第17話 ロウド王国という隣国
「魔物の肉は兎も角、魔石、そしてその加工技術には興味がある。かなり魅力的だ」
クリスティアン様がズイッと前のめりに話した。魔力を保存できる、それは確かに魅力的だった。今は朝1回天界樹に祈りを捧げている。ガレア帝国で祈るよりは、魔力効率は良いが、それでも天界樹に1日1回祈りを捧げないと、浄化の力が落ちてしまうのだ。つまり私は聖女の間、天界樹からは離れられないということだ。
「では、貿易を、国交を」
「待ってくれ。それはここでは議論できない。国王陛下に話をして、議会で承認を得る必要がある。今聞いた話も含めて、ここで結論を出すことは出来ない」
お兄様は焦った様にその場を制した。確かに魅力的だからと言って、ここで了承できる規模の問題ではないだろう。タランターレ国の隣国にロウド王国という獣人の国があるということすら、タランターレ国では知られていないのだ。ここは慎重に話し合う必要があるだろう。
「まぁ、そうなるよな。今回は非常事態でここまで単身で来た。俺自身、何の用意も出来ていない。いったん帰国して、国から正式な親書を持って再度ここへ来る。それでいいか?」
「ああ、それがいいだろう。本来不法侵入した者を捕縛せずに帰すことは出来ないが、そこは目をつぶろう」
「そうしてくれると助かる。マレフィ-ヌのことは、そちらに任せていいか?」
「ああ、結界を張った牢に入れておこう。先ほどの様に破壊されてはたまらないからな」
「迷惑をかけてすまないが頼む。話し合いが終われば、連れ帰ってロウド王国で裁く。キャロライン、もう少しだけ待っていてくれるか?」
「ええ、いいですわ。あまり遅ければ、逃げてしまいますわよ」
冗談とも本気とも取れない微笑みを浮かべたキャロライン様がとても素敵だ。憧憬を持った瞳で見つめていると、何故かクリスティアン様がさっと私の視界を遮った。
「あら、狭量な男は嫌われてしまいますわよ。同性にまで嫉妬するなんて」
「くっ」
クリスティアン様が悔しそうにしたので、図星ということだろうか?
「俺のキャロラインは、女性から見ても強くて美しいからな。聖女が惚れてもしまっても仕方ないだろう。勿論キャロラインにとっては俺が一番だがな」
「あら、私の一番は当然チャーリーよ。ねぇ、チャーリー」
「はい、おかあさま。ぼくのいちばんもおかあさまです」
「……」
可愛い息子には、流石にアレン様でも嫉妬することは出来なかったようだ。アレン様はその後すぐに帰国の途についた。マレフィ-ヌの暴走を止めるため単身乗り込んだが、反乱軍が勝利した直後だったため、事後処理を放置したまま無理やりここに来たそうだ。
反乱軍のトップであるアレン様は、ロウド王国で指揮を執っているべき人物だ。ロウド王国へ帰国後、国内を速やかに治め、次は大使として親書を持ってやって来ると約束していた。その時はキャロライン様たちも一緒に会談に参加し、今後の両国の懸け橋としての役割を担うことになる。
順当にいけば、アレン様が次期国王、そうなると王妃はキャロライン様だ。強くて美しいキャロライン様が人間を庇護し、これからのロウド王国で活躍する姿が楽しみだ。
お兄様は陛下に報告に向かうと言って、溜息をつきながら影の中に消えていった。
クリスティアン様はマレフィ-ヌの牢を確認しに行くそうだ。魔法研究所の牢は、先ほどアレン様が派手に破壊したそうで、マレフィ-ヌは王宮の地下牢に入っているそうだ。数名の魔法騎士団が監視しているため、簡単には脱獄は不可能だろう。
私とキャロライン様チャーリー君は乗ってきた馬車で天界樹まで行き、そこから転移できる扉をくぐってエイベル伯爵家に戻ることになった。また襲撃されては困ると心配したクリスティアン様の提案だ。
聖女を狙う獣人がいるかもしれないし、チャーリー君を攫う命令が今も解除されていない可能性もある。転移の扉はエイベル邸に直接つながっているため、防犯上秘密にしておきたかったが、今回は非常事態のため仕方ない。
転移の扉から戻ると、どっと疲れが押し寄せた。キャロライン様はマレフィ-ヌとの戦いで、ドレスも髪もボロボロだったため、それぞれ部屋に戻って休憩することにした。今後キャロライン様は、クリスティアン様と話し合った後、子爵家に戻り旅立つ準備をしながら、アレン様の迎えを待つそうだ。
愛する男性と添い遂げる覚悟をしたキャロライン様は、凛とした雰囲気の中で美しく輝いていた。
「本当、惚れてしまいそう」
思わず口から洩れた言葉は、クリスティアン様には内緒だ。
夜半過ぎ、疲れた様子でクリスティアン様が戻ってきた。結局、牢を確認後陛下に召集され、お兄様、宰相や王弟殿下も加わって会議をしていたそうだ。獣人の登場はタランターレ国に限らず、天界樹に守られている5カ国の問題にも発展するらしく、当分の間忙しい日々が続くそうだ。
「そうですか。もし魔石が本当に祈りを保存できるのであれば、聖女の負担も格段に減ります。ぜひ、5カ国で前向きに協議して欲しいです」
「ああ、そうだな。ガレア帝国の一件で各国の色を冠する魔法使いの連携も確立している。今後、色の魔法使いの協議の場も設ける予定だよ。リアが自由に動けるようになれば、僕たちの新婚旅行も実現できるかもしれないね」
結婚式の直後にチャーリー君が登場し、現在までいろいろあり過ぎて、新婚だということを忘れがちだった。天界樹から離れられない聖女が新婚旅行に行くなんて、論外だと思い考えないようにしていたのだ。
「旅行に行けるなんて、素敵ですね」
「リアはどこに行きたい?魔石の力次第だけど、僕の転移魔法も使えば、5カ国の距離くらいなら連れていけると思うよ」
どこに行きたいかと考え、最近届いた手紙を思い出した。聖女のカイラ様が幼馴染で青の魔法使いでもあるギル様と結婚して、子供が産まれたと連絡をくれたのだ。お祝いの手紙と品はすでに送っているが、出来れば直接会いに行きたい。
「アウレリーア国に行きたいです。聖女のカイラ様が子供を産んだと手紙に書いてあって、ぜひ会いに行きたいと思っていました」
「ああ、青の魔法使いのところか。あそこは海があるから、海産物も豊富でいいかもしれないな」
「海、ですか?」
「ああ、リアは見たことがなかったか。海は広く、湖と違い塩が混じっている」
「図鑑や書物では読んだことがありますが、見たことはありません。青く美しいと書いてありました」
その夜は、疲れているのになかなか寝付けず、長い時間クリスティアン様と楽しく話をしていた。
夜は相変わらず一緒のベッドに寝るだけで、クリスティアン様は私に夫婦としての役目を求めてこない。最初こそホッとしていたが、長くその状態が続き不安になる。後ろ向きな思考は、身近にいる美しく大人なキャロライン様と自分を比べてしまいモヤモヤしてしまう。
待つというクリスティアン様に私が迫るわけにもいかず、益々不安が募る、まさに悪循環だった。




