第36話 報告をしに行きましょう
王宮へ延期になっていた報告を行うため、私はクリスとルーちゃんと共に王宮の本宮にある陛下の執務室へ向かっていた。ルーちゃんは私が抱きかかえているが、王宮の廊下を通る人たちは怯えや忌避の目でドラゴンの子供を見ている気がして、とても嫌な気持ちになってしまった。
『ルー……』
ルーちゃんも悲しそうに鳴いている。
私たちが寝込んでいる間に、陛下は聖女が子供のドラゴンと友好を結んだと、国中に向けて正式に発表した。陛下が認めていると公に宣言したので、国民は概ね冷静に受け止めているそうだ。
ただ一部の大臣や貴族、神殿にいる者たちはドラゴンを危険視していて、子供とはいえ国の中枢に招き入れることに不快感を示しているそうだ。
「大丈夫だよ、ルーちゃん。きっとみんな驚いているだけで、ルーちゃんのことちゃんと分かったら、きっとお友達になってくれるよ」
ルーちゃんは私の目を見て頷いた。きっと私の言葉を正確に理解している。つまりこの王宮にいる人たちの言葉も理解できる、ということだ。心無い陰口で、これ以上ルーちゃんに悲しい思いはして欲しくない。私はぎゅっとルーちゃんを抱きしめ直した。
陛下の執務室には王弟殿下、宰相様と近衛騎士団長のキースお兄様、神殿の要職に就くバース神官長、内大臣など数名が列席していた。
「聖女オーレリア。体調はもういいのか?」
「はい、陛下。すっかり良くなりました。報告を延期してしまい申し訳ございませんでした」
「よいよい。オーレリアがいない間のクリスティアンの態度も、そなたが帰国してからは改善された。無事に帰国出来て、何よりだ……」
隣でクリスが、苦笑いの陛下を睨んでいるのは気のせいだろうか……。どうやら旦那様は、私がいない間、私を派遣した陛下に当たり散らしていたようだ。本当に不敬が過ぎる……
「さて、報告の前に聞いておきたいことがある。ここにいる者たちの中にも、不安を訴えている者が多いのも事実。そのドラゴンが害のないものである、とユリウス卿からは報告があがってきているが、ここで最終的な判断を下さねば、後々、問題になることもあり得る。もう一度詳しく説明をしてくれるか?」
「はい、陛下の思し召し通りに」
私はドラゴンに攫われ、子供のドラゴンを癒した経緯、そこで偶然子供のドラゴンと契約したこと、契約方法は不明だと報告した。
契約方法は分からないと言ったのは、契約方法を知った者の中に、ドラゴンと契約を結ぼうとする無謀な者が現れる危険性も考慮したためだ。
これはキャロライン様の伝書蝶にも書いてあったことで、ドラゴンの性格は千差万別ではあるだろうけれど、基本的に気まぐれで残酷な面がある。アイスドラゴン曰く、自分から契約を持ちかけるのは良いが、人間から契約を持ち掛ければ、烈火のごとく(とくに火炎系のドラゴン)怒り狂うものが多いと……
契約方法を試そうとする人間がいないとも限らないので、今後も契約方法は秘密にしておいた方がいいだろう。そんなことが書いてあった。
つまり私が契約方法をキャロライン様に伝えなかったのも、仕方ないとは納得している、そういう内容だった。ただ、気持ち的には納得できない面もあるのは仕方ない。
「その子供のドラゴンは、大きくならないというのですか?」
バース神官長が、ルーちゃんを観察するような目で見ている。ルーちゃんはその視線を避けるように、私に抱きついてくる。
「はい、ドラゴンは長命なので、私と契約している期間では、私より大きくなることはないと言っていました」
「ほう、長命ですか?」
バース神官長の目の色が変わった気がした。長命、という言葉に反応したように見えたけれど、とても嫌な視線だった。
「……そういえば、バース神官長は、不老不死をテーマに研究をされていましたね。確か、錬金術でしたか?」
キースお兄様が、冷たい笑顔を張り付けてバース神官長を見た。不老不死の研究?
「まさかとは思いますが、この子供のドラゴンを解剖したいだとか、血を抜いて研究したいとか、そんな恐ろしいことを考えていませんよね?」
「……ま、まさか、ははは、そんなことは、ないです」
動揺を隠せずに額に汗を浮かべながら、バース神官長はすぐに否定したが、その様子は言葉とは反対に図星だと言っているようだ。キースお兄様は怖い笑顔のまま頷いた。
「そうですか、それは何よりです。もしそのような凶行に走れば、アイスドラゴンの母親はこの国を滅ぼしてしまいますからね。そうなれば、不老不死どころか即死亡です。是非皆様も心に留め置いてください、ね」
ダメ押しの微笑みでお兄様が皆に釘を刺したのを見て、苦笑いのまま陛下が口を開いた。
「オーレリアとこのドラゴンは、あくまで友人という立場。その事をしっかりと認識して、今後は対応してもらいたい。国としても正式に発表したことだ。バース神官長、内大臣であるコルネ侯爵を筆頭に、このことは周知徹底を心がけよ。良き隣人であるドラゴンの敵にならぬよう、このことは努々忘れぬように肝に命じよ」
名指しされたバース神官長と内大臣のコルネ侯爵は、冷や汗を浮かべながら真摯に頷いていたので、今後ルーちゃんが害されることはないと信じたい。もしもルーちゃんが害されれば、あのドラゴンはこの国を極寒の世界に変えてしまうくらいしてしまうだろう。
「大丈夫だよ。ルーちゃんは私が守るからね」
『ルー』
言葉を理解しているルーちゃんを、これ以上心無い言葉で不安にさせたくなくて、私はルーちゃんをぎゅっと抱きしめた。
その後の報告会は概ね順調に終えることが出来た。ロウド王国を訪問し天界樹の苗木及び若木に祈り、すべての行程を無事終えたことを報告して、私たちは陛下の執務室を辞した。
その時は、ショックを受けたルーちゃんが、まさかあんなことになるとは思いもしなかった。
夜になってもルーちゃんは落ち込んでいて、食事もあまり食べずにいた。きっと昼間に受けた言葉の数々や態度に傷ついたのだろう。私は心配になって、クリスと別室でルーちゃんと寝ることにした。
「え、え、きゃああああ~っ!」
翌朝目が覚めると、何故か隣にはルーちゃんではなく綺麗な男の子が、全裸でスヤスヤと寝ていた。一糸まとわぬ姿に混乱した私は、思わず悲鳴を上げてしまった。
「リア!大丈夫か⁈」
悲鳴を聞きつけたクリスが、慌てて隣の部屋から駈け込んで来た。私の叫び声で目を覚ましたのか、男の子が目を擦りながら私の腕の中へ潜り込んできた。とても自然な行動に、私は驚きながらもされるままになってしまった。
「リア……浮気現場、いや、相手は子供だ、だが全裸…?抱きついている、な……」
一瞬凍りついたクリスが、冷静になってベリッと私から男の子を引き離した。男の子はビックリしたように『ルー!』と鳴いて私の方へ来ようとしている。その声に聞き覚えがあった……
「えっ、ルーちゃん??」
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