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第30話 捨ててきなさいではありません

 アイスドラゴンが大きな翼を使い、ゆっくりと目的地の丘に降下していく。空の上は冷たい風が吹きつけるが、クリスのくれた火炎系ドラゴンハートのおかげで、私は快適にここまで来ることが出来た。

 アイスドラゴンに捕まれた状態で移動するユリウス様は、外套を二重に着ていても寒さが堪えるようで、休憩する度に私が念のため癒した。遠い目になるのは精神的なものなので、癒しでは効果がないのが残念だ。


 目的地の丘の上には、三名の男性が立っていた。二人は見覚えがある人物、クリスとキースお兄様だ。あと一名は見覚えがない。

 アイスドラゴンは高度を下げ、丘の上に降り立った。

「うわ、本当にアイスドラゴンだね。初めて見たよ」

 キースお兄様が少し興奮した顔で、アイスドラゴンを見上げた。クリスは私がアイスドラゴンから降り立つと、急いで私に近づいて抱きしめてきた。

『ルー、ルルルー!』

 突然抱きしめられ、私の腕の中でウトウトしていたルーちゃんが、苦しそうに抗議の声を上げた。

「クリス、ルーちゃんが潰れてしまいます。離れて……」

 クリスが私の腕の中にいるルーちゃんを見て、不服そうな顔をする。

「そいつ、きっとオスだ。やっぱり今すぐ捨ててきなさい」

『ルー、ル!!』

「駄目です!ルーちゃんは私の大切な友達です。そんな、捨てるなんて出来ません!!そんなこと言うクリスは、嫌いです!」

 クリスが傷ついた顔をするが、こちらもルーちゃんをアイスドラゴンから受け取ったのだ。無責任なことは出来ないし、したくなかった。

「おいおい、クリス。アイスドラゴンの前で、捨ててこいとか、お前それは駄目だわ。陛下が正式に受け入れを表明している。国民にもこれから周知する予定だ。ここは穏便にして欲しいな。おっと……アイスドラゴンもその口から出そうとしている冷気、おさめてくれないかな?」

 キースお兄様が引きつった顔で、アイスドラゴンの口を見たので、私もそちらを見た。どうやら機嫌を損ねたアイスドラゴンがクリスを凍らせようと、冷気を出す寸前だったようだ……

『我の子を侮辱するとは、命が惜しくないのか?』

「思念伝達か。なるほど、では言わせてもらうが、リアはとても素直ないい子だ。その素直な娘を攫っておいて、騙すような真似をして、この子ドラゴンをリアに押し付けたりしていないよな?」

『……うむ、そこは否定しない』

 正直なアイスドラゴンは、クリスの問いに嘘をつけないようだ。そこは嘘でもないと言って欲しかった。このままではルーちゃんが箱に入れられて捨てられる未来しか見えない……

「違います!私がルーちゃんと一緒にいたくて、その、ルーちゃんが大好きだから」

『ルー、ルルルー』

 ルーちゃんが嬉しそうに私の腕の中で頬を胸に押し付けてきた。なんて可愛い仕草なんだろうと思っていたら、クリスが真顔でベリッとルーちゃんを私から引きはがした。

「ぐっ重いっ!リア、こんな重いものを抱いていたのか⁈」

「え?ルーちゃんですか?すごく軽いですよ?」

 ルーちゃんの重さは、大きなぬいぐるみ程度の重さだった。子犬より軽いかもしれない……?

 こっちに戻ろうとするルーちゃんを重そうに抱え込みながら、クリスがルーちゃんを睨んだ。

「こいつ、リアに抱っこされるためだけに体重を魔法で変化させたのか?」

『ルー』

「リア、こいつは子供でもドラゴンだ。骨の質量だけでも重いはずだ。体としっぽまで入れればかなりの重さになる。今は意識してこいつが自分の重さを魔法で調整しているようだが、何かの拍子に魔法が解ければ、リアが抱えるには重すぎる体重が一気にのしかかることになる。気をつけるように……」

『ルー、ルル』

 大丈夫だと言うようにルーちゃんが声を出した。クリスは半眼でルーちゃんを見ている。幼いルーちゃんと本気で喧嘩しそうな勢いだ。

『オーレリア、この者がそなたの番か?ペンダントから感じた執着と同じ魔力を感じるが、本当にこんな番でいいのか?』

 私にだけ聞こえる念話で話しかけているのか、クリスやお兄様は無反応だった。私は苦笑しながら頷いた。私のこととなると、少し大人気ない、余裕がなくなるところも含めてクリスがいいと思えるのだ。心で呟いた気持ちは、アイスドラゴンに読まれたようで、盛大に大きな溜息をつかれてしまった。

「リア、聞いている?君が怪我をしないように言っているのに……」

「はい、聞いていますよ。気をつけるようにします」

「わかった。では、ここでアイスドラゴンは棲みかへ帰っていただこうか。ここまでリアを連れ帰っていただき感謝します(但し、リアを攫ったことは許さない。二度目はないからな)」

 クリスは言葉ではお礼を言っているのに、睨んでいる様に見えるのは気のせい?アイスドラゴンはクリスの気持ちを呼んだのか、フンっと鼻息荒くそっぽを向いた。

『ルーよ、元気で暮らせ。またな』

「あの、アイスドラゴン、寂しくなったらいつでも会いに来てください。ルーちゃんのこと大切にします」

『オーレリア、ルーを頼む。それと、我もいいものを見つけた。当分は退屈せずに済みそうだ』

 不敵に笑ったアイスドラゴンに、私は背筋が冷たくなった。なんだろう、この既視感は……?

「あの、それはどういう意味ですか?」

『聖女よ、詮索は無用。いずれ分かる。ではさらば』

 アイスドラゴンは、私の質問に答えないまま、空へ飛び立ってしまった。地面にはユリウス様が放心状態で座り込んでいた。そういえばずっとアイスドラゴンが捕まえたままだった……

「ユリウス卿、大丈夫ですか?」

 慌ててキースお兄様がユリウス様を助け起こした。ユリウス様も正気に戻ったようだ。

「お恥ずかしいところをお見せしました。ただいま戻りました。この度は、オーレリア様を危険にさらしてしまい、申し訳ございませんでした。クリスティアン殿に指名され、同行したにもかかわらず……」

「いえ、ユリウス卿、貴殿のせいではありません。あのアイスドラゴンはドラゴンの中でも上位種のようです。知能も魔力もかなりのものです。魔法騎士団10名では到底防ぎようはなかったと考えます。陛下もユリウス卿の厳罰は望まれていません。帰国後休息を取り次第、復帰を望まれています」

「陛下……ありがたいお言葉です……。それにセドリック・オーディス辺境伯、この度は無理を言いました」

「ユリウス卿、気にしなくていい。ここは辺境の端の丘だ。魔物も出る場所だから、人は滅多に来ない。それに、今回アイスドラゴンが飛来したお陰で、魔物も逃げて行ったようだ。当分楽でいい」

「そう言っていただけると、助かります」

「オーディス辺境伯、今回は協力に感謝します。先を急ぐので、ここで失礼いたします」

「ああ、そうしてください。聖女オーレリア様、お気をつけて」

「ありがとうございます。オーディス辺境伯様、よろしければこれをお使いください」

 ロウド王国より持ち帰った祈りの魔石だ。ここは魔物が出る場所だと聞いた。きっと役に立つはずだ。


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