第14話 キャロライン様は何者でしょうか?
クリスティアン様からの伝書蝶で、王宮の魔法研究所へ来て欲しいという指示に従って、私とキャロライン様、チャーリー君は王宮に行く準備をしていた。馬車に乗り込む段階で、王宮から護衛のために派遣されたという近衛騎士団の方とも合流した。
その中の近衛騎士団の方数名が、キャロライン様の顔を見てギョッと驚いたような顔をしたので、キャロライン様にお知合いですか?と聞いたら、さぁどうかしら、とはぐらかされてしまった。疑問に思いながらも馬車に乗り込んで、もう少しで王宮の門に差し掛かろうとしたところで、馬車が急に停止した。
馬車の外が一気に騒がしくなった。チャーリー君と私が外を覗こうとしたら、キャロライン様が手で制止して素早く外を確認した。その一連の動きに只者ではない雰囲気を感じた。
「オーレリア様とチャーリーは、そのまま馬車の中にいてください。私が対応します」
「おかあさまが?」
「大丈夫よ。外には近衛騎士もいるし、私は強いですから」
「強い?」
私が不思議に思って聞くと、キャロライン様は苦笑してから、そのまま素早く馬車の外へ体を出した。外では近衛騎士が臨戦態勢を取ろうとしていた。その中の数名から「やはり氷のレディだ」「小隊長」と呼ぶ声が聞こえた。
私は馬車の窓から外の様子を見ようと、ギリギリまで近づいた。チャーリー君は私の背中にぴったりとくっついて、不安そうにしている。
「大丈夫よ、チャーリー君。きっとすぐに終わるわ。……外には、獣人の女の人が一人だけだから」
迫力のある獣人らしき女性が、馬車の進路を妨害するように対峙していた。手には大きな剣を持ち、頭上には獣の耳がはえている。王宮門前は人通りがあまりないので、巻き込まれる国民は少ないだろう。近衛騎士が道を封鎖するように指示していたので、王宮から出てきた衛兵も手伝って交通規制を始めた。
道の中央には獣人女性と、そこに向き合うように立つキャロライン様。誰かの剣を借りたのか、手には馬車では持っていなかった剣が握られている。
「ねぇ、キャロライン様は剣を使えるの?」
「うん、おかあさまは、むかしきしだったって、おじいさまがいっていたよ」
「騎士?キャロライン様が?」
「そう、まほうがつかえる、まほうきしだんなんだって」
「魔法騎士団……近衛騎士団の中のエリート集団だわ。確か少し前まで、氷のレディと呼ばれる女性騎士がいたって、王宮では伝説の様に言われているけど、まさかそれがキャロライン様なの?」
淑女の鏡のようなキャロライン様からは想像できないが、実際に戦闘中のキャロライン様を見れば、納得するしかないだろう。まさに氷のレディと呼ばれるのに相応しい、目にも鮮やかな戦い方だ。氷魔法と剣の合わせ技で獣人を見事に圧倒している。見守っている近衛騎士団からも感嘆の声が漏れ聞こえるので、彼らから見ても素晴らしい戦いなのだろう。
「リアねえさま、ぼくもおそとでおうえんしたい」
馬車の中で戦いの行方を見守っていたチャーリー君が、我慢の限界に達したのか、馬車の外へ出たがった。キャロライン様優勢の雰囲気に、外にいる近衛騎士団の方々もかなり盛り上がっている様子だ。私も防御魔法は使えるので、チャーリー君と自分の身くらいは守れるだろう。
「わかったわ。馬車の近くを離れないとお約束できるなら、出てもいいわ」
「おやくそくできる」
私たちはそっと馬車の前に立った。爆風が来ると危険なので、素早くチャーリー君と自分に防御の結界を張った。これで何かが飛んできても怪我をすることはないだろう。
「それにしても、本当に凄い戦いね。誰も手が出せない……」
相手の獣人もかなりの手練れなのか、キャロライン様の氷魔法を避けたり直接叩き落したりしている。お互い致命傷は負っておらず、互角の戦いだ。しかしキャロライン様は魔法を使える分、体力を温存することが出来るため、相手の獣人の方が劣勢かもしれない。既にかなりの運動量だと思うが、そこは獣人の身体能力は高いのか、素早い動きで攻撃の隙を窺っている。
パワー勝負は獣人に軍配が上がるかと思いきや、剣を切り結んでいる時は、キャロライン様は剣に水魔法を付帯して、力が足りない部分を補っているようで、これも互角以上、キャロライン様優勢だ。まるで剣舞を踊っているような華麗な剣さばきに、歓声が一段と高くなった。
大きな氷の塊が、獣人に向かって飛んで行く。氷を避け体のバランスを崩した獣人が片足をついたのを見逃さず、キャロライン様は獣人の頭上すれすれに、更に大きな氷の塊を浮かべた。あの塊が落ちれば、下にいる獣人は潰れてしまいそうだ。
周りの人々は手を出さずに勝負の行方を見守っていたが、膝をついたまま獣人が突然動かなくなってしまった。巨大な氷は一瞬で雪へと変化し、獣人の周りに降り積もった。キャロライン様がハッとしたように馬車の近くを見たので、私たちもつられてそちらを見た。
「クリスティアン様……」
そこには白いローブを纏ったクリスティアン様と、短い銀髪に薄紫の瞳の背の高い男性が立っていた。キャロライン様も男性に気づいたようで、驚いたような顔をしている。
「そこまでにしておいて下さい。あまり状況が把握できていませんが、獣人に襲われたところをキャロライン嬢が撃退した、ということで合っていますか?」
私とチャーリー君が同意するように頷いた。クリスティアン様は壊れた道を土魔法で補修してから、馬車に近づいてきた。
「そうですか。無事でよかったです。出来ればもう少し大人しく撃退していただきたかったですが、まあ贅沢は言えませんね……」
「取り敢えず魔法研究所のほうで、色々とお話しましょうか」
銀髪の男性は、少し放心気味に頷いた。キャロライン様も合流して、後の処理は近衛騎士団に任せてから、私たちは乗って来た馬車で魔法研究所へ向かった。
馬車の中では誰も発言するような雰囲気ではなく終始無言だった。乗ってきた馬車は4人掛けだったため、何故か銀髪の男性の膝の上に座ったチャーリー君が、男性を興味深く見上げてはそわそわとしているのが殺伐とした雰囲気の中、唯一の癒しだった。
まだ紹介はされていないが、きっとこの方がアレン様で、チャーリー君のお父さんなのだろう。銀髪も薄い紫色の瞳も、こうして見ると同じ色だ。キャロライン様はずっとアレン様とは視線を合わせず無言でいるが、きっといろいろと思うところがあるのだろう。
婚約者だと名乗った先ほどの獣人女性は、キャロライン様が倒してしまったが、あれも一種のキャットファイトというのだろうか?戦いの威力が大きすぎて、王宮門前はかなり破壊されてしまったことを考えると、後の補償問題も気になるところだ。
馬車が魔法研究所の前で停車する。扉が開かれたので降りようとすると、そこには青筋を立てたキースお兄様が、笑顔で手を差し出していた。




