第18話 ロウド王国からの使者
それからひと月がたった頃、ロウド王国から王太子アレン殿下が、正式に親善大使としてタランターレ国を訪問した。このひと月、色の魔法使いを中心に協議が設けられ、5カ国で前向きにロウド王国との国交を考えることで合意していた。
まずは隣接しているタランターレ国と交易をはじめ、成果が上がれば他の国とも交易を始める予定だ。今回は魔石と魔物の肉の加工商品も持ち込まれ、貿易をする商人たちにも披露される。ここで話がまとまれば、商隊が編成され両国を行き来することになる。天界樹の結界の外を行き来するため、今後は安全面を考慮しつつ、魔物対策をしなければならない。
「ロウド王国、王太子のアレン・ベルリッツでございます。タランターレ国との国交を開きたく、ロウド王国の王より親書を預かってまいりました」
アレン様は、前に見た時とは違い、王太子らしく正装だ。王太子然としたアレン様は、高身長に逞しい体格をしていて野性的な美丈夫だ。周りにいる女性もアレン様に熱い眼差しを向けている。
私の隣に並んで見ているキャロライン様も、アレン様のまともな格好を見るのは初めてなのか、興味深そうに見つめている。
謁見は粛々と進み、最後に何か希望はないかと陛下がアレン様に聞いた。今後の話し合いは担当の者とするが、陛下との謁見はこれで最後だ。念のため聞いておく、という感じだ。
「はい、それでは二つ、お願いがございます」
普通はございません、ということが多い返事だが、違う反応に会場が少しざわついた。
「うむ、申してみよ」
「我が妃としてキャロライン・ガストル子爵令嬢を求めます。承認いただけますでしょうか」
会場がザワザワとする。事情を知らない貴族からすれば、獣人の国の王太子が突然この国の、それも高位貴族ではない子爵令嬢を妻に求める理由が分からないようだ。
「ガストル子爵令嬢か。理由を聞いても良いか?」
「はい、ガストル子爵令嬢は元魔法騎士団の騎士であり、氷のレディという名を冠するほど強い。獣人は強い女性に惹かれるものです。何より、彼女は美しい。偶然見かけた私は、彼女を一目見た時から心奪われました」
ガストル子爵令嬢の名は知らなくとも、氷のレディという二つ名は有名らしく、貴族たちも納得したように頷いている。ここまでは打ち合わせ通りだ。まさか5年前に、タランターレ国に潜入したなどと言えば、今後の国交にも支障をきたす。陛下は勿論了承の上で、このやり取りをしているのだ。
「うむ、この件は相手の気持ちも重要だ。ガストル子爵令嬢、こちらへ」
キャロライン様が、スッと陛下の前に進み出て礼を取った。今日のキャロライン様は、薄い紫色のドレスを着ていて、これは誰が見てもアレン様の瞳の色だと分かる逸品だった。
「キャロライン・ガストル子爵令嬢よ。ロウド王国の王太子はこう申しておるが、そなたの返事を聞こう」
「はい、謹んでお受けしたいと思っております」
アレン様と瞳を合わせ、幸せそうに微笑むキャロライン様は凛として美しい。二人の様子を見れば、すでに両想いなのだと分かるだろう。陛下は納得したように頷いた。
「わかった。ガストル子爵令嬢はロウド王国の王太子の妃となる事を了承しよう。ガストル子爵もよいな?」
貴族の列に並んでいたガストル子爵夫妻が進み出て了承の礼をした。
こちらも話し合いは済んでいる。まさか娘の相手が、獣人の王太子だとは思っていなかった父親のガストル子爵はかなり驚いていたが、母親のガストル子爵夫人は、孫が獣人だと知っていたためすぐに納得していた。流石に王太子だとは知らなかったため、今後遠くに嫁ぐ娘と幼い孫を心配していた。
子爵夫人がこれまでチャーリー君に、疎ましく思っている様に見せかけていたのは、獣人である孫を隠すため、距離を取っていたためだったらしい。
「両国の新たな懸け橋となるだろう。心から祝福しよう。それで、残りの一つとは?」
アレン様と打ち合わせしていたのは、キャロライン様のことだけだ。もう一つは私たちも知らない。
「タランターレ国の聖女オーレリア様を、ロウド王国へ派遣していただきたい」
いきなり名指しされた私も驚いたが、それ以上に会場にいる人々が驚いた様子だ。聖女は国の防衛の要、天界樹から離れることは出来ない。
「それは出来ぬ。聖女は国からは出られぬのだ」
「はい、それは承知しております。今回持参した魔石の中に、祈りを保存する魔石がございます。どうか魔石の効果を検証していただき、効果があれば派遣の許可を賜りたく、お願い申し上げます。ロウド王国に暮らす人間の為にも、ご検討をお願いいたします」
「わかった。検討しよう。この件は白の魔法使いクリスティアンに一任しよう。聖女は白の魔法使いの妻でもあるからな」
「ありがとうございます」
謁見は無事に終わった。無事と言っても、クリスティアン様はあれから憮然として、アレン様をずっと睨んでいる……。一応王太子に対して、それは不敬だと思うが、私も混乱していた。確かに以前聖女を攫うため探していたと言っていた。それに比べれば格段に話は穏便になったのだが……
「クリスティアン様。話し合いには私も参加していいでしょうか?私自身のことですし……」
「リアは、どうしたいと思っている?」
不安そうにクリスティアン様は私を見つめた。
「魔石次第ですが、もし行けるのであれば、ロウド王国に行って、天界樹の苗木と若木に祈りを捧げたいと思っています。今からキャロライン様とチャーリー君が生活する国です。安全に生活できる環境があるに越したことはないです」
「そうだな。旅立つ彼女たちの勇気に報いたいとは思う、思うが、未知の土地にリアを送り出すことに同意したくない。ガレア帝国の時の様に、長く会えないのは不安なんだ」
「会えない?一緒に行くのではないのですか?」
クリスティアン様が、辛そうに私を抱き寄せた。
「おそらく魔石が祈りを保存できたとしても、リアがロウド王国に行っている間、何も起こらない保証はない。何かあった時、天界樹の加護を補い、結界を強化する必要があるかもしれない。それは僕が適任だろう……」
「あ……そ、そうですね。この国の白の魔法使いはクリスティアン様ですから……」
クリスティアン様と離れ離れになる、そう考えると不安で心がヒヤリと冷たくなった。私の変化に気づいて、クリスティアン様が優しく背中を擦ってくれる。
「聖女、白の魔法使い。先ほどはいきなりすまなかった」
背後からアレン様の声がしたので、弾かれたように私たちは振り返った。そこにはアレン様とキャロライン様が立っていた。チャーリー君は存在を知られないために、別室で待機してもらっている。
「……どうして事前に言ってくれなかったのですか?陛下も驚かれていました。僕もリアも、求められれば考えていました。こんなだまし討ちは少し卑怯ではないでしょうか?」
「それはすまなかったと思っている。だが、あの場で言ったから話が早く進んだのだ。この国は話し合うことが多く、結論が出るまでに時間がかかる。聖女の派遣は出来るだけ急ぎたかった」




