第19話 深刻な問題
「どうしてでしょうか?」
「帰国後、俺は人間が住んでいる地域を見て回り、ロウド王国が人間にとって住みやすいかを検証した。天界樹の若木がある場所は瘴気がなく人間も暮らせるが、天界樹のないところでは瘴気の濃い場所も発見された。獣人にとっては少し健康状態が悪くなる程度だが、人間には深刻な健康被害が起こっていた。獣人の子のチャーリーは大丈夫でも、キャロラインを連れて行くと体調を崩す可能性もある。魔物は倒せばいいが、瘴気はどうすることも出来ない。ロウド王国は風が強く吹くため瘴気が溜まりにくいのだが、それでも発生する場所が何か所か確認できた。そこに苗木を植え、聖女であるオーレリア嬢が祈れば、きっとロウド王国は人間が場所を選ばず住める国になる」
「なるほどな。アレン殿の言うことは分かった。だが瘴気が濃い場所にリアが行くのは、危険ではないのか?魔物もいるだろう」
「魔石には瘴気を浄化する石もある。だが圧倒的に数が少ない。ロウド王国の人間には行き渡らないが、オーレリア嬢がそれを使い、瘴気の濃い場所に行く間、浄化して守ることは可能だと思う。魔物はロウド王国の騎士団が責任を持って倒す」
「オーレリア様が滞在される間は、私が護衛騎士の役割を果たしますわ」
キャロライン様が、私の前に進み出て片膝をついた。これは騎士が誓いをする時のポーズだ。キャロライン様の素敵な姿に、思わずポッと頬が熱くなった。
「キャロライン嬢、リアを誘惑しないでもらいたい」
「おほほ、そんなつもりではないですわ」
「でも、それならば、その祈りを保存できる魔石に、リアが祈りを込めればいいのではないのか?」
「それも効果はあるだろう。しかしこの国の天界樹とは違い、天界樹の苗木と若木はそれほど力がない。最初は直接聖女が祈りを捧げ、力が安定したあとに継続的に魔石を使用したい。天界樹の若木も苗木も数に限りがある。失敗できない」
「あの、確かに不安ですが、私は行きたいと思っています」
「リアッ」
焦ったようにクリスティアン様が私の肩を掴んだ。私は不安そうな顔のクリスティアン様に微笑んだ。
「大丈夫です。ガレア帝国の時と違って、帰って来ることが決まっている旅です。それに一緒にキャロライン様とチャーリー君がいるのです。ロウド王国の人たちが安心して生活できるようになるなら、私も勇気を出すべきです」
「聖女、感謝する」
アレン様が私の手を取ってお礼を言った。だが、その手は直ぐにクリスティアン様が払いのけてしまった。不敬だと思ったが、アレン様は気にする様子もない。
「リア、何度も言うが、僕は君について行けない。守れない。それでも、行くというのか?」
少しだけ苛立ちをあらわにしたクリスティアン様が、私のことを見つめた。私は決意を込めた瞳で、クリスティアン様の瞳を見つめた。
「はい」
「勝手にすればいい……」
クリスティアン様はそのまま行ってしまった。私はどうしていいか分からず、その後姿を見送った。
「彼があんなに感情を乱すのは珍しいですわね。余裕がないなんて、愛されていますわね」
慰めるように、キャロライン様が私の肩を抱き寄せた。
「オーレリア様の勇気に感謝いたしますわ。私が命に代えてもあなたを守り、ちゃんとクリスティアン様の元へお返しすると誓いますわ」
「い、命を……、やめてください!私は誰も死んで欲しくない。だから、ロウド王国に行くのです。誰かを犠牲にするなんて本末転倒です」
「オーレリア様は優しいですわ。でも、何かを得るのに犠牲はつきもの。もしもの場合、誰を優先させるべきか、それだけは理解していてください」
キャロライン様が真っ直ぐ私の目を見て微笑んだ。騎士団にいたキャロライン様は、使命を持って仕えてきたのだろう。優先されるのは私、聖女である私を失うことは出来ない。危機が迫れば誰を犠牲にしても私を守る。そう言われた気がした。
でも今から王太子妃になるキャロライン様も、守られるべき大事な人物のはずだ。チャーリー君にとっても大切な母親だ。比べることなんて出来ない。不安に思っていると、アレン様が私の背を優しく叩いた。
「大丈夫だ。キャロラインのことは俺が守る」
「ええ、私の背中はアレンに任せますわ」
お互いに信頼し合っている二人が羨ましかった。クリスティアン様は私のことを溺愛してくれる。それは盲目的に私を危険から遠ざけ、何もさせないということだ。
私はまだクリスティアン様の中では、力のない子供のままなのだ。先ほどの態度は、言うことを聞かない子供に対してイラついた、そんな感じだろうか?かなりモヤモヤとする。
それから10日、魔石への祈り保存実験を繰り返し、ある程度の実績を得ることに成功したと報告があった。このまま問題がなければ、あと10日ほどでロウド王国行きの許可も下りるそうだ。
相変わらずクリスティアン様は、私のロウド王国行きを良く思っていない態度を貫いていた。同じ屋敷に住んでいるため、最低限言葉は交わすものの、私がクリスティアン様を説得しようとすると、すぐに用事を思い出して何処かに行ってしまう。
キャロライン様はロウド王国へ旅立つ準備のため、チャーリー君を連れてガストル子爵家に帰ってしまったため、一人で途方に暮れるしかなかった。
天界樹への祈りも、実証の為3日に一度しかしていない。はっきり言って暇だった。弟子として王宮に出仕していた時は、時間が足りないくらい多忙だった。結婚してからは、エイベル伯爵家の家政を手伝い、聖女としての役割も果たしていた。
それが今は、3日に一度の祈りと、家政は不機嫌なクリスティアン様の不興を買うのを恐れた執事長に、やんわりと断られてしまった。執事長に裏切られた気分だ。
「暇、暇、暇……」
私は旅行用の鞄に、服や身の回りの必要最低限のものを詰めていた。ロウド王国へ着けば、身の回りの物は用意すると言われているし、きらびやかなドレスも今回は必要ない。動きやすいワンピースを何着か詰め込み、歩きやすいブーツも用意した。
気分は家出だ。例えクリスティアン様が認めなくても、王命が下れば私はロウド王国へ行くことになる。それなのに、クリスティアン様は私がロウド王国へ行くことに難色を示し不機嫌なままだ。どちらが子供なのかと思ってしまう。王命に逆らえとでも言うのだろうか……
クリスティアン様と冷戦状態のまま10日が過ぎた頃、王宮からの招集があった。きっとロウド王国へ聖女を派遣することが決まった、と伝えるためだろう。
今朝早く、クリスティアン様は、陛下からの呼び出しを受け王宮へ向かった。最終段階に入っていた実験結果が出た、とクリスティアン様が昨日言っていた。多分その時に最後の話し合いがあったのだろう。
「結局、私は話し合いにも行けなかった。私の意見なんて必要ないのね……」




