第35話 sideキャロライン アイスドラゴンに目をつけられる
魔物を狩りに行く用意をして、王城の横にある魔物用の厩舎へ向かおうとしたら、アレンがいつの間にか私の横に立っていた。いつも思うが、気配を消して横に立たれると驚くのでやめて欲しい。
「アレン……」
「今日も魔物を狩りに行くのか?」
「ええ、本格的に冬になる前に、食用の肉は多く確保しておきたいの。交易で穀物が運ばれてくるのは、少し先でしょ?皆が飢えないようにしておきましょう。氷魔法で凍らせておけば、保存には問題ないし。それに何もすることがないから、体を動かしておきたいの」
「そうか、それならば、俺も行こうかな?」
「何を言っているの。王太子は執務があるはずよ。結婚後は私も手伝えますけど、今はまだ婚約者ですからね。それまでは頑張ってください。頑張っていたら、帰って来たらブラッシングしてあげますから」
アレンは獣化してユキヒョウになると、甘えるようにブラッシングを強請る。喜んでもらえ、私ももふもふに癒される、いつの間にか毎晩ブラッシングするのが日課になっていた。
渋々納得したアレンに見送られ、国境沿いの森へ魔物に乗って駆ける。最近は愛馬(魔物の馬)を見つけ、ソードと名付けて可愛がっていたら、アレンが嫉妬してソードが怯えて困った。
獣人の愛情表現は真っすぐだ。特に番う者には、愛情を過剰に示す。初めは戸惑ったが、毎日されれば自然と慣れてくるものだ。
「ソード、今日は少し遠くへ行くわよ」
ソードは私に答えるように、速度を速めた。オーレリア様のお陰で、森の端までは清浄の光が届く。しかし魔物がいるのは、清浄が届かない森の奥だ。だから私は守護用の魔石を常に携帯し、瘴気から身を守りながら戦う。
中級の魔物、それも極上の食用の魔物を見つけ、私はソードから飛び降り剣を構えた。同時に氷魔法を詠唱する。特大の氷の刃が魔物に向かって飛んで行く。魔物は致命傷を受け倒れた。
最初こそ、魔物を狩って食べることに慣れなかったが、慣れとは恐ろしいものである。今では魔物が特上の食材に見えてしまう。だって、美味しいのだ。郷に入っては郷に従えを絶賛実践中だ。
魔物を処理し、氷魔法で素早く凍らせた。ソードの体は大きいので、魔物一匹分の肉ぐらい余裕で運べて便利だ。
「さあ、次は……」
振り返ると、ソードが怯えたように後退していく。森の奥に何かがいるようだ。
「……あなた、アイスドラゴン?」
『娘、名は何という?』
「……キャロラインよ」
この国に来て、アイスドラゴンとはこれで3度目の対峙だ。圧倒的なオーラに、どうして近づくまで気づかなかったのかと自分を責めても遅い。力に差があるのだ、ここは素直に応じて、早めに退場してもらいたい。
『ほう、よい名だな。我には名がない。この意味を聖女から聞いたか?』
名が無い意味?そんな話は聞いていない。私は首を傾げてみた。
『知らぬなら良い。それでは提案だ。我に名をつけてみないか?』
「はい?」
アイスドラゴンは期待に満ちた目で私を見下ろした。何か良くないことが起こる、私の勘がそう言っている。でもこのまま逃げ切れる気がしないのも事実だ。
『さあ、名をくれ』
「ええ、っと、名前……レディ?」
咄嗟に私は自分の二つ名を思い出し、氷のレディから、レディという名を提案していた。(あれ、でも、名を要求する意味を聞かずに名付けて良かったの?)疑問に思った時には既に遅かった。
『うむ、良いだろう。今日から我はレディだ。契約者よ、末永く共にいよう』
「契約、者?何の?」
『我は名を受け入れ、キャロラインを主とした。この契約は、どちらかが死ぬまで続く。もしくは両者が契約解除を願えば解除される。我は解除を認めない』
アイスドラゴンが、どや顔で私を見下ろしている。なに、今、私は詐欺にでもあったのかしら??
「もしかして、……オーレリア様が子供のドラゴンを連れて帰って来たのは……」
『我と同じ方法で、我の子に名を与えた。あれは偶然だったが、それでも契約は契約』
「そんな……」
心の中で、オーレリア様に同情しつつも、恨み言を呟いてしまった。オーレリア様が契約の真相を話してくれていれば、少なくとも私はアイスドラゴンに名を与えるなんて愚行はしなかった。
それも今更だ。私はこれからの対策を素早く考えた。
一番の問題は、何と言ってもアレンだ。ソードにすら嫉妬するのだ。独占欲の塊と言っていいアレンが、私の側にアイスドラゴンがいることを許すのか?答えは聞かなくても分かる、否だ。アイスドラゴンとアレンとの戦いなど、折角落ち着いたロウド王国が、破壊される未来しか想像できない。
そしてアイスドラゴンは、子供のドラゴンと違って兎に角大きい。ロウド王国にアイスドラゴンがいることは無理だ。第一、国民が落ち着いて生活できない。
「契約者とは、具体的に何をするの?」
『特に決まりはない。我はキャロラインと話がしたい。ルーがいなくなって暇なのだ。そなたは強い。戦う姿を見るのも好きだ』
なるほど、暇になったから、契約者という名の茶飲み友達的なものを求めていると……。魔物と戦うのを見て暇つぶしをしたいと……
「では、一緒にロウド王国で暮らさなくてもいいですね。レディには棲みかがありますし」
『うむ、構わない。我は人間と住むのは苦手だ。我が望むとき、我と話してくれればよい。キャロラインが魔物を狩る姿を見るのも好きだが、それも常に側でいる必要はない。気配は分かるからな。狩りをしている時にここに来る』
どうやら最悪の展開は避けられたようだ。これなら普段からアイスドラゴンが、ロウド王国に飛来する心配はないだろう。後は、アレンに何と話して納得してもらうかだ……
「レディは私の願いを聞いてくれるかしら?」
『うむ、善処するが、我は自由なドラゴンだからな。拒否もある』
「そうね。ではお願いなのだけど、私の番とは仲良くして欲しいの。ケンカはやめて欲しい。あと、ソードは食べないように……」
『うむ、番か。それと、そこの魔物は食べないよう、善処しよう』
アイスドラゴンが飛び去って、私は王宮に無事に帰って来たのだが、アイスドラゴンの匂いがすると言って、アレンが盛大に拗ねてしまった。機嫌を取るためのブラッシングだけでは納得してくれず、結局私は一晩中アレンに離してもらえなかった。アレンの嫉妬は、オーレリア様には言えないけど、このこと以外は伝書蝶でオーレリア様に言いたかった。
少し恨み言多めの伝書蝶は、近況報告を含めると10枚になってしまった。勿論、私はちゃんと気づいている。本当に悪いのはあのアイスドラゴンだ。オーレリア様もきっと騙されたに違いない、それでも一言いたかった。どうしてドラゴンに名を与えてはならないと、帰国前に言ってくれなかったのかと……




