第8話『カトマンズでLSDを一服』
「この先 ペッカ村 →」と書かれた立て札を過ぎたあたりで、薄曇りの空から雨がふりはじめた。軽自動車のフロントガラスや天井のうえで、雨粒のパリピたちがブレイクダンスをおどりだす。
あけっぱなしの窓からひんやりした風が吹いて、水晶みたいにつやめく雨と木々の匂いが車内をみたした。
「よお、ドイメは?」
「眠ってるんぢゃねえの?」
ズミ川のせせらぎ、雨音、鳥の鳴き声、振り子みたいに雨をぬぐうガラスのワイパーをとおして、規則正しく、世界が小さな寝息をたてていた。
空には雲のカーテンがかかって、虫も、猫も、花も、旅人も、水車も、果樹園も、丘も、谷も、山々も、街道ぞいの店も、ぽつぽつとある農家らしき家々も、雨にアタマをなでられて、みんなひっそりと眠っていた。
道ばたにころがった犬の糞すらグッスリと眠っていたのだ。
「なんだかんだついてくるけどさ。こんな子どもが、家出でもしたのかねえ」
「さあ、反抗期ってヤツ? 金髪で、田舎のヤンキーみたいな見た目をしてるぢゃねえの。ヒッヒッヒ! まあ、ペッカ村までわゆっくり寝させてやろうぜ」
ドイメはうしろの席で、ンコソパを抱いて目をとじていた。すこしまぶたを腫らして、桃のようにふくらんだ頬のうえを、ガラスを這う雫の影がつたってゆく。
メイド服やカチューシャのレースのシワに、ひだに、指のあいだに、鎖骨のくぼみに、版画のような黒い悲しみがすりこまれて乾かずに滲んで見えた。
「そういやオレもドイメくらいの歳のころ、お父さんにぶん殴られて家を追いだされたことがあったな。あのころはまだ髪がフサフサしてたっけ」
「ヒッヒッヒ! 田中のオヤヂわシラフなのに平気で人をぶん殴るからな。ぶっとんでるよ」
「武士のコスプレしてよろこんでる、アタマのイカれたオッサンだったね」
「オカンといっしょに毎朝神棚のまえに正座させられて、瞑想させられたり、オヤヂが読みあげる田中家の家訓を大きな声で復唱させられてたんだろ?」
「家訓っていっても、ウソをつくなとか、あいさつをしろとか、笑顔をたやすなとか、マルチ商法とか公務員なんかが好きそうなくだらないタワゴトだよ。友だちに聞いても、そんなことしてる家庭はほかに無かったな」
「まるでシャブ中だな。マトモぢゃないね」
「子どもは親の背中を見てそだつとゆうからな。だからオレはお父さんみたいな立派なキチガイになるために、がんばってドラッグ活動にうちこんでるんだ。ドラ活だよ」
「ヒッヒッヒ!」
『アハハ……も、もうすぐ、ペッカ村ダヨ。トモダチ。だから、この縄をほどいテヨ!』
道化師のロエピのオッサンは手足をきつくしばって、カラダがうごかせないようにしてあった。
はじめはおとなしくしてたのが、ほうっておくと勝手に荷物をあさったり、酒を飲もうとしたり、車がゆれたと言ってドイメに抱きついたりした。さらに魔法ドラッグの『ぶっとび丸』と『膝くだき』まで盗もうとしたのだ。
それをとがめ、ロエピ自身のことや目的を聞いても、言葉が分からないフリをしたり、タヌキ寝入りをしたり、急に話をそらしたりして、知らんぷりをきめこんだ。
なんでロボットなんかがクスリをほしがるんだ?
