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第34話 ルーちゃんの異変

 真夜中に何かに叩かれた気がした。隣に眠るルーちゃんの苦しそうな呻き声で、私は完全に目を覚ました。

『ルー…ル…』

 ルーちゃんは苦しそうに、弱々しい呼吸を繰り返している。

「ルーちゃん!ルーちゃん!」

 声をかけてみるが、ルーちゃんは目を覚まさない。触った体は熱を持っていた。アイスドラゴンの皮膚は、しっとりと冷たい鱗に覆われているはずなのに、今はその皮膚がすごく熱い。

「待っていて、今癒すからね」

 私はルーちゃんに声をかけ、癒すためルーちゃんに触れた。手の平がジンジンと熱い。私は火傷する手を気にする余裕もなく、ルーちゃんを癒し続けた。

 苦しそうな呼吸は、少し落ち着いたように見えるが、ルーちゃんは目を覚まさない。私は必死に癒しの光を注ぎ続けた。

「何が原因なの……?ルーちゃん、目を覚まして……」

 突然、隣の部屋から扉を叩く音がする。

「リア、何かあったのか?声がしたけど……」

 隣の扉は、クリスの寝室につながっている。真夜中に私がルーちゃんに呼び掛けていた声が聞こえたようだ。

「クリスっ、助けて!!」

 扉が勢いよく開いて、クリスの姿が見えた瞬間、安心したのか涙が止まらなくなった。

「どうした、リア」

 クリスがベッドに座り込んで泣く私を見て、慌ててベッドまで駆けつけて来た。

「ルーちゃんが、熱くて、癒しても、目を覚まさなくて……」

「リア、泣かないで。体が熱いのなら、とにかく冷やそう。氷を出すから、少しだけ離れて」

 クリスがルーちゃんの周りに魔法で氷を出して、体を冷やしていく。私は継続して癒しの光を注いでいく。氷はすぐに溶けるので、クリスは氷を出しては様子を確認し、何度も繰り返し氷で冷やしてくれている。

 空が白み始め、朝日が昇る頃、やっとルーちゃんの呼吸は安定した。ホッとした瞬間、カクンと力が抜けた。天界樹の祈りで魔力切れを起こした直後だった為、まだ本調子ではなかったようだ。クリスが隣で支えてくれたので、ベッドの下に落下することはなかった。

「リア、大丈夫か。……この手、赤くなっている。火傷したのか……」

「あ、そうみたいですね。後で癒やしておきます」

「魔力切れだから無理だろう。今はこれで我慢して。あとで薬も用意するから」

 そう言ってクリスは、私の手を氷魔法で優しく冷やしてくれた。近くで手を取り冷やされていると、胸が少し切なく疼いた。

「リアはこいつと少し眠るといい。魔力切れが悪化すると寝込むことになる。あとでポーションも届けるけど……、ここは解けた氷のせいで寝られそうにないな。僕の寝室で寝ていいから」

 ベッドは大きな水たまりができ、ドロドロになっていた。確かにここでは寝られそうにない。ルーちゃんも今は安定しているが、いつ異変が起こるか分からない。一緒にこのまま眠るのがいいだろう。

 クリスが私を優しく抱き上げ、隣の寝室へ連れて行ってくれた。そっとベッドへ下ろし、寝具をかけてくれると、ふわりとクリスの匂いがした。

「ふふ、クリスの匂いがして安心しますね」

 無意識に出た言葉に、クリスが照れたように真っ赤になった。

「リア、今は我慢するけど、元気になったら覚悟して……。…チビも運ぶから、リアはもう寝てていいよ。王宮へは、体調が戻り次第行くと連絡を入れておくから、今日一日は、絶対に寝ていること!」

 ルーちゃんを私の隣に運ぶと、クリスはそのまま部屋を出て行った。結局私とルーちゃんが、起き上がれるようになったのは3日後だった。その間は天界樹への祈りも禁止され、祈りの魔石で代用した。苦いポーションを毎食後に飲まされたお陰で、その後は元気に動けるようになった。

 ルーちゃんの異変は、結局原因が分からないままだ。獣医さんに聞いても、ドラゴンの生態は分からないと言われ、魔法研究所にもドラゴンに関する詳しい書物は無かった。


「ルーちゃんはどうして体が熱くなったのか、分からないよね?」

『ルー?』

 美味しそうにフルーツの盛り合わせを食べているルーちゃんは、すっかり元気そうだ。

「そうだよね、分からないよね。明日、延期していた王宮への報告、一緒に行っても大丈夫なのかな?」

『ルー』

 任せて、と言うようにルーちゃんが胸を張った。

 ドラゴンの生態は、やはりドラゴンにしか分からないのか。でも、アイスドラゴンに連絡をとる方法を私は知らない。ロウド王国の山脈は、空を飛ぶ以外に辿り着けないような気がするのだ。

 そんな私の心配事は、ロウド王国にいるキャロライン様からの伝書蝶を受け取って、突然解決することになった。いや、解決というより問題が増えた?


 その日の夕刻、大量の伝書蝶がエイベル邸の窓にぶつかる音がして、使用人が慌てて回収するために外へ向って走っていった。珍しい光景に、私はなんとなく窓の外を眺めていた。

 まさかその大量の手紙がキャロライン様から、私への恨み言で埋め尽くされているとは思ってもいなかった。

「奥様、先ほどの大量の伝書蝶を回収したところ、全て奥様宛てでした。こちらにお持ちしてよろしいでしょうか?」

「私宛?全て??」

 侍女のメリが持って来た伝書蝶は10枚、それぞれに番号が打ってあった。順番に読め、ということだろう。危険が無いと判断された伝書蝶を、私は1と書いてあるものから読み始めた。

「キャロライン様から……」

 私は読み進めながら、その内容に次第に青ざめていった。

 内容を物語風に言うなら、悪いドラゴンが美しい王太子妃に目をつけ、騙して王太子から奪う?そんな物語になりそうだ。

 この手紙は、囚われの王太子妃の恨み言が綴られていた。そう、あの時の既視感はこれだ。

 私たちを送り届けたアイスドラゴンはあの時、私になんと言っていた?


『オーレリア、ルーを頼む。それと、我もいいものを見つけた。当分は退屈せずに済みそうだ』

 不敵に笑ったアイスドラゴンに、私は背筋が冷たくなった。なんだろう、この既視感は……?

「あの、それはどういう意味ですか?」

『聖女よ、詮索は無用。いずれ分かる。ではさらば』


 あの時、詮索するべきだったのだ。アイスドラゴンは、既にキャロライン様に目をつけていた。強力な氷魔法の騎士であり、ロウド王国に嫁ぐ美しいキャロライン様に、名をつけさせ契約しようと、虎視眈々と!

「何が我には名がない、よ。契約したくないからだと信じていたのに、たまたま気に入る主がいない、というだけで、主を持たないつもりがない訳じゃなかった。また騙された……ごめんなさい!キャロライン様~」


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