第32話 sideクリスの葛藤
リアが無事に帰って来ると思ったら、余分なチビ(アイスドラゴンの子供)までついて来ると聞いて、すぐに捨てる計画を立てようと思った。木箱で無理なら、強固な金属の箱を用意してもいい。
結構本気で考えていたら、一緒に辺境伯領へ来ていたキースに呆れられてしまった。
「クリスはリアのことになると、本気で残念な男になるよね。天下の白の魔法使い様が聞いて呆れるよね」
「子供と言ってもドラゴンの子供だぞ。チャーリーとは、危険度が全然違うだろ」
この世界にはドラゴンがいる。それは知っている。だが天界樹に守護される国の付近には、奴らは滅多に現れないのだ。
ガレア帝国の国境には火炎系のドラゴン、アウレリーア国には水系のドラゴン、ゴルゴール国には土系ドラゴン、エリシーノ国には風系ドラゴン、そしてタランターレ国には氷系ドラゴンが棲むと、知識としては知っているが、勿論遭遇した記憶はない。記録として100年ほど前に国境へ飛来したドラゴンがいたと、そういう記録が残るだけだった。
ロウド王国から来たアレン殿が、火炎系のドラゴンのドラゴンハートを持って来たことで、実際に存在を感じた。ロウド王国では、冬にアイスドラゴンが飛来することがあると聞き心配はしていた。ただ飛来時期は冬で、リアが行くのは秋だ。まさかそのアイスドラゴンにリアが攫われ、見つかったと思ったら、子供のドラゴンと契約し解除できないなど、想像出来るはずがない、まさに悪い夢だった。
折角の再会は、僕のドラゴンに対する態度のせいで、気まずいものとなってしまった。そこは少しだけ反省している。キースにユリウス卿を押し付けて、早々にリアと仲直りしようとしたのに、それもリアの発した言葉で頓挫してしまった。
「ここを発つ前、クリスは私に避妊魔法を使いましたよね?」
一瞬何を言われたのか、頭の中が真っ白になった。避妊、魔法……
「え……、避妊魔法?それは、……確かに使った……」
「そうですか。聞きたかったのはそれだけです。では、私は天界樹に祈りを捧げてきますね。丸10日も祈ってないので、急いで行った方がいいでしょうし……」
リアが足早に去っていくのに、僕は情けないことにすぐに後を追うことが出来なかった。それほどに動揺していたのだ。確かに僕は、リアとの初めての夜、浮かれていながらも、避妊魔法だけはしっかりと忘れていなかった。そこは自分でよくやったと褒めていいところだった。
でも先ほどのリアの様子は、僕が避妊魔法を使った理由を誤解しているように見えた。ちゃんと話せば、分かってもらえるはずだ。リアが戻ったら、ちゃんと説明しよう。そう決めて執務室へ向かった。
執務室でとりあえず急ぎの書類だけ処理していると、リアに渡したペンダントと対で作ったドラゴンハートのブローチが光った。この光り方は、リアに何かがあった知らせだ。
僕は慌てて天界樹につながる扉の前に転移魔法で飛んだ。扉の向こうから、ドンドンと激しく叩く音がする。扉を開けると、手を真っ赤にした子供のドラゴンがいた。
『ルー!ルルルー』
扉の取っ手に手が届かず、ずっとここで扉を叩いていたようだ。扉に転移用の魔法陣が刻まれているため、この扉を破壊出来ず、仕方なくここで扉を叩いていたようだ。幼いのに随分頭がいいようだ。
子供のドラゴンが急いで僕をリアの元へ誘導していく。リアは天界樹の側で、眠るように倒れていた。僕は慌ててリアを抱き上げた。
「軽い魔力切れか……。大丈夫だ、チビ。リアを守ろうとしてくれてありがとう」
『ルールル!』
言葉は分からないが、馬鹿にされた気がした、多分気のせいだ……
リアと一緒にチビを転移魔法で寝室に運んだ。ずっとこちらを睨んでいるチビの視線から、逃れるように部屋の扉の外で立っていた。
少し冷静になろうと、僕はリアに避妊魔法を使った理由を考えていた。初めは無意識だった。だが、自分の生い立ちを考えれば、きっとそれが理由なのだろう。
僕の母が、僕を身籠ったのは17歳の時だった。母も父も平凡な魔力しか持っていない、そんな両親のもとに、先祖返りなのか、突然変異なのか運命のいたずらで化け物が宿ったのだ。規格外の魔力は、若い母体には害以外の何物でもなかった。
美しく優しい母は、結局体が回復しないまま、僕が5歳になる頃静かに天に召された。僕を無理に産んでいなければ、母は今でも生きていたと思う。母は僕を身籠るまで、病気一つしない元気な人だったそうだ。
「無知という不運が招いたことで、決してクリスのせいではない」学生時代、キースはそう言ってくれていたが、それでも僕が許される事になるとは思えなかった。
僕はリアを愛している。もしリアが僕の子を産んで、万が一にも亡くなるようなことがあれば、僕は一生後悔してもしきれない自信がある。
リアはまだ若い。母が僕を身籠った17歳にすらなっていない。若い時の出産は、母体に負担がかかる。それに僕は突然変異かもしれないが、僕の子は僕と同じ魔力量を持って産まれる可能性が高い。
リアは聖女になれるほどの光魔法を持っているのだ。二人の間に産まれる子の魔力量が少ないなんて、楽観的には考えられない。
せめてリアがもう少し成長して、出産に耐えられる体を手に入れて、より安全な方法を確立し、万全な出産準備をしてからでなければ、子供が欲しいとは思えなかった。むしろ危険があるなら子供なんかいらない。
僕は自分の子がリアを殺してしまった時、子供を愛せる自信がまだ持てない。キースの言う通り、無知でなければ母親は死なずに済んだのかもしれない。僕は白の魔法使いだ。無知ではない。それでも最悪の事態を想像してしまえば、無意識に避妊魔法を使っていた。
「そういうこと、だよな……」
リアの部屋から、リンリンとベルの音が鳴った。リアが目を覚ましたようだ。僕は慌ててリアの部屋の扉を開けた。驚いたようなリアの瞳と目が合った。
「クリス……」
「リア、目が覚めてよかった。ロウド王国から帰国して、体が疲れているのに無理に魔力を使ったから、 一時的に魔力切れを起こしたんだ。このチビが必死で扉を叩いてくれなかったら、気づくのが遅くなってもっと深刻な状態になっていたかもしれない」
「ルーちゃん、助けてくれてありがとう」
「クリス、ごめんなさい……」
「……そのチビにはお礼で、どうして僕には謝罪なんだ?僕たちは夫婦だ。リアを助けるのは当然だし……、いや、こんなこと言いたいんじゃないだ。リア、さっき君が言ったこと、ちゃんと説明させて欲しい」
「さっき?」
「僕がリアに、……」
「ちょ、ちょっと待ってください!今は聞きたくないっ」
ちゃんと僕の気持ちを説明しようとしたのに、リアに激しく拒絶され、ショックでその後に何を話したか覚えていないまま、僕はリアの部屋を後にした。
「結局、誤解は解けないままか…、いや、誤解ではないのか。子供は今はいらないのだから……」
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