第24話 アイスドラゴンの目的
「やっぱり……」
私を掴んで空を飛べるなんて、考えられる存在はひとつしか思いつかない。それでも一縷の望みを捨てきれず、勇気を振り絞って、私を掴んでいるものを見上げたのだ。そこにはやはり、アイスドラゴンが大きな翼を広げて飛ぶ姿があった。今すぐ現実逃避したいが、この後のことを考えるとそうは言っていられない。
「このまま落とされる?食べられる?踏み潰される?どれも痛そうで嫌……」
それからどれほど飛んでいただろう。目の前に大きな山脈が見えたと思ったら、アイスドラゴンはその中の一番高い山にある大きな洞窟に入って行った。落とされることは無くなったが、食べられる、潰される危険は継続中だ。アイスドラゴンは洞窟内を低空飛行で飛んで行き、行き止まりで降り立った。
洞窟の壁の部分に大きな巣らしきものが見える。その中には私より小さなドラゴンが蹲っていた。
「餌……」
この展開は、餌として私を差し出す?それとも……?
『聖女、我は人間を食さぬ』
誰かの声が頭の中に直接響いた。私は周りをきょろきょろと見た。
『察しが悪いのか?』
ズイッと前へ出てきたアイスドラゴンと目が合った。
「ドラゴンが喋った?」
『ドラゴンが喋らないと誰が決めた?我は賢い種族ゆえ、人語ぐらい理解しておる。正しくは喋るではなく、思念伝達だがな』
「思念伝達、ですか。なるほど……、で、食べる気ではないと、ではどうして私はここに?」
思念伝達ができるのであれば、最初から用件を伝えてくれれば、こんな怖い思いをせずに済んだのに……
『我を見てすぐに逃げ出しておいて、用件を伝えろとは?』
「心が読めるのですか?」
『少しだけなら可能だが、読めずとも聖女の表情は読みやすい』
「そうですか……」
封印魔法が施されている時は、無表情以外の顔が出来なかった分、封印が解けてからは表情で感情が駄々洩れ気味の自覚はあった。でも、ドラゴンにも分かり易いと言われてしまうとは、少なからずショックだ。
「それでは、ここへ連れてきた理由をうかがってもいいですか?」
『我の子を癒して欲しい』
「この子ですか?」
白い小さなドラゴンは、苦しそうに息をしていた。どこか病気なのだろうか?
『ああそうだ。この子はドラゴンのくせに生まれつき瘴気に耐性がなくてな、生まれてからずっとこの状態だ。生命力が強いとはいえ、このままでは死んでしまう』
アイスドラゴン曰く、この子が産まれたのは1年前、いよいよ命も風前の灯だと思っていた時、感じたことのないような清浄の力を感じたそうだ。不思議に思って森に行くと、天界樹の苗木に祈りを捧げる私を見つけたそうだ。この巡り会わせに興奮しすぎて、思わず雪雲まで発生させてしまったそうだ。
私の前に降り立ち、事の次第を説明しようと思ったら、私たちはアイスドラゴンを見るや否や、一目散に逃げだした。仕方なく追いかければ、狭い洞窟に逃げ込まれ難儀したそうだ。
「あの時は、どこに隠れていたのですか?」
『気配を消して、雪に紛れていた。人間を騙すことなど、長く生きた我には造作もない』
「隠れて……ぷっ……」
この大きなドラゴンが、息を殺して隠れているところを想像してしまい、うっかり笑ってしまいそうになった。アイスドラゴンと目が合って、私は慌てて真顔になった。
「失礼しました。それでこの子を癒せば、私は解放される、ということで?」
『治してくれれば解放しよう』
「……治らなければ?」
『治るまでここに滞在、だな』
「……そうなります、よね?ところでここ、雪山ですよね?私、凍えて死んだりしませんか?」
『それはないだろう。そなたは我の仲間の心臓を持っておるだろう。それは火炎系のドラゴンの魔石、極寒であろうと凍えることはない。守護の魔法も刻まれておるから、我が、聖女を害そうとすれば守りも発動するだろうな。勿論そんな面倒なことはしないが……。そのペンダントから、かなり強い魔法の気配がする。ある種、執着のようなものだな』
クリスが持たせてくれたペンダントだ。執着とは??兎に角、クリスが守ってくれているということだと解釈した私は、安心して子どものドラゴンを癒すことにした。
急に攫われるような形で姿を消してしまったのだ。今頃キャロライン様たちは、私を探しているに違いない。出来るだけ早く戻りたい。
「そう思っていたのに……、この治癒魔法、少し時間がかかりそうですね……」
肌身離さず持っていた肩下げの袋には、2日分の簡易食と水が入っている。タイムリミットは、切り詰めて食べて4日。しかし、私がタランターレ国を離れていられる日数が10日として、すでに3日が過ぎようとしていた。本来の目的を果たし、帰国のために2日使うとしたら、やはりタイムリミットは2日が限界だ。
『聖女』
「大丈夫ですよ。必ず癒します。ただ長く患っているので、すぐに良くならないようです。時間をおいて何度か癒しを施せば、きっと元気になりますよ」
『そうか、良かった』
聞けばドラゴンは滅多に卵を産まないそうだ。その卵が無事に孵化する可能性は更に低く、それを考慮すると、ドラゴンの子は100年に一度誕生すればいい方なのだそうだ。
無事に生まれたはいいが、この子は魔物なら耐性のある瘴気に耐性がなかった。この山は比較的瘴気は少ないが、幼いドラゴンにはその瘴気すら毒だったようだ。今回癒せば、ある程度大きくなるまで耐性がつくはずだ。大きくなれば、瘴気に打ち勝つ強い体が手に入る。つまりここさえ乗り切れれば、この子は元気に育つ可能性が高いということだ。
「問題は日数ですね……」
『日数とは?』
私は自分がタランターレ国の聖女で、天界樹に祈りを捧げる使命があること、今回は祈りを保存した魔石により10日の期限付きで、ロウド王国に派遣されていることを説明した。
『なるほど、ここへいる日数が、本来の目的を果たす枷になるということか。帰国に2日かかると申したか?』
「そうですね。現在ここへ来るまでに3日を使ったので、ここで2日、帰国に2日、つまり残り3日でロウド王国中の瘴気を清浄しないといけなくなります。おそらく不可能だと思います」
『ふむ、では帰国にかかる日数が半日であればどうだ?』
「……?そうですね、それなら可能だと思います」
『では帰りは我が直接送り届けてやろう。治療の礼だと思えばよい』
「アイスドラゴンがタランターレ国に……来る?」
想像しただけで、大混乱することが分かるが、帰国が半日になると聞けば、提案に乗るしかない……?
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