それでもドイメはお人よしで、かわいそうだから、せめてペッカ村までは車に乗せてやったらどうかとのこと。
ハグレ機械だか知らないが、ロエピは加齢臭みたいにキツい胡散臭さをプンプンとふりまいていた。
「佐藤。『膝くだき』をずっとしゃぶってるけど、気分はどう? 大丈夫なのか?」
あいかわらず佐藤の両目は、魔法ドラッグのおかげで電球みたいにピカピカ光っていた。
ふつうLSDはすぐ耐性ができるので、一回つかったあとは数日あけないと効き目がなくなる(だから依存性がひくい。というか連続して使うとほとんど効かなくなるから、つまんないんだよな。金がもったいない)。
(あとLSDのオーバードーズで死んだヤツというのもいない、はず。何千回分くらいを静脈注射した人が死んだんだっけ? そんなの金額にして数千万円だろうし、そもそもそんなヤツはLSDなんか使うまでもなく狂ってると思う)
幻覚剤には交叉耐性というものもあり、今日はLSDをやったから、明日はかわりにマジック・マッシュルームをやればまたおなじようにぶっとべる、というものではない。LSDも、シロシンも、シロシビンも、メスカリンも、おたがい耐性をつけあうので、幻覚剤の種類を変えればつづけて使ってもコスパよく楽しめる、とゆうワケではない。まあ、ここらへんはモノの量とか質とか、その人の体質にもよるとは思う。
個人的には少なくとも一週間くらいはあけたほうがいいような気がする。
しかし魔法ドラッグの『膝くだき』は吸引するDMTやサルヴィアみたいに、すこし舐めるだけですぐぶっとんで、口からだせばすぐ飛びが抜ける、耐性もつかず何回でも楽しめる、ひじょうに便利なものらしい。何回でも使えて金もかからないし、マイクロドージングならぬハイドージングができるってワケだ。
だがマイクロドーズなみにハイドーズを何日も何日もつづけるとアタマがおかしくなる、とゆうウワサも聞くけど、まあそこは魔法でなんとかなってんだろ! 異世界最高!
「ああ、やってみる?」
佐藤がネッチョリとツバの糸をひいた『膝くだき』を、フジツボみたいにすぼめた口からとりだした。
「い、いや。いいよ」
「ヒッヒッヒ。遠慮するなよ」
「してねえよキモチ悪い! 人が噛んだあとのガムなんか噛まねえだろうが」
「ヒッヒッヒ!」
「神さまが見えるのか?」
「効き方わふつうの紙と変わらん気もする、ふつうより強いのわまちがいないんだけど……まあぶっとんでて、よく分からねえよ。説明できない。ドラッグの体験談なんてそんなもんだろ」
「ゴホッ、ゴホッ」
「まあ、俺が見た神さまわ素っ裸で、電球みたいにピカピカ光ってた。宇宙みたいな暗闇に浮いてるんだ。それでなんでも知ってて、いろいろ教えてくれる。おせっかいなうるさいヂヂイみたいな感じかな」
「へえ」
「それで神さまのカラダのうえでわ、たくさんの小さい人間とか動物とか、建物とか、海とか、山とかが、カラダのあちこちでトランポリンみたいに飛びはねてる」
「神さまってそんなにカラダがでかいの?」
「いや、俺にわよく分かんねえよ。幻覚なんだし(笑)」
「まあたしかに、LSDを使うとピカピカした光を感じるな。アタマの中でアイドルが撮影会してんのかってくらい、大ぜいの人間がカメラのフラッシュを焚いてる感じ」
「壁とか床とか、カーペットの模様がグニャグニャ曲がって見えたり、そのうち目をあけててもそのまま異世界にぶっとんだりな。俺わキマってくると外にでたくなるよ。太陽も風もキモチいいし。公園の木とか芝生とか見てると、ゴッホの絵みたいにイイ感じに世界が溶けてくるんだ。それで風景が溶けて、そこから宇宙人みたいのがやってくる」
「オレもトリップすると変なのがいっぱいでてくるな。岡本太郎の絵にでてくるポケモンみたいなやつらが、世界中にひしめいてクルクルまわって飛びまわってる。それでギョロギョロした目玉でオレのほうを見てるんだ。オレになにか言いたそうなヤツとか、無関心なヤツとか、いろいろいるけど、とにかく目玉がいっぱいでてくるな」
