第40話 sideルーちゃん 頑張る
目が覚めると、知らない部屋のベッドの上にいた。手と足は後ろで縛られているから、身動きは取れない。ドラゴンの姿に戻れば、こんなものは一瞬で引きちぎれる。
すぐにそうしようと思ったけど、その時にオーレリアのつがいが言っていたことを思い出した。そうだ、人間からドラゴンの姿になるとこを見せたらダメだって……。困った様に身じろぎしたら、部屋の中にいた男が近づいてきた。
「お、坊主、目が覚めたか?ごめんな、手荒な真似をして。腹減っただろ」
申し訳なさそうに眉を下げ僕を見ている姿は、悪人には見えなかった。どうしてこんなことをしたのか聞きたがったけど、残念ながらぼくはまだ上手にしゃべれない……
男はぼくにパンを差し出したが、手足が縛られているので食べられない。困った様に見上げたら、男がパンを口元へ差し出してきた。
「すまないな。こんなものしか用意できなくて……」
ぼくは無言で固いパンを食べた。エイベルのお屋敷で出されるものとは比べ物にならないくらい、固くてパサついたパンだったけど、何となくこのパンがこの男の精一杯の食事だと分かってしまった。
王都ではあまり見ないような粗末な格好だ。ズボンも洋服も汚れていて、ところどころ穴があいている。王都に住んでいる人間ではないのかもしれない。
「明日になったら、金が手に入る。そうしたらすぐに解放する。それまで大人しくしておいてくれよ」
ぼくに水を飲ませてから、男は部屋を出て行った。交代で違う男が入ってきたので、ドラゴンの姿には変化できなかった。
それにドラゴンになっても、ぼくはまだ空を飛べない。トコトコ歩いて逃げるのは、さすがに不可能な気がした。仕方ない、つがいを頼りにするのは少し嫌だけど、ぼくは早くリアの元に帰りたい。それにどうせ食べるなら、固いパンじゃなくてアイスがいい。
ぼくは少しずつ魔力を放出して、この家を凍らせることにした。王都はもう春が近い。流石に家が一軒凍りついていたら、不審に思った誰かが通報してくれるだろう。
この部屋を避けて、外壁から順に凍らせていき、そろそろ半分くらい凍らせ終わった時、部屋にいた男たちが白い息を吐きながら、震える手で腕を擦った。
「おい、なんだか寒くないか?もう春なのに……」
「そうだな。息が白い…?おい坊主、寒くないか。これでもかぶっておけ」
男が近づいてきたので、バレたかと思ってドキリとしたけど、男はぼくが寒くないように布をかけて離れていった。やはり悪い人間ではないようだ。
「ちょっと外を見てくるから、お前は坊主を見ていてくれ」
男は外へ出て行った。きっと外を見たら驚くだろうな……。外壁は多分もう凍りついているはずだ。どうしようか考えている間に、様子を見に行った男が焦った様に駈け込んで来た。
「た、た、大変だ!この家だけ、凍りついているぞ!」
「は?まさかそんなことあるか。俺が見てくる」
もう一人の男も確認に外へ出て行き、同じように焦った様子で帰って来た。ぼくが疑われることはないと思うけど、これからのことを考えずに凍らしてしまったことを少しだけ後悔した。
「このままここにいたら、異変に気づいた人が集まるぞ。警備隊やこの坊主を探している者に見つかったら拙い。すぐにここを移動するしかない」
折角凍らせたのに、このまま移動したら困る。次の場所でも同じことをしたら、流石にぼくが疑われるかもしれない。
「よし、直ぐに移動しよう。幸い、まだ人は集まっていなさそうだ」
男は急いでぼくを抱えた。こうなれば仕方ない。外に出たタイミングでドラゴンに戻って逃げよう、でももう少し様子を見た方がいいかな?迷っている間に、男たちは家の外に出た。家の外壁は見事に凍りつき、軒先には氷柱まで釣り下がっていた。ちょっとやり過ぎたかも……?
「そこまでだ!子供を解放して、そのまま手を上に上げろ!」
鋭い声が聞こえて、男たちが驚いたように立ち止まった。今までいなかったのに、いつの間にか家の周りは武装した人たちに包囲されていた。
「チビ、無事か?」
聞きなれた声の方を向くと、つがいが疲れた顔で立っていた。どうやらぼくの作戦は成功していたようだ。微力な魔力でも、このつがいならきっと気づくだろうと思っていた。
家を凍らせたのはあくまで目印で、本命はぼくの魔力に気づいてもらうことだった。悔しいけどぼくが出来るのは、魔力を出し続けてこいつに居場所を知らせることだけだった。
男たちは観念したようにぼくを地面に下ろし、降伏を示すように手を上げた。
「坊主、怖い思いをさせてすまなかったな」
ぼくを地面に下ろすとき、男は申し訳なさそうにそう呟いた。ぼくはじっと男を見上げた。このままではこの男たちは罪に問われる。それは嫌だった。
『ルー、ダ、ダメ、ダメ!』
ぼくは唯一動く首を一生懸命振って、つがいに訴えた。この男たちを連れて行かせてはダメだと。
「おい、連れて行くなと言っているのか?」
『あい!』
「それは無理だ。こいつらはお前を攫ったんだぞ。罪は罪だ。事情は聴取するから、その時に理由は聞く。即処分ではないから、その間にチビが言いたいことも聞こう。それでいいか?」
『う、あい……』
ぼくは仕方なく頷いた。即死刑とかじゃないのなら、この男たちの事情も聞いてくれそうだ。きっと何か事情が有って、ぼくはたまたま攫われたんだと思う。
「ここはキースに任せていいか?チビがこの男たちは悪くないと言っている気がする。事情を聞いてやってくれ。僕はチビを連れて帰る。リアが心配しすぎて倒れそうなんだ。今すぐ会わせてやりたい」
「はいはい、了解」
前に見たことのある、オーレリアの髪色に似た男が仕方なさそうに手を振った。早く行けってことらしい。
「チビ、目を閉じていろ。転移する」
ぼくは慌てて目を閉じた。転移魔法は眩しいから目が痛くなるから苦手だ。
「ルーちゃん!!」
2日ぶりに聞いた声に瞳を開けた。可愛いオーレリアが、泣きながらぼくを抱きしめてくれた。
『ルー!』
「怪我はない?お腹は減ってない?怖い思いをしたでしょ……無事に帰って来てくれて、本当によかった……」
労わる様に抱きしめられて、ぼくはオーレリアの匂いを堪能しようとしたのに、つがいがイラついたようにぼくを引きはがした。
ちょっとムッとしたけど、つがいがぼくを助けてくれたのも事実だから、今回だけは我慢することにした。でも次こんなことをしたら、絶対に全身凍らせてやるんだ。
僕は出来るだけ、誘拐犯の人たちの罪が軽くなるように、つたない言葉で説明を試みた。




