第21話 行ってきます
「え……?この監禁をかい??」
お兄様が呆れたように私を見た。監禁??
「ち、違います!妻として扱って欲しいと言ったのです。まさかこんなに長く続くものだとは知らなかったので……」
「待て、リア。これが標準だなんて思ってないよね?んん……その顔は、思っていそうだね……。クリス、いくら嬉しかったからって、これは流石にひどい、看過できない。今すぐリアを解放して、休息を取らせてあげて!」
本気でお兄様に怒られ、クリスティアン様も我に返ったのか、申し訳なさそうに私を見た。
「ごめん、リア。浮かれ過ぎて、気遣いが足りなかった。明日の出立までゆっくり休んで。無理をさせてすまなかった」
「クリスティアン様……」
「リア、僕の呼び方、約束したよね?」
クリスティアン様が、暴力的な美しい顔を傾げ微笑む。
「ク、クリス……」
満足そうにクリスが頷いた。この二日間、クリスティアン様の希望で、クリスと呼ぶ練習をしていた。私がクリスティアン様と呼ぶたびに、甘い罰が待っているのだ。美しいクリスティアン様が、色気全開で……
思い出しただけで、羞恥で冷や汗が出てくる。黒歴史が一つ増えた気分だ。
「クリス、お前、頭の線が何本か切れたのか?なんだ、その甘ったるい態度は……」
「ほっておいてくれ。確かに僕は、幸せ過ぎて馬鹿になっている自覚はある。キースだって結婚すれば分かる」
「まさか、僕はそんな馬鹿になることはない。紳士的に振舞えるに決まっている」
後日、結婚したお兄様が、私がドン引きするほど馬鹿になってしまうのは、また別のお話だ。
お兄様、お前もか……
翌朝、気持ちよく目覚めた私は、庭に出て空を眺めていた。秋になり空には薄い秋の雲がかかる。帰る頃には冬空になっているかもしれない。
背後でカサっと落ち葉を踏む音がして、振り返るとクリスが立っていた。少し疲れた顔をしている?
「クリス、寝てないのですか?」
目の下に薄っすらと隈ができている。そっと手を伸ばし、指で目の下を擦ると、クリスがそっとその手を握り込んで、そのまま唇を押し当てた。
「~~~!」
「リア、これを受け取って欲しい」
クリスは大きな魔石の付いたペンダントを私の首にさげた。赤い綺麗な魔石だ。魔石に魔法陣が付与されている。この魔法陣は……
「もしかして、これは、【知らせる君(改良版2)】ですか?」
クリスが特許魔法として作り出したペンダント式の魔道具だ。主に貴族の子供向けに売り出している商品で、誘拐などが起こると防御魔法や位置情報が対の魔法石に映される。私専用にもいくつか作られ、それには転移魔法も組み込まれていた。ただ感情の起伏まで伝わる仕組みになっていたため、個人情報が駄々洩れになるのが嫌で却下した。(改良版2)は、感情の起伏を伝えないものに改造されたものだ。
「アレン殿に譲ってもらった(半ば脅して奪った)魔石で、リアに作った。貴重な火炎系のドラゴンハートの魔石だ」
「ドラゴンハート……?」
「ドラゴンの心臓から出来る魔石だ。天災級のドラゴンだから、滅多に手に入らない」
アレン様に譲ってもらったと言った時に、不穏な空気を感じたが、そんな貴重なものを譲り受けるなんて、大丈夫なのだろうか?陛下に献上するべきものでは?
「純度の高い魔石は、魔法陣にもよく馴染むが魔力操作が難しくてね。今朝までかかってしまったんだ。何とか間に合ってよかった」
心の中で思った、クリスが2日も馬鹿にならなければ、もう少し余裕を持って出来ていたのでは?という言葉は飲み込んでおいた。
「ありがとうございます。大切に持っていますね」
「リア、何事もないにこしたことはない。でも、何かあった時は、このペンダントを使ってくれ。こんなものでもないよりは幾分マシだと思うから」
こんなもの扱いされたドラゴンハートに、少し申し訳ない気がしたが、私を思うクリスの気持ちが嬉しかった。私はぎゅっとペンダントを握りしめて頷いた。綺麗な顔を辛そうに歪めて、クリスが私を抱き寄せた。
「一緒に行けないことが、本当に歯がゆい。僕がいれば絶対にリアを守れるのに、ままならないな……。無理をして倒れないように。危険な所には出来るだけ近寄らないで、何かある前に逃げて。僕を置いて死なないで。死んだら僕も後を追うのは許して欲しい……」
「クリス……、私も亡くなって、クリスまであとを追って死んでしまったら、タランターレ国は大変なことになってしまいますよ」
まるで駄々っ子の様に、クリスが私の肩に頬を寄せる。甘えん坊のクリスを可愛いと思ってしまった。
「だから、リアは絶対に無事に、僕の元へ帰らないと駄目だ」
「ふふふ、そうですね。クリスも私がいない間、お仕事頑張ってくださいね」
「うん、善処する」
この可愛い人を置いて死ぬのは嫌だ。私を追って死んでしまうのはもっと嫌だ。自分を守ることがクリスを守ることになるのなら、きっとどんな危機が迫っても諦めずに頑張れそうだ。
「行ってきます、クリス。帰ってきたら聞きたいことがあるの。今は言えないけれど……」
「ちょっと気になるな。分かった、帰って来たらだね。気をつけて行っておいで。待っているから」
ロウド王国とタランターレ国は、国交を開くことで合意した。魔石の交易、そして意外だったのが魔物の肉の加工品が、貴族女性を中心に支持され、こちらも交易が始まるそうだ。
「キャロラインのお陰だ。社交界で上手く魔物の肉を披露してくれた」
「ふふふ。女性は美に貪欲な生き物です。魔物の肉が美容に効果が高いと分かれば、必ず支持してくれると思っておりましたの。実際に食べれば、味もいいと分かりますし、そうなればこっちのものですわ」
魔物の肉は貧血に効果があり、低カロリー、美肌にも効果があるそうだ。魔物と聞いて敬遠する男性に比べ、美容美肌効果を知れば、例え魔物の肉でも食すのが女性なのだそうだ。逞しいかぎりである。
無事商談も済み、私たちを乗せた馬車はロウド王国に向けて出発した。陛下が派遣してくれた魔法騎士団の精鋭が10名、騎乗で並走してくれている。この馬車は途中で降りる予定だ。
国境は鬱蒼と広がる魔物が生息する森と山だ。流石にこのまま馬車で行くことは出来ないため、そこからはロウド王国で馬の代わりに使われている、馬に似た魔物に騎乗するそうだ。
獣人の国では、馬や牛などの動物は獣人に怯えて暴れてしまうそうだ。確かにチャーリー君が厩舎に行った時、馬が暴れて柵を越え逃げ出していた。
ロウド王国では馬に似た魔物を飼いならし、馬の役割をはたしているそうだ。魔物にも色々な種類があり、凶暴で駆除するもの、肉を食用にできるもの、家畜のように飼育するものもあるそうだ。




