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第12話 side獣人の国の貴公子アレン

「くそっここは何処だ……」

 愛しいキャロラインに会うため、俺はキャロラインと子供がいるというエイベル伯爵邸に忍び込んだ。結界らしきものが張り巡らされていたが、獣人の中でも最強と言われた俺には、この程度の結界なら問題なく侵入できた。だが、屋敷の中へ入ろうとしたところで、突然体が光に包まれ、気づいた時には見知らぬ牢の中へ飛ばされていたのだ。

 夜を徹して魔物の森を駆けてきた俺は、体力の限界を感じて牢の壁にもたれ掛った。こちらをおどおどと見ていた年老いた人間が、俺の姿を確認して走って行ったので、そのうち事情が分かる誰かがここに来るのだろう。

 それまで少し休んでも問題ないだろう。俺はそっと瞼を閉じた。


 あの日、キャロラインと出会えたのは運命だったと思う。人間には分からないだろうが、獣人は匂いに敏感なものが多い。番と呼ばれる運命の相手には、その獣人だけが惹かれる独特の匂いがある。俺にとって、キャロラインがそうだった。

 ある目的のために潜入していた人間の国で、宿場の下にある店で食事をしている時だった。突然その場に相応しくない美しい女性が入店してきたのだ。

 その場にいた男どもは、皆彼女に注目していた。勿論俺も一瞬で惹きつけられた。だが俺が惹きつけられたのは、彼女の容姿以上に、魅力的な匂いにだった。

 俺は周りを牽制しながら、急いで彼女に近づいた。彼女はかなり酔っていたが、更に酒をオーダーしていた。近づいた俺の姿が、彼女の美しいエメラルドの瞳に映った。

「なによ、その嫌な色の髪と瞳の色は……」

 開口一言、彼女は俺を嫌そうに見た。理由を聞けば、どうやら俺の銀色の髪と紫の瞳が、先ほど別れを告げた男の色と似ているのだそうだ。俺は彼女の隣に陣取り、彼女の愚痴を延々と聞かされる羽目になった。

「そうか、それは嫌な思いをしたな。そんなことは忘れて、今日はとことん飲もう」

 どうしても彼女を手に入れたい俺は、ズルい手だと思いながらも酒をどんどん勧めた。華奢な体のどこにそんなに酒が入るのかと驚くほど、彼女はかなり酒に強かった。俺が潰れる寸前に、店の上の宿屋へ彼女を連れて行くことに成功した時は、天にも舞い上がる気分だった。

 多少強引ではあったと思うが、ちゃんと同意してもらい、俺たちは情を交わすことが出来た。俺たち獣人にとって、番との出会いは奇跡だと言われている。現実として、一生出会えないまま、違う雌と所帯を持つ者の方が圧倒的に多いのだ。だから番と出会った獣人は、その番を唯一無二だと大切にするのだ。


 このまま攫って行きたい。俺の隣で眠るキャロラインを見て何度もそう思った。だが今の獣人の国では、数の少ない人間の立場が弱いという現実が、俺を冷静にさせた。

 力の強い獣人は、弱い人間をどうしても下に見る傾向がある。そもそも獣人の国に住んでいる人間は、獣人が番だといって攫ってきた人間が大半だった。中には素晴らしい技術を持った人間もいて、実際その恩恵で獣人の国も発展している部分がおおいにあった。それでも人間というだけで、下等扱いを受けるのだ。

 最近では、発言権を持った人間が、権利を求めて活動をしている。それでもまだ、人間の立場は危うく、いつ何が起こっても不思議ではないと危機感を持っていた。

 その選民思想の最たるものが、獣人の王族だった。番という権利を認めながらも、人間を下等な生物だと言って表立って差別していた。

 王弟であった父は、人間にある程度の理解を示していたが、王である叔父は人間を下等生物だと言って、王城へ入城することすら禁止していた。

 甥である俺が、人間のキャロラインを番だと連れて行けば、どんな扱いを受けるか想像するだけでも怖かった。番が傷つけられたら、きっと俺は自分の国を壊してしまう。全てを噛み砕き、蹂躙するまで止まることはないだろう。

 だから俺はある決意をして、キャロラインに待っていて欲しいと別れを告げた。

 今の国を変えることは容易なことではないが、父であり王弟であるベルリッツ公爵を次の王にして、人間の地位を向上させることは可能だろう。所謂、王位簒奪だ。


 人と獣人が共存できなければ、ロウド王国は近い将来衰退してしまうだろう。多くの獣人の学者がそう提唱していた。だが、王族はその者たちですら迫害したのだ。

 俺も無関心を貫いていた。いずれ誰かが、今の王族に反旗を翻すかもしれないし、そうならないかもしれない。それすらどうでもよいと思っていた。番が現れなければ、今も無関心は続いていたはずだ。


 俺の受難は、この国を興したユキヒョウの王と同じ、ユキヒョウとして生まれ落ちた時から始まった。

「お前は始祖である王の先祖返りだから、いずれ王になり、民を率いてこの国を導くのだぞ」

 亡くなったヒョウの獣人であった祖父、先王の遺言で、俺は幼いころから王であった叔父に疎まれてきた。だから俺は生き残るため、常に二心は無いと叔父に示し続けるしかなかった。政治には関心を寄せず、国の防衛を担う部署に所属し、王城から遠く離れた場所に自ら志願して配属されていた。

 このまま何にも煩わされず、自分に課せられた義務だけを果たし、王弟の息子として生きていくつもりだった。だが俺は任務で赴いた国で出会ってしまったのだ、運命の番に。


 2日前に、5年かけて計画した王位簒奪を成功させた。獣人至上主義の叔父の最後は、実にあっけないものだった。番である人間を見殺しにされ、王に恨みを持っていた近衛騎士の獣人に、背後から刺殺されたのだ。王妃は後を追って自害。王太子はまだ幼いため、今は反乱軍の手で保護されている。第一王女は降嫁先の侯爵家当主と共に、この反乱にある程度の理解を示したため、殺されずに監視下に置かれている。

 最後まで抵抗していた第二王女のマレフィ-ヌは、反乱軍の包囲を突破して逃亡。流石腐っても力の強い王族、一筋縄ではいかない。マレフィ-ヌはタランターレ国に向かったという情報を得て、俺は慌てて後を追っていた。途中、馬の獣人に出会い、キャロラインからの手紙を渡された。

「まさか、マレフィ-ヌに子供のことが知られていたとは……。おそらくあの女は俺の子を狙うつもりだ」

 俺は馬の獣人に礼を言って、そのまま手紙に書かれていたエイベル伯爵邸に向かった。一刻も早くキャロラインと子供に会いたかった俺は、強引に屋敷に侵入しようとして、現在に至るわけだ……


 牢の外が騒がしくなり、俺は閉じていた瞼を開いて牢の外を見た。そこには白銀の髪に紫の瞳を持つ、白いローブを着た美しい男が立っていた。俺の色と似ている……?何となく野生の勘が働いた。

「……お前、まさかキャロラインの想い人だった奴か?」

 男は面食らった顔で俺を見た。俺は思わず殺気を放った。

「確かに、過去にそういう時もあったが、今は可愛い愛妻がいる」

「そうか、それなら問題ないな」

「……アレン殿で、間違いなさそうだな」

「お前は誰だ?」

「僕はこの国の白の魔法使い、クリスティアン・エイベルだ。そちらの事情に巻き込まれ、今はキャロライン嬢とチャーリー君を保護させてもらっている」


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