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第42話 誤解が解けました

「誤解、ですか?」

「そうだ、誤解だよ。リアは僕が子供を欲しくないから、避妊魔法を使ったと思っていないかい?」

 確かにそうなので、私は黙って頷いた。クリスは子供が欲しくなくて、あの夜そうしたのだと思っていた。ロウド王国に行っている間、ずっと一人で理由を考えていたけれど、結局結論は出なかった。

「僕はリアを愛している。そこは分かってくれているよね?」

「それは、分かっています……」

 クリスは婚約している時から、愛情を隠さず示し続けてくれていた。愛されている自覚は、否定できないほどにある。

「そうか、それは良かった。前に僕の生い立ちを話したよね。母は僕の膨大な魔力のせいで、僕が5歳の時に天に召されたと。覚えているかな?」

 私は話の行方が分からないまま頷いた。魔力が膨大だったクリスを身籠って、体調を崩し回復することなく亡くなったと教えてもらった。

「母が僕を身籠ったのは早くてね。17歳の時だった」

「17歳……」

「母は23歳で亡くなったけど、僕を身籠ってから亡くなるまで、ほとんどベッドの上から動けない状態だった。父親とは違い、原因であるはずの僕に辛く当たることもなく、穏やかで優しい女性だったことは覚えている。僕さえ生まれなければ、きっともっと長生きできたはずなのに……」

 クリスが辛そうに膝の上で手を握りしめた。きっとクリスの心は、まだ傷ついたまま血を流し続けているのかもしれない。私は手を伸ばして、クリスの手を優しく握りしめた。

「クリス……」

 クリスはハッと私の顔を見て、気まずそうに笑った。

「ごめん、話が逸れた。何が言いたいかというと、リアはまだ若い。母が身籠った年齢よりも若いんだよ。確かに両親は、知識がないままに出産にのぞんで、結果的に最悪の事態を招いたんだと思う。それでも、若い母体に出産の負担は大きかった、それも事実だ。だからせめて母が身籠った年齢より後に、リアの体がちゃんと成長して、出産に耐えられると分かるまで待ちたいんだ。その上で、リアが子供を望んでくれるなら……僕は、子供を望んでもいいと、思えるかもしれない……」

 自分をまだ許せていないクリスは、本当の意味では子供を望んでいないのかもしれない。それでも私が成長して子供が欲しいと言ったら、自分の心に嘘をついてでも、子供をつくる努力をするのだろう。

「……それは、ちょっといやだな」

「え?いやなの??」

「え、あ、違います。クリスの言いたいことは分かりました。私が成長した後で、子供のことを考えたい。だから今は避妊魔法を使う、そういうことですね?」

「あ、うん、そうだね。きっと僕と君の間に生まれる子供は、間違いなく大きな魔力を待って産まれるはずだ。だからそれまでに、僕は安全に出産できるように準備をしておきたい。もし安全だと確信できなければ、僕は子供よりリアを優先すると思う」

「クリス、それは嫌、です」

「ごめんね。これだけは譲れないんだ」

「……」

 それではまるでクリスを身籠った時に、両親が母体を優先してクリスを殺せば良かった、クリス自身がそう言っているように聞こえてしまう。私は悲しくなってクリスを抱きしめた。

「リア?どうしたの?」

「わ、私は死にませんから!クリスに似た可愛い子供を沢山産んでみせます。絶対一人にはしませんから……」

 クリスは私をぎゅっと抱きしめかえして、私の肩に顔を埋めて笑った。

「ふふふ、沢山って。…僕は、リア似の、…可愛い子供がいいな……」

 微かに声が震えているのを、誤魔化すように笑うクリスが愛しくてたまらない。この不器用で我儘で、どうしようもなく美しい夫の心まで守りたいと思ってしまった。

「ねえ、リア。今日はこのまま夫婦の寝室に、一緒に行きたいって言ったら、駄目かな?」

 言葉では伺いを立てているくせに、ぎゅうっと離れないように抱きしめて、潤んだ上目づかいで見つめてくるクリスに、私は照れながら頷いた。

「そんな顔で言うなんて、反則ですよね」

「どんな顔でも、リアが頷いてくれるならいいさ。さあ、寝室へ行こうか」

「え、え?」

 先ほどまでのあれは、嘘泣きだったのかと聞きたいほどいい笑顔で、クリスは私を抱き上げた。

 その夜、久しぶりに夫婦の寝室に入って行く二人を見かけた使用人は、素早く情報を共有したらしく、その後夫婦の寝室に近づく者はいなかった。そんなことは知るはずもなく、私は頷いた自分に後悔しながら朝を迎えることになった。


 翌朝クリスは、一睡もしていないとは思えないほど、元気に王宮へ出かけて行った。寝不足になった私は、昼まで起き上がることが出来ず、結局天界樹の祈りは昼を過ぎてしまった。祈りの魔石のお陰で、時間に余裕が持てるのはありがたいが、事情を心得ている使用人の生温かい視線に居た堪れない気持ちになった。

 羞恥心に悶えながらも祈りを終え、遅めの昼食をとって食後のお茶を飲んでいると、執事長が手紙を乗せたトレーをもってやって来た。

「奥様、かなり多くの家門から、お茶会の招待状が届いていますがどうなさいますか?」

「お茶会……?」

「はい、ご結婚されて落ち着く前には、ロウド王国へ向かわれことが発表されていたため、これまではお茶会のお誘いなどは、皆様遠慮されていました。本来なら結婚当初から、お茶会のお誘いが殺到していてもおかしくはなかったと思います。白の魔法使いの妻で聖女である奥様と、縁を繋いでおきたい方は多いはずです。特にこれまでは聖女であることを理由に、社交の機会もありませんでしたが、これからはエイベル伯爵夫人として、社交の機会も増えるでしょう。春には兄であるアドキンズ侯爵が第一王女殿下を降嫁され、奥様は義妹になるわけですし、益々縁を結びたいと希望する貴族は増えますね……」

 確かに肩書だけ聞けば、現在の私は結構無敵な気がする。

 今までは社交に無縁な生活をしてきた。聖女として活動するだけで精一杯だったし、子供の頃は兎も角、エイベル伯爵家に保護されてからは封印のせいで無表情だったため、友達や知り合いを作るどころか、不気味だ、呪いだと散々陰口を言われることしかなかった。(全くもって遺憾だ)

「社交はしたことがほとんどないけれど……、クリスは何と言っていましたか?」

「今朝、旦那様にもお伺いしていますが、奥様が決めていいと言っておられました。ただお茶会に行かれるのなら、10日以内のものにして欲しいと……」

「10日以内ですか?」

「はい、10日後以降に、何やら計画を立てておられるようで、今日から忙しくなると言って出かけられました。詳しくは聞いておりませんが、奥様がお茶会に参加されるなら、わたくしが適当な家門を選ぶようにと言っておられましたが、いかがいたしましょうか?」

「確かに私ではどこがいいか分からないわ。では、お任せします」


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