を完全に断ち切って、婚約を盤石にして欲しいと頼まれまして……おほほほ……よろしいでしょうか?」
困った様に微笑むマックス伯爵夫人に、私も苦笑いだ。はっきり言えばよろしくはない、このまま帰りたい。でもここで帰ったら、流石にマナー違反かもしれない。
「私でお力になれるのなら……」
きっと会うだけで未練を断つことが出来るなら、そのご令嬢も両親を困らせるほど拗らせていないだろう。嫌な予感に、会場に向かう足取りはずっしりと重く感じるが、このまま帰るわけにもいかない。
マックス伯爵夫人の案内で、庭に設置されたお茶会のテーブルに座る姪を紹介された。姪はシャノン子爵家のダイアナ様、茶色の髪に緑の瞳を持つ綺麗な女性だ。私より歳は上に見える。
「初めまして、エイベル伯爵夫人……まぁ、あなた、その特徴的なピンクブロンドの髪、白の魔法使い様の弟子、ではなかったの⁈呪われて無表情になっていて、……あら、どうして?綺麗になっているわ……?新たな呪いかしら?」
挨拶をしようと前に出ようとしたところで、いきなり捲し立てられてしまった。隣に立っていたマックス伯爵夫人の顔がピシッと引き攣った。
「ダイアナ、あなた、なんてことを言うの!エイベル伯爵夫人に失礼ですよ。この方は元アドキンズ侯爵令嬢で、今はご結婚されてエイベル伯爵夫人になられ、もうすぐご成婚される第一王女殿下の義理の妹になられるのです。この国唯一の聖女さまですよ。その方に向かって呪われているだなんて……」
「うそ……平民じゃなかったの……?」
これでもかと肩書を述べられて、私は居た堪れない気分だ。あの頃の私を知っているのなら、平民と勘違いしていてもおかしくはない。言われたダイアナ様も段々と顔色が悪くなっていく。会場にいる他の参加者の方の視線も感じるし、そろそろ勘弁して欲しい。
「あの、お気になさら…」
この場を収めようと足を進めようとしたところで、後ろから誰かの手が私の左肩に優しく置かれた。
「あら、わたくしの可愛いオーレリアを平民だと思うなんて、どういうことかしら?」
聞き覚えのある声に、私は姿勢がピンっと伸びる思いがした。まさか追加のもう一人って……⁈




