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第39話 ルーちゃんが行方不明、誘拐ですか?

「ルーちゃん?どこ行ったの?出ておいで~。ご飯の時間過ぎているよ~」

 お昼ご飯の時間になってもルーちゃんが食堂に現れなかったので、私はルーちゃんがいそうな場所を見て回った。いつもなら食堂に一番にやって来るはずなのに、今日はいつもの場所にもいないようだ。庭や東屋、部屋のソファー、ベッドの中まで探したが姿が見えない。すれ違う使用人の中にも、ルーちゃんを見た人はいなかった。

「もしかして、このお屋敷の中にいない……?」


 焦って屋敷の外へ出ようとしたところで、すれ違ったクリスに腕を掴まれた。ちょうど帰宅したところのようで、まだ白の魔法使いのローブを着たままの姿だった。

「リア、いきなり一人で屋敷の外に出ようとするなんて危ないよ。行きたいところがあるなら、護衛を連れていかないと…、そんなに慌ててどうしたんだ?」

「クリス、ルーちゃんを見ていませんか?お屋敷の中を探したけど、どこにも姿が見えなくて……」

「チビが?ここから一人で出て行くとは思えないけど……」

 そう言いながらも、クリスは目を瞑って呪文を呟いた。どうやら屋敷内の結界を確認してくれているようだ。

「……確かに、屋敷内にチビの気配がないな。どこに行ったんだ?」

「迷子になって帰って来られないの……?それとも、誰かについて行った、……ルーちゃん……」

 ルーちゃんがいなくなったと思うと、胸が苦しいほどドキドキとした。早く探さないと、馬車に轢かれたり、怪我をしたり、大変なことになってしまうかもしれない。知らない場所で、一人で心細い思いをしているルーちゃんを想像してしまったら、不安になって涙が溢れてきた。

「リア、落ち着いて。泣かないで。僕がすぐに探し出すから」

「ク、クリス。ルーちゃんを見つけてください……」

「ああ、任せておいて。リアはチビが帰って来た時のために、ここで待機していて。僕が探してくるから」

 安心させるようにポンポンと頭を撫でてから、クリスは転移魔法を発動した。私は無事を祈るように手を組み合わせた。

「早く見つかりますように……無事でいて」


 夜になってもルーちゃんは戻ってこなかった。クリスも探しているのか、まだ帰って来ていない。

「奥様、何か召し上がらないと、昼食も召し上がっておりませんし、倒れてしまいますよ」

 侍女のメリが私の前に食事を出してくれたが、心配のあまり食欲がなかった。お腹を空かせたルーちゃんの姿を想像してしまったら、なおさら無理だった。

「ごめんなさい、メリ。ルーちゃんが帰って来たら一緒に食べるから、今は下げてくれる」

「では、せめてお茶だけは飲んでください。水分だけでも取っていただかないと、メリはこれを下げることは出来ません」

 使用人の皆に、心配を掛けてしまっているのは分かっている。私は頷いてハーブティーの入ったカップを手に取った。メリは労わる様に微笑んでから、食事を下げてくれた。

 温かいハーブティーは、少しだけ不安を和らげてくれた。


 夜中を過ぎた頃、疲れた様子のクリスが屋敷に戻ってきた。

「クリス、ルーちゃんは?」

「すまない、まだ見つかっていない。キースにも連絡を入れてあるから、明日には見つけてみせる。メリに聞いたが、何も食べていないって?」

「食べる気になれなくて……」

「リアが倒れては意味がない。ちゃんと食べて欲しい。僕も夕食がまだだから、軽食を用意してもらって一緒に食べよう。必ず探し出すと約束するから、少しだけでも食べて欲しい」

「はい……」

 結局出された軽食は、ほとんど喉を通らなかった。ルーちゃんに二度と会えないかもしれないと考えると、不安で喉が締まるようで、どうしても食べることが出来なかった。

 クリスは夜中になっても寝付けない私を、一晩中優しく慰めながら抱きしめてくれていた。明け方になって泣きつかれて眠る私をそっと残して、クリスは出かけて行ったとメリが教えてくれた。


「奥様、郵便物の中にこのようなものが」

 執事長のトーマスが、くたびれた紙を私に差し出した。どうやら手紙のようだ。

「……子供は預かった。帰してほしければ、金の硬貨を50枚用意しろ……って、子供ってもしかして……」

「おそらくルーカス様のことだと思います。今朝の郵便物の中に紛れていたので、先ほど旦那様にも連絡を入れています。明日の午後指定された場所に金貨を置いておけば、子供は解放すると書いてありますので、おそらく今のところは無事だと思います」

「誘拐……、ルーちゃん……無事……」

 貴族の子供の誘拐は、お金さえ出せば無事に解放されることが多い。醜聞を恐れて、貴族も被害届は出さないことが多いため、犯人も危険を冒してまで子供を殺すことはないからだ。

 少しだけホッとしたら、くらりと眩暈がした。メリが慌てて後ろから支えてくれたので、倒れ込むことは免れた。

「奥様、少しお休みください。このままでは本当に倒れてしまわれます」

「大丈夫よ。少し力が抜けただけ。それに今から天界樹の祈りもあるし、寝てはいられないわ……」

 ルーちゃんが見つかるかもしれない。その希望だけで、私は自分を奮い立たせて天界樹に向かう用意をした。


「ルーちゃん、どうか無事に帰ってきて」

 天界樹に祈りながら、ルーちゃんの無事も祈った。小さなルーちゃんが、どうかお腹を空かせて泣いていませんように。怪我をせず無事に帰って来ますように……

「リア、こんな時まで無理をして……」

 クリスの声が背後からして、私は閉じていた目を開けた。昨夜見せた自分の情けない姿を思い出せば、真っすぐにクリスを見るのは勇気がいる。

「あ、の、クリス…昨夜は、遅くまで、あ、ありがとうございました」

「今朝は食事を取れたかい?」

「……少しだけ、食べられました」

 私はとっさに嘘をついた。本当は飲み物以外、喉を通らなかった……。クリスはそんな私の態度に気づいたようだ。俯いている私の頬を両手でそっと包み込んで、困った様に微笑んだ。

「顔色が良くないよ。リアが倒れたら、チビが帰って来た時に心配させる。帰ったら、少しでいいから食べると約束して。僕が必ずチビを連れて帰るから……」

「はい」

 クリスは私を扉まで送ると、そのまま捜索するために王宮へ戻っていった。お兄様も協力して、王都中を探してくれているようだ。念のため、明日指定の場所にお金を運ぶ手配もしている。

 きっと、元気なルーちゃんに会える。そう信じて私は扉をくぐった。


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