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第31話 溺愛はお預けです

 私とルーちゃんは、クリスと一緒に転移魔法で王都へ向かい、ユリウス様はお兄様が影に入れ、そのまま王都まで行くそうだ。流石にクリスに全員を転移魔法で運ばせるのは大変だと、キースお兄様が言ったためだ。

 でも私は知っている。いや、気づいてしまった。クリスがキースお兄様にユリウス様を運ぶように、目で合図を送っていたことを……

 

「では、オーレリア様、この10日間、お疲れさまでした。私は近衛騎士団長と共に王都へ向かいます」

 ユリウス様とお兄様が影の中へ消えて行った。転移魔法より影で王都へ移動する方が、魔力消費は少なくすむが時間がかかる。それでも、馬で移動するよりは格段に速い。ここへ来る時は、クリスがお兄様を転移魔法で連れて来たと言っていた。だからこの流れは自然なことだ。

「リア、では僕たちもそろそろ行こうか。そういえば、帰って来たら僕に聞きたいことがあると言っていたけど、何かな?」

「あ、それは…エイベル邸に着いてからでもいいですか?」

 今聞いて、クリスが動揺して転移魔法が失敗すると困る。それに今ここで聞くことでもないような気がする。クリスは私の様子を気にしていたが、諦めて転移魔法を発動した。私はルーちゃんをぎゅっと抱きしめた。眩い光に目を瞑り、体が着地した振動で目を開けた。

「エイベル邸ですね。少ししか離れていないのに、とても久しぶりのような気がします」

 目の前には懐かしいエイベル邸の中庭が見えた。すっかり秋の景色から冬の景色に変わっていた。

「それで、聞きたいこととは?」

「ここを発つ前、クリスは私に避妊魔法を使いましたよね?」

「え……、避妊魔法?それは、……確かに使った……」

「そうですか。聞きたかったのはそれだけです。では、私は天界樹に祈りを捧げてきますね。丸10日も祈ってないので、急いで行った方がいいでしょうし……」

 私は速足でエイベル邸にある天界樹につながる扉を目指した。クリスは動揺しているのか、立ち止まったままだ。腕の中にいるルーちゃんを抱きしめ直して、私は天界樹へ続く扉を開けた。

 大きな天界樹を見るのも久しぶりだ。天までそびえる巨木の葉は、今日も浄化の光をタランターレ国に降り注ぐように輝いている。それに比べればロウド王国の若木は、普通の樹と大きさが変わらない。それでも天界樹の葉はキラキラと輝いていた。

「ルーちゃんは初めて見るね。これがタランターレ国の天界樹だよ。大きいでしょう?」

『ルー』

 ルーちゃんは興味津々で天界樹の幹を触っている。魔物にとって天界樹の清浄の光は、私たちにとっての瘴気と同じで毒のようなものだ。でも魔物の類であるはずのルーちゃんには、瘴気に耐性がない。ここはルーちゃんにとっては心地のいい場所になるはずだ。

 私は先ほどのクリスの顔を、頭の端に追いやってから、天界樹に久しぶりの祈りを捧げた。無心に祈ったため、いつもより多めに祈りを捧げてしまい、ゴッソリと魔力が減ったのが分かる。流石に巨木への祈りは、若木や苗木の比ではない魔力量が必要だった。すっかり失念していた……

「ごめん、ルーちゃん。お屋敷に戻るの、少し後でもいいかな。なんだかすごく、眠いの……」

『ルー?ルルルー?』

 心配そうに鳴くルーちゃんの声を聞きながらも、瞼が重くなることに抗えなかった。瞼の裏に、クリスの先ほどの気まずそうな表情が浮かぶ。どうして避妊魔法を使ったのか、本当はずっと気になっていた。でもあんな顔をすると分かっていたら、聞かなかったのに……


 目が覚めると、私はエイベル邸の自室のベッドの上だった。傍らには心配そうに私の顔を覗き込む、ルーちゃんの瞳があった。綺麗な金色の瞳だ……

「ルーちゃん?」

『ルー』

「ごめんね。寝ちゃったみたいね。でも、ここは…」

 誰かがここまで運んでくれたのだろうか?

『ルールル』

 ルーちゃんが扉の向こうを気にしている。誰かが扉の外にいるの?私は侍女のメリを呼ぶつもりで、テーブルサイドに置いてあるベルを鳴らした。

 カチャッと音を立てて扉が開いた。メリならば、まずはノックをして入室の許可を得るはずだ。ノックをしないのは……

「クリス……」

「リア、目が覚めてよかった。ロウド王国から帰国して、体が疲れているのに無理に魔力を使ったから、一時的に魔力切れを起こしたんだ。このチビが必死で扉を叩いてくれなかったら、気づくのが遅くなってもっと深刻な状態になっていたかもしれない」

 少し眠くなっただけだと思っていた私は、心配するクリスの顔を見て申し訳なく思った。ルーちゃんも小さい体で私を助けようと頑張ってくれたと思うと、自分が情けなく思った。

「ルーちゃん、助けてくれてありがとう」

『ルー』

「クリス、ごめんなさい……」

「……そのチビにはお礼で、どうして僕には謝罪なんだ?僕たちは夫婦だ。リアを助けるのは当然だし……、いや、こんなこと言いたいんじゃないんだ。リア、さっき君が言ったこと、ちゃんと説明させて欲しい」

「さっき?」

 もしかして避妊魔法のこと?ルーちゃんの前で、子供が欲しくないと言われるの?

「僕がリアに、……」

「ちょ、ちょっと待ってください!今は聞きたくないっ」

 私は慌てて両耳を両手で押さえた。ルーちゃんが私を庇うように私の前に出て、クリスに向かって可愛い威嚇の姿勢を取った。呆気にとられていたクリスは、私とルーちゃんを交互に見て諦めたように首を振った。

「わかった、今はゆっくり休んで、落ち着いたら聞いて欲しい。明日は王宮へ報告に行く。リアもドラゴンの件で、一緒に報告に行かなければならないから、そのチビに暴れないように言い聞かせておいてくれ」

「はい……」

 扉が静かにパタンとしまった。何故か目から涙が溢れた。きっと旅の疲れが出て、心が不安定になっているだけだ。

 あの日から、ずっと気になっていたことだ。聞いてしまえばいい、クリスの口から子供は望まないとハッキリ言われたら仕方ない。養子をもらう貴族だって少なくない。わかっているのに、なかなか涙は止まらない。

『ルールル……』

 ルーちゃんがペロペロと私の涙を舐めてくれている。私はルーちゃんを抱き寄せて、ルーちゃんの額に自分の額を合わせた。

「ごめんね。大丈夫、もう少ししたらきっと、大丈夫だから……」

『ルー』


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