第15話 話し合いましょう
「お兄様、その笑顔は…怒っていますか?」
外にはキースお兄様と数名の魔法研究所の職員が待っていた。馬車でここへ来る途中に、クリスティアン様が伝書蝶でお兄様に連絡を入れていた。きっと王宮門の騒ぎも報告で聞いているのだろう。
「リアは、この騒ぎを聞いて僕が怒らないと思うの?」
お兄様の顔には、誰がこの後の事後処理をするんだ、僕だよね?と書いてあった。きっと近衛騎士団団長のお兄様がこの件の事後処理に追われるのは、簡単に想像できた。他国の獣人が派手に暴れ回り、それを撃退したのはキャロライン様だ。事実関係を調べ、損害の規模を調べ、補償をどこへ請求するのかも含め、お兄様は事後処理に追われ、睡眠時間を削られ、婚約者の王女殿下にはなかなか会えなくなることだろう……
「ごめんね。クリス。僕もいきなりこんなことになるとは、予測できなくてさ」
クリスティアン様が、のんびりとした様子でお兄様に謝罪した。
「あまり誠意を感じないのはどうしてかな?僕の気のせいかな?」
ふふふとお兄様が怖い顔で微笑んだ。この件はそっとしておこう。
「お兄様、兎に角話し合いをしましょう。え、っと、アレン様、でいいのですよね?」
「……ああ、俺はアレン・ベルリッツ。ロウド王国の……王弟の息子だった。父が先日、王になったので、今は暫定で王太子ということになるな……」
「は?」
キャロライン様が息を飲む音がした。待ち人の獣人は貴族の令息だと思っていたのに、実は王太子だと聞いてしまえば、驚くのも無理はないだろう。チャーリー君の父親が王太子ならば、チャーリー君はその子供、つまり王子殿下になってしまう。
「キャロライン、ちゃんと説明するから、今すぐに俺を拒絶するのだけはやめて欲しい」
今にも逃げ出したいという雰囲気のキャロライン様の様子に、土下座しそうな姿勢でアレン様が頭を下げた。
「立ち話でする話ではなさそうだ。部屋を用意するので、そこで話し合いをしてはどうだろうか」
クリスティアン様の提案で、私たちは魔法研究所の応接室で話し合うことになった。
「それでは、まずはキャロライン嬢とアレン殿の件から話し合おうか。その後は、獣人がどうしてタランターレ国へ来ていたのか、その説明を求めたい」
「わかった。まずは俺から経緯を説明させてくれ。5年前、俺は番と出会った。それがキャロラインだった。そのまま攫って帰らなかったのは、ロウド王国では人間の立場が弱く、キャロラインが迫害されると思ったからだ。俺は帰国後、人間の地位を確立するため、人間を差別していた王族を排除するため、父に王位簒奪を提案した。初めは父も難色を示していたが、キャロラインが俺の子を、それもユキヒョウの獣人の子を産んだことを知って同意してくれた」
「アレンは、私が子供を産んだことを知っていたの?どうして会いに来てくれなかったの?」
非難するような視線をキャロライン様が向けた。アレン様は辛そうにしながらも、キャロライン様の方を向いた。
「俺が動けば、キャロラインと子供のことを隠せなくなる。ハーフとはいえ息子はユキヒョウの獣人だ。ロウド王国でユキヒョウの獣人は神の様に崇められる存在だ。始祖の王がユキヒョウだった。俺もユキヒョウだが、長く王家にはユキヒョウが生まれなかった。息子の存在を知られれば、間違いなく攫われると思った。実際、マレフィ-ヌは息子を攫うつもりでタランターレ国に来た。まさかキャロラインに返り討ちにされるとは思わなかったが……」
「どうして私にあの時説明をしてくれなかったのですか?」
「人間は弱いと思っていた。実際我が国にいる人間は非力な者が多い。だから連れて行けないと判断して、帰国後、キャロラインが住みやすい国にするために、時間をかけて王位簒奪と獣人の人間に対する考え方を変えていった」
実際、番として連れられてきた人間の多くは魔力を持たない者が多く、持っている人間も大多数を占める獣人に対して魔法を使って力を示すことはしなかった。力を持つ人間がいると言っても、力のない人間を守りながら獣人と対等に渡り合うことは不可能だったのだ。
アレン様はまずロウド王国にいる人間の代表と対話をした。どうすれば人間が獣人と共存できるのかを模索した。同時に現王族と対立する貴族を味方に引き入れ、人間の地位の向上を訴えた。5年という歳月を要したのは、獣人の意識改革を促すのに時間がかかったからだ。
獣人は力を示してコミュニケーションをとる人種だった。人間はそうではなかった。きっと連れてこられた番の中には魔法を使うことで、獣人より有利に立てる者もいたはずだ。しかし彼らは戦いを是とはしない。彼らは獣人との対話を求めていた。平穏に過ごすことを願っていた。
「父は王位簒奪を了承したが、そのすべての計画を俺に任せた。自分は兄王を害する理由がない、と言われた。確かに俺が王位簒奪を計画したのは、キャロラインを守りたい一心だった。身勝手な理由で反乱を起こすのだから、出来るだけ誰の血も流さず王位簒奪をしたいと考え、思っていた以上に時間がかかってしまったんだ」
「それはもしかして私が弱い?とおっしゃっていますか?」
「……華奢で弱いと、思っていた。守るべきだと思っていた……」
あの戦いっぷりを目の当たりにしたアレン様は、自分の考えを覆されてしまったのだろう。所在なさげに視線を彷徨わせた。まさかキャロライン様に二つ名があるなんて、見た目だけでは判断できなかったのだろう。そこは私も激しく同意してしまう。
「私は強いですわ。あなたに守ってもらわなくても、大切なものを守れます。これは私の矜持です。こんな私はお嫌いですか?」
凛とした眼差しでアレン様を見つめるキャロライン様は、とても美しかった。
「いや、惚れ直したよ。元来、獣人は力に惹かれるんだ。番であれば違うが、伴侶を求める時は強さを基準にすることが多い。番で力も強いなんて、最高だよ。キャロライン、俺の番。どうか俺と一緒になってほしい。ロウド王国へ来てくれ」
そう言ってアレン様はキャロライン様の前に跪くと、手を取って口づけを落とした。
「私と勝負して勝てたら考えてあげますわ」
その言葉に、そこにいたアレン様以外の全員が首を横に振った。先ほどのマレフィ-ヌとの戦いでも、かなりの被害が出ているのだ。ユキヒョウだというアレン様と、氷のレディの戦いだなんて、これ以上お兄様の仕事を増やすわけにはいかない。
「勝負はロウド王国に行ってからでも遅くないのではないかな?キャロライン嬢も、ここは穏便に求婚を受け入れてくれ」
キースお兄様の言葉に、キャロライン様は渋々勝負を諦めてくれた。先ほどの被害の責任を、少なからず感じているようだ。
「キャロライン嬢が強いのは事実だが、チャーリー君も心配そうにしている。無理に戦わなくても、心は決まっているのだろう?」
クリスティアン様の一言に、キャロライン様はチャーリー君を見て微笑んだ。
「チャーリーは、お父様と一緒に暮らしたいかしら?このままこの国にいてもいいし、お父様の国に行くのもいいわ。チャーリーが選んでいいのよ」
キャサリン様の言葉に、チャーリー君は少し考えてから返事をした。
「ぼく、おとうさまとくらしたいです。おかあさま、ずっとまっていたでしょ?」
いつも読んでいただきありがとうございます。
本日は日曜なので、2話目投稿してみました。
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