第41話 ルーちゃん誘拐の真相
「無事に見つかって良かったよ。ドラゴンが誘拐されたと聞いた時は、バース神官長が犯人かと疑いかけたけど、犯人は東の辺境伯領の農民だった。結果、僕の仕事が増えた……結婚式の準備もあるのに、なんで全部僕に振るかな……」
キースお兄様が、エイベル伯爵家の応接室で髪を掻きむしりながら項垂れた。かなりお疲れの様子だ。
ルーちゃんが保護された後、犯人を王宮内にある留置所まで連行して事情聴取を終えたお兄様が、ルーちゃんからも事情を聞くため、エイベル伯爵家までやって来たのは夕方遅くなってからだった。ご機嫌斜めのお兄様は、出されたお茶を飲んで大きな溜息をついた。
「東の辺境伯領?私たちがロウド王国から降り立ったセドリック・オーディス辺境伯様ですか?」
「いや、あそこは北の辺境伯領で、東はイーストマン辺境伯領だね。2年前に当主が代替わりして、息子のジョルジュ・イーストマンが辺境伯をしている」
イーストマンという姓に聞き覚えがあった。確か……
「もしかして、僕の秘書のエルマーの実家か?」
「そうだね。兄がジョルジュ、弟がエルマーで、その下に妹がいたはずだ」
お兄様が資料を見ながら頷いた。
エルマー様は、私が白の魔法使いの弟子になってから雇い入れた秘書兼助手だ。
私が弟子になって発覚した、クリスの仕事部屋の汚さに、自分一人では無理だと雇入れてもらった優秀な人(甘味が切れると不機嫌になることを除けば)で、お茶とお菓子さえあれば、人当たりがいいし仕事が早い。
私の認識では伯爵家の次男だと思っていたけど、辺境伯の次男だったようだ。
「お兄様の仕事が増えたとは、どういうことですか?」
「犯人だった農民は、東の辺境伯領から王都へ来て、陛下に直接陳情書を出そうとしたらしい。平民がいきなり陛下に直接会えるわけはないんだけどね。陳情が失敗した男二人は、せめて金を得て腹を空かせている領民に食料を買って帰りたいと思ったそうだ」
食料を買うお金がない男たちは、偶然通りかかった貴族の屋敷から出てきた、身なりのいい服を着たルーちゃんに目をつけたそうだ。まさかその子供が、白の魔法使いの家の子供だとは知らなかったらしい。知っていたらそんな恐ろしいところの子供を、誘拐しようなんて思わなかったと話したそうだ。
家が凍りついたのは、白の魔法使いの仕業だと思っているらしい。本当はルーちゃんの仕業だと知った時は驚いたが、子供とはいえ流石アイスドラゴンだ。
「それでどうして、キースの仕事が増えることになったんだ?」
「事情を知るために男たちの陳情書を確認したら、見過ごせないことが書いてあったんだよね。それで陛下が事実確認も含めて、この件は僕に任せると言ったんだ。絶対わざとだよ。もうすぐ愛娘を盗られるから、最後の嫌がらせだと思うんだ……」
結婚式が迫り、近衛騎士団長としての仕事と結婚準備に追われているお兄様に、このタイミングで追加案件は嫌がらせだといえば、そうなのかもしれない。
お兄様がもうすぐ娶るシェリル第一王女殿下は、陛下が溺愛している美しく聡明な王女様だ。王女殿下たっての願いで、この降嫁は成されることになった。
当時14歳だったシェリル王女殿下は、7年間行方不明であったキースお兄様を待ち続けた。そしてお兄様が、無事に帰国したと同時に婚約を結んだ。二人のこの話は、国民の間では憧れの恋物語として広まっている。
お兄様と王女殿下の結婚式は、1年の準備を経てこの春、盛大に行われる予定だ。結婚式後は有名な舞台監督が、この話をモデルにした物語を公演する予定だと噂になっており、王都の女性の間では今から期待が高まっているそうだ。
「あの陛下のことだ、半分はそうかもしれないが、半分はキースが適任だと思ってのことだろう?それほどに深刻なのか?」
「そうだね。僕だけでは対応できない可能性もあるから、その時はクリスの助力を願うかもしれない。まずは僕と数名の魔法騎士団が調査に乗り出す」
「魔法騎士団なのか?近衛騎士団の調査部隊ではなく?」
「そうなんだよね~。まあ、詳しくは調査次第。その時はよろしく頼むよ。じゃあ、そろそろ行くね」
お兄様は疲れたように溜息をついて、影の中へ消えて行った。
「ルーちゃん、一生懸命説明してくれてありがとう。きっとお兄様が事情を調べてくれるから、今はゆっくり休もうね。ルーちゃんの好きな物、沢山用意したから一緒に食べよう」
『ルー、あいす、たべる』
ルーちゃんが無事に帰って来てくれて、やっと食欲がわいた私はルーちゃんとクリスと食堂へ向かった。
席に座ったルーちゃんは、イチゴアイスを嬉しそうに食べている。デザートは最後がいいと思うが、今日だけはルーちゃんの好きなように食べさせてあげたかった。
「それで、チビはどうして一人で屋敷から出たんだ?」
向かいの席に座って、ルーちゃんの様子を見ていたクリスが豆のスープを飲みながら聞いた。確かに理由はまだ聞いてなかった。
『ルー、お花、つむ。元気でる?』
ルーちゃんは私を指さした。元気のなかった私にお花を摘みに行こうと、外に出たと言っているようだ。
「そうだったのね。元気がない私のために……、ありがとう、ルーちゃん」
「リアのためだとしても、勝手な行動は駄目だ。結果的にリアに心配を掛けたし、皆にも迷惑をかけた。それは分かるだろう?」
『あい、ごめんちゃい』
「今度から気をつければいい。それに、リアの元気がないのは僕のせいだろう……、だからこの食事が終わったら、ちゃんと話をさせて欲しい。リア」
クリスが真剣な眼差しで私を見た。色々なことがあって、ずっとクリスとゆっくり話す機会が無かった、そう自分に言い訳をして、ちゃんと向き合うのを避けていた。そんな私のことを心配したルーちゃんを、結果的に危険な目に合わせてしまった。
「はい、では食後に部屋で待っています」
私は覚悟を決めてクリスを見た。子供はいらないと、面と向かって告げられるのは辛いけれど、このままその事を考えないフリをして生活を続けるのは限界だった。
食後、ルーちゃんを私の寝室に連れて行き、私は隣の部屋でクリスを待っていた。食後に出されたハーブティーを飲み終わった頃、扉がノックされクリスが思い詰めた様子で入室してきた。
「待たせたかな?」
「いいえ、待っていません。どうぞ座ってください。何か飲まれますか?」
「いや、いいよ」
部屋で控えていた侍女のメリが動こうとしたところを、クリスが手で制してドアの方を見た。メリは静かに退室の礼をして、部屋から出て行った。
「二人でゆっくり話したかったけど、次から次に問題が発生して、結果的に遅くなってしまった。本当は疲れているだろうから早く休ませてあげたかったんだけど、これ以上誤解されたまま過ごすのもお互いによくないと思うから……」




