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第13話 side白の魔法使いクリスティアン

 牢の中の男は殺気を放つのをやめたが、それでも威圧感は隠しきれていない。獣人の王族らしい、特別なオーラを持つ凛々しい体躯の男だった。

 僕が自己紹介する間も、こちらの力量を探るような鋭い視線を送ってくるので、気をつけなければ襲われそうな緊張感が一向に薄れない。腹の探り合いというよりは、一方的な威圧である。

「そうか、それは番と息子が世話になった。こちらにも事情があって、随分と迎えに来るのが遅くなった。キャロラインたちは元気にしているのか?」

 少しだけ緊張を解いて、アレン殿は牢の境目ギリギリまで近づいてきた。僕より薄い紫色の瞳と目が合った。こうして見ると、彼の色はチャーリー君とよく似ていた。

「ああ、元気だ。あなたの国の獣人が何名か我が国に潜伏しているようで、念のため警護しやすい我が屋敷で保護している。出来ればそちらの事情も含めて、聞きたいことがある。素直に話し合いに応じてくれれば、すぐにでも会えるようにする」

「ああ、話し合うのは同意する。だが、先に彼女たちに会わせて欲しい。こちらの国の獣人が、俺の息子を狙っている可能性が高いんだ。その中でもマレフィ-ヌという獣人は、戦闘力がかなり高い。俺が直接決着をつけたい」

「マレフィ-ヌ……、ああ、アレン殿の婚約者だとかいう第二王女だったか」

「婚約、……ち、違う!それはあちらが勝手にそう言っているだけで、こちらはそうなった覚えはない。王位簒奪の危険を回避したかった相手側の策略だったんだ。まさかキャロラインに手紙を送りつけるとは許し難い」

 殺気が一段と強くなった。こちらまで圧倒されそうだ。獣人は魔法を使えない者が多いそうだが、果たして僕とアレン殿が戦えば、勝算は未知数だ。出来ればそんな場面は回避したい。

「先ほど屋敷の方へ連絡は入れている。間もなくこちらへ到着すると思う」

「キャロラインがここへ?危険ではないのか?」

「護衛に近衛騎士団をつけている。それに、近衛騎士団がいなくても、彼女なら……」

 昔の記憶を思い出し、言葉を詰まらせたところで、地下牢へ慌てて駆け下りてくる足音がしたので、アレン殿と二人で視線を向けた。兵士が一人焦った様子でこちらへ駆けてくる。

「ほ、報告いたします。王宮門前で近衛騎士団とエイベル伯爵家の馬車が襲われていると、門番より報告がありました。現在、交戦中……」

 兵士が報告を終える前に、僕の背後で鉄を引き裂くようなバキッという轟音が響いた。兵士が真っ青な顔で僕の背後を凝視している。

「王宮門前へ今すぐ連れて行け!!」

 無残に壊された牢の残骸を越えて、アレン殿がこちらへ歩いてきた。兵士がひぃっと声を漏らして、後ずさりながら道を譲った。

「了解。あまり手荒なことは控えて欲しかったのですが、まぁ、仕方ないですね」

 僕は足に魔法をかけて身体強化をした。アレン殿が本気で駆ければ、きっと普通の足では追いつけないだろう。予想通り、アレン殿は風のごとく速い足で、王宮の端にある牢から王宮門までの長距離を一気に駆け抜け、結果馬で駆けつけるより速く辿り着いてしまった。

「あれか……」

 門の外が騒がしい。王宮の衛兵も加勢しているようだ。だが、戦うというよりは周りを囲み、被害が広がらないようにしている様に見えた。

「近くまで行くぞ」

 アレン殿が僕の腕を掴んで門の外へ出た。一応囚われの身であったことを気にしているのか、単身の行動は控えているようだ。まぁ、牢を一瞬で破壊したのだから、今更細かいことは気にしても仕方がないと思うのだが……


「これは、どういうことだ……」

 戸惑い気味な声でアレン殿が僕を見た。

 エイベル伯爵家の馬車の前には、リアとチャーリー君が立っていたが、視線はその前で繰り広げられている戦いに釘付けだ。戦っているのは、女二人だけだ。

「どうしてキャロラインがマレフィ-ヌと戦っているんだ?いや、どうして戦えるんだ?互角、いや、キャロラインが優勢だな。マレフィ-ヌは我が国の中でも、強い獣人だぞ……」

 信じられないものを見た、と顔に書いてある。キャロライン嬢の実力を知っている僕でも、久しぶりにその雄姿を見て、正直に言うと少し引いている。流石、氷のレディの二つ名を持つ女傑だ。

「念のため、馬車の方へ移動しようと思います。どうされますか?」

「ああ、俺もそちらへ行く。このまま決着がつきそうだが……」

 戦いも終盤に差し掛かってきたようで、キャロライン嬢が氷魔法で巨大な氷をマレフィ-ヌに向けて放った。マレフィ-ヌは辛うじてそれを避けたが、体力が限界に近いのかよろけて片足をついた。キャロライン嬢は更に大きな氷を造り出し、それを動けなくなったマレフィ-ヌの頭上で制止させた。少しでも動けば容赦なくその氷の塊を落下させる気だ。

「相変わらずエグイ魔法を……」

 思わず感想が口から洩れた。アレン殿が僕の声を聞いてギョッとした顔で固まった。「相変わらず」という言葉を繰り返している。


「もう終わりでいいかしら?急に襲撃してきたのはあなたなんだから、反撃されて殺されても文句は言わせないけどね。さあ、負けを認めなさい!」

 キャロライン嬢が最後の通告だと、声を張り上げた。巨大な氷を頭上から落とされれば、いくら獣人でもただでは済まないだろう。それに殺されれば死人は文句を言えないが、このままでは国際問題に発展する可能性がある。いくら不法侵入とはいえ、相手は獣人の国の第二王女なのだから。

「殺せばいいわ。負けは絶対に認めない!低俗な人間にわたくしが負けるなんて、そんなこと許せませんわ!」

 キャロライン嬢がニヤリと笑った気がした。頭上の氷は脅しだと信じたいが、それでもキレた彼女の行動も知っているだけに、絶対にしないとも言い切れなかった。僕は仕方なく蹲っているマレフィ-ヌに拘束魔法をかけてから、頭上の氷を雪へと変化させた。マレフィ-ヌの周りに雪が積もったが、氷が落下するよりはマシだろう。

 戦闘態勢を解いたキャロライン嬢が、魔力を察知したのか、すぐに僕を睨んだ。瞳が余計なことをしたと訴えていたが、それには気づかないフリで微笑んでおいた。

「そこまでにしておいて下さい。あまり状況が把握できていませんが、獣人に襲われたところをキャロライン嬢が撃退した、ということで合っていますか?」

 リアとチャーリー君がコクコクと首を縦に振った。リアの瞳にキャロライン嬢に対する憧憬のようなものが見て取れるが、気のせいであって欲しい。

「そうですか。無事でよかったです。出来ればもう少し大人しく撃退していただきたかったですが、まあ贅沢は言えませんね……」

 王宮門の前の舗装された道は、魔法攻撃の痕なのかかなり派手に破壊されている。このままでは馬車が通るのにも支障が出るだろう。僕は土魔法で簡易的に道路を補修すると、茫然とするアレン殿に微笑みかけた。

「取り敢えず魔法研究所のほうで、色々とお話しましょうか」


いつも読んでいただきありがとうございます。

投稿の度、読んでいただいてる方、一気に読んでくださる方、いろいろな反応がとても楽しみです。

本当にありがとうございます。

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