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第9話 獣人の国

「出せ!!ここは何処なんだ⁈」

 あの後転移魔法の発動記録を見ると、最近一度転移魔法が発動していることが分かった。そこで私とクリスティアン様は魔法研究所まで来て、研究所が所有している地下牢へ向かったのだ。

 牢の中には、若い男がいてずっと暴れているらしい。年老いた牢番も扱いに困っているようだ。

「この者がそうですか?普通の人間に見えますが……」

「そうだね。普通の人間だとしても、我が屋敷に侵入しようとしたのだから、悪者ってことでいいと思うけど」

「そうですね。それでどうやって確かめるのですか?」

「リアの話では、チャーリー君はビックリしたり興奮したりすると、耳が出ると言っていただろ。だから少し脅かしてみようと思うんだけど」

 そう言ってクリスティアン様は、手の平に魔力を巡らせて水球を作った。丁度スイカぐらいの大きさだ。それを騒いでいる男の顔に向かって投げつけたのだ。

「ぎゃっ冷たっ誰だ!」

 どうやら冷水だったようだ。怪我はしないが地味に嫌な攻撃だ。

「お、やはり獣人のようだ」

 冷水を被った男の頭の上には、馬のような耳がぴょこんと出ていた。指摘された男は焦って頭の上の耳を押さえたが、すでに見ているので今更隠しても遅い。

「だ、誰だ。どうして俺はこんな場所にいるんだ」

「僕の屋敷に忍び込んだだろう?1つ目の結界を無理やりくぐると、2つ目の結界で転移魔法が発動する仕組みなのさ。だからここに飛ばされたんだ」

「転移魔法……なんて卑怯な。俺をどうする気だ?」

「そうだね、いくつか質問をしていいかな?答え次第では解放してあげられるかもしれないよ」

 クリスティアン様が少し悪い顔で微笑んだ。この顔をする時は大抵開放するつもりはない。

「何が聞きたい……」

 男はクリスティアン様の嘘の微笑みに騙されたのか、少し前のめりにこちらを見た。

「目的は?」

「……我が国の獣人の子供を救い出す、と言われた。下等な人間にペットとして飼われていると聞いた……」

「ペット、ですって?それを信じたんですか?」

「俺は言われたことを実行しただけだ。高貴な方の願いだったから、情報を鵜呑みにしたが、違うのか?」

「そうですね。かなり間違った情報ですね。それで、もし奪取できたとして、その後はどうするつもりでしたか?仲間がいるのでしょう?」

「……山を越えて連れ帰る予定だった。仲間と呼べる者はいないが、俺の様に依頼された者が数名同時期にこの国に潜入している。俺は下っ端だから、掴まったら見捨てられる……」

「あの、その人の中に、アレンという方はいませんでしたか?」

「アレン…、いや、いないな」

「では、あなたの国でアレンと言えば?」

「アレンと言えば、公爵様の長男が有名だな。最近だと、第二王女殿下と婚約するらしいと噂になっている」

「あ、その方です!その方にお手紙を書いたら届けてくれますか?」

「手紙?届けることは可能だ。俺の本業は配達屋だ。今回の仕事は運ぶという点で同じだから受けただけだ」

「リア、ちょっと待って。もしかしてこの者を解放するのかい?」

「はい、アレンという方にチャーリー君のこと、キャロライン様の現状をお知らせして、何とかしてもらえないかと思って……」

「う~ん、その前提は、そのアレンという者が今もキャロライン嬢のことを愛している、ということかい?」

「はい、だってアレンさんは番、唯一無二の存在だと言っていたのでしょう?」

「おい、ちょっと待ってくれ、アレン様は番を見つけたのか?もしそうなら、俺たち獣人にとって番の存在は絶対だ。見つければ一生大切にする」

 獣人の言葉を聞いて、私は期待を込めてクリスティアン様をじっと見た。クリスティアン様は溜息を1つついてから、私の方を向いて頷いた。

「取り敢えずキースに報告した後、この獣人を解放する許可が下りたら、リアの言っている手段をとってみよう。このままあの母子を放っておくわけにはいかないしな」

「迎えに来てくれるといいですね」

「それはそれで、問題があるんだけどね。兎に角キースに報告してくるから、リアはこのまま屋敷に戻って待っていてくれるかい?」

「はい、上手くいくように祈っていますね。キャロライン様に手紙を書くように言っておきます」

「分かった。それと、帰りは王宮の隣の神殿の扉から帰るんだよ。人間に紛れて獣人が潜んでいるなら、用心するほうがいいだろう」

「分かりました。クリスティアン様もお兄様のこと、ちゃんと説得してくださいね」

 

 扉をくぐって屋敷に戻ると、チャーリー君とキャロライン様が待っていた。私は先ほどの件を説明して、キャロライン様に、アレンさんに手紙を書いてくれるようにお願いした。

「そうですか、彼は公爵家の嫡男……、5年間音沙汰のなかった人が手紙を読んで来てくれるでしょうか?」

「そこは信じるしかないです。番は獣人にとって大切な存在だと、今日会った獣人も言っていましたよ」

「分かりました。信じてみます」

 私が用意した便箋を受け取って、キャロライン様は少し迷った後、ペンを走らせた。私はチャーリー君と遊びながら、その様子を見守った。


 夜遅くにクリスティアン様が屋敷に戻ってきた。念のため、キャロライン様とチャーリー君も屋敷に滞在してもらうよう、クリスティアン様から伝書蝶が届いたので、出迎えはキャロライン様も一緒だ。

「お疲れ様です。随分時間がかかりましたね」

「ああ、獣人を解放することに難色を示す大臣もいたから、説得に時間がかかったんだ。アレンという獣人が重要な人物で、今掴まっている獣人は下っ端で捕まえても意味はないとキースが説明して、何とか開放する許可が出たが、これで解放した獣人が手紙を届けなかったら、僕とキースの責任問題になるだろうね」

「すみません。私の思い付きで、そんな大事に……」

「いや、このままでは何も分からないんだ。リアの思い付きが上手くいけば、いい方向に事態を動かせると思う。僕たちの責任問題なんて、気にしなくていい」

 キャロライン様も、不安そうな顔でこちらを見ている。手紙を書きあげてからも、ずっとアレンさんは来ないと思うと言っていた。待つには長すぎる5年という歳月と、婚約者がいるという情報が、信じるという希望を奪ってしまったのかもしれない……

「キャロライン嬢も心配しなくていい。乗り掛かった舟だ、最後まで責任を持って保護させてもらう」

「……ありがとうございます、クリスティアン様」

 見つめ合う二人の姿に、少しだけ胸がざわついた。年齢もつり合いが取れているし、二人が並べば文句なしに美男美女だ。どちらかと言えば、私が浮いている存在の様に思えて、自信が持てない自分が情けなった。見ているのが辛くなって、そっと二人から視線を逸らしてしまった。


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