第23話 危機は安心したころにやって来るそうです
私たちは王城へ向かう道中、魔物を駆逐しつつ、順調に天界樹の苗木を植樹しながら進んで行った。私が祈るたびに確実に浄化される範囲が広がっている実感もあり、私たちは油断していたのだと思う。
気づいた時には、出発した時に快晴だった空が、曇天に覆われていた。気温も急に下がったような気がした。
「え、雪……?」
丁度目的地の中間地点に、苗木を植え祈りが終わった頃、先ほどまでの快晴が嘘の様に、雲がどんどん広がり辺りは薄暗くなった。そして頬に当たる冷たい感触に、空を見上げたのだ。すっかり雪雲に覆われた空から雪が降ってきた。
アレン様たち獣人が、緊張したように空を凝視している。魔法騎士団と私たちには、異変を感じることが出来なかったが、拙いことになったことだけはアレン様たちの様子から感じ取った。
「まさかこのタイミングで、奴が来るとは……」
「奴、とは⁈」
魔法騎士団の隊長のユリウス様が、アレン様たちを見た時だった。雪雲を裂くように一体の魔物が飛来した。
「……ドラゴン⁈」
目の前に、真っ白な鱗で覆われた大型のドラゴンが立っていた。獣人と騎士団は臨戦態勢を取った。キャロライン様は私とチャーリー君を背に庇うように立っている。
「ロウド王国から更に北へ行ったロウド山脈の主、アイスドラゴンだ。雪と氷を操ることが出来る。こいつが現れるのは冬の時期が多く、現れると天災級の被害が出ることがある。まさか秋に出くわすとは予測できなかった。すまないが戦っても勝てる可能性は低い。俺が獣化して気を引く間に逃げてくれ」
驚いている暇はなかった。素早くアレン様が獣化してドラゴンの気を引いている間に、私たちは乗ってきた魔物に飛び乗った。目指すは王都だが、このままドラゴンを連れて行くことは出来ないので、森を平行に移動して行く。
アイスドラゴンは、私たちを一直線に追いかけてきた。偶然遭遇したのではなく、狙うためにここへ来た、そんな感覚に心がヒヤリとした。
「駄目ね、森の木を避けながら走るこちらの方が不利だわ」
焦燥感からキャロライン様が呟いた言葉が耳に届いた。森に突然現れたアイスドラゴンに、森に棲む魔物も逃げ惑い、辺りは蜂の巣をつついたように騒然としている。
木を避けながら逃げているこちらと違って、アイスドラゴンは空から一直線にこちらを目指している。逃げ惑う他の魔物のことなど、最初から目に入っていないようだ。
『この先に避難用に作られた洞窟がある。奴の大きさでは、中までは入れない。俺について来てくれ』
獣化したまま追いついてきたアレン様が、私たちの乗る魔物の前へ躍り出た。私たちは一目散に洞窟へ駈け込んだ。ここまで乗せて来てくれた魔物は可哀そうだが、洞窟には大きさ的に入れなかった。
「あの子たち、食べられてしまうのでしょうか?」
心配になって、洞窟の入口へ目を向けると、アレン様が首を横へ振った。
「腹が減っているなら、ここへ来るまでに何匹も魔物に遭遇していた。奴なら追いながらでも捕食できる。それをしなかったということは、目的があってここへ来た、と考えるべきだろうな。最悪な展開だ……」
洞窟は人が立って進めるほどの高さで、幅は人が並んで歩ける程度だ。大きなドラゴンは頭を入れることも不可能な広さだ。
「この洞窟の先は?」
隊長のユリウス様が、少し緊張した面持ちでアレン様を見た。
「先は行き止まりと、迷路の様になっているが、確かめたことはない。奴が諦めてくれるまでここで待つか、こちらの体力がある間に勝負に出るか、正直どちらも生き残れるか、確証が持てない……」
「どうして私たちを狙うでしょうか?」
「あくまで推測だが、急に瘴気が大量に浄化され危機を感じたアイスドラゴンが、様子を見に来たのかもしれない。俺たちには害でも、魔物に瘴気は必要なものだ。バランスを保つ必要があると考え、最低限の範囲に止めたつもりだったが、奴にはお気に召さなかった、ということか?もしくは……」
「もしくは?」
「ずっと奴の視線を追っていたが、オーレリア嬢に狙いを定めている気がしたんだ」
急に私の名前が出て、ギョッとした。皆にも動揺が広がる。
「理由に心当たりはないか?」
「ありませんが、清浄が気に入らないなら、私を殺せば少なくともこれ以上は広まりませんね」
言いながらそれが答えの様に思えて、怖くなって自分で自分自身を抱きしめた。本当にそうなら、どうしたらいいのか見当もつかなかった。
今後の結論が出ないまま、この洞窟で暫く様子を見ることにした私たちは、それぞれ休憩を取ることにした。アイスドラゴンに追いかけられ、皆一様に疲れが濃くなっている。私は気づかれないようにそっと洞窟に癒しの結界を張った。少しは疲れが取れるといい……
洞窟の壁に寄りかかり、座り込んで目を瞑った。次に目を開けた時には、アイスドラゴンがいなくなっていればいいのに……
周りが騒がしくなって、目が覚めた。寝るつもりはなかったが、ウトウトしてしまったようだ。
「オーレリア様、今洞窟の入り口を確認に行った者から報告がありました。アイスドラゴンの姿は目視できる範囲で確認できないそうです。今からここを出て、日が暮れるまでに次の砦まで行くことになりました。急ぎましょう」
慌てて立ち上がり、周りを見た。皆、準備は整っているようだ。私たちは慎重に外へ出た。確かにアイスドラゴンは見当たらない。ここまで乗ってきた魔物も、近くに逃げていたようですぐに発見できた。怯えた様子だが5頭とも怪我もなく無事だ。
「少し道を逸れたが、このまま北の方角へ進めば砦がある。王都を目指すのは明日の朝にする」
アレン様の指示に従い、皆が魔物に騎乗していく。チャーリー君を乗せたキャロライン様が、私に向かって手を差し出した。私がその手を取って魔物に乗ろうとした瞬間、その魔物がいきなり暴れ出した。
「きゃっ」
興奮した魔物の動きに、キャロライン様がバランスを崩し地面に落下した。チャーリー君は辛うじてしがみついて落下は免れた。落下したキャロライン様が、驚愕の表情でこちらを見た。
「逃げてっオーレリアッ」
「え……」
キャロライン様を助けようと、歩を進めようとしたところで、キャロライン様が叫んだ声を聞いた。その瞬間、私は大きな何かに掴みあげられた。
「きゃ~~~っ」
何かに勢いよく引っ張られるような感覚に、自然と悲鳴が漏れた。気持ち悪くなるような浮遊感にぎゅっと瞳を閉じた。何故かキャロライン様やアレン様の声が下から聞こえる気がして、恐る恐る目を開けた。
「え?なに、なにこれ?」
遥か下に先ほどいた場所が見える。アレン様やキャロライン様が小さく見えるし、その距離は更に遠くなっていくようだ。焦る気持ちを落ち着けて、私は自分を掴んでいる正体を確認した。