「目わ俺もけっこう見るな。バッド入ると、黒い植物みたいのがたくさん生えてきて、その茎とか葉にいっぱい目玉がついてるんだ。バッドのときに見る目わ、死体みたいに血ばしっててキモチ悪い。その植物のツルがのびて、顔のカタチをえがいて、俺のことをいやらしい目つきで見てるんだ。そんな目が視界のはしで、ぶっとんでるあいだ何時間も、ずっと俺をニラんでたこともあったっけ。あれも神さまなのかね? 幻覚剤をキメた人が絵とか動画を作ってるけど、だいたい目がいっぱいでてくるな。あとトンネルも多いね、血管の中みたいなトンネルの内側に目がいっぱい生えてるんだよな」
「なんかダレかに見られてる気がするのかね? みんなおなじように幻覚で目を見るのはフシギだよ。聖書に書いてあるとおりに天使のすがたを再現した動画を見たことがあるけど、目玉がいっぱいで、どう考えてもLSDで見える幻覚にそっくりなんだよな。あと街なかだと、視界の中に人が急に飛びこんでくるとビックリするよな(笑)チャリンコ乗ったオッサンとか、走る子どもとかがいきなり飛びだしてくると、ホラー映画みたいにビックリする。アイツらどっかで見てて、オレのこと監視してたのかな、とか勘繰ったりさあ。自分のカラダが少しだけ地面から浮いてる気がして、家とか車とか草なんかの色がもえて、カゲロウとか幽霊みたいにゆらめいてる」
「ああ、人の目わ気になるな。まえ紙食ってからストリップを見に行ったぢゃん?」
「行った、行った(笑)」
「妄想もあるとわ思うけど、やっぱ人から見られてると思うんだよね。あのとき、券売機でチケット買ったけど、受付のオネーチャンになかなかチケットわたせなかったぢゃんか(笑)」
「すげーテンパってたよな(笑)オネーチャンめっちゃニラんでた、怖い顔がみるみる風船みたいにふくらんでさ。まあ幻覚かもしれないけど」
「ぶっとんでるから券売機のボタンを押すのがむずかしくてさあ、買うのにすげえ時間かかって。それで受付のアクリル板? が透明で、どこからチケットわたせばいいのか、分かんねえんだよな。アクリル板の穴もいっぱいあいててさ、だから横とか上からわたそうとして、またニラまれて。たぶんめっちゃ怒ってたよな? でも受付の人間があんなあからさまに怒ったりしないような気もするし、幻覚だったのかなあ?」
「分かんねえけど、他の客もみんなオレたちのこと見てた気はするね。やっぱぶっとんでると気のせいじゃなくて、ほんとにみんなに見られてる気はする。すげえ歩きにくくなるし、糞でも漏らしたと思われてるんじゃねえの? いや、分かんねえな。ただの妄想かも。分かるワケねえよな、ぶっとんでるんだから」
「でもストリップわ楽しかったな! LSDみたいに照明がピカピカ光ってさ、キレイなデカパイのネーチャンたちが、すっぱだかで踊ってさ! 乳首とマンコからレーザー・ビームがでてたよ! 神さまとか仏さまの絵って後光がさしてるけど、あんな感じでさあ」
「ほんとすごかった。ネーチャンがバレリーナみたいに脚をひろげてマンコがまる見えになるたびに、くたばりかけのジジイどもが目をひんむいて、マシンガンみたいな拍手が鳴りひびくんだ。みんなシャブ打たれたサルみたいに手をたたいてさあ。歌舞伎なんか見たことないけど、あんな感じなのかね?」
「アレわLSDだよな。客は野球帽のヂヂイとかさ、すましてヂャケット着てるのとか、ヂヂイだけぢゃなくてコワモテのニューエラかぶったニーチャンとか、女もいたな。満員でよお。あとわ金持ち風のオッサンと来てた、モデルみたいな若い美人のネーチャン。ありゃパパ活かね? ほんといろんなヤツがいてさ、でもみんな神さまでも見たような笑顔で、みんなスゲー笑顔で、いっしょになってマンコに手をあわせて、おがんでるんだよ。陽気な音楽がながれてさ。ラブ&ピース。神さまのマンコ。LSDわストリップなのかもしれねえな」
「みんなすっぱだかになって、おどって、大さわぎすれば、戦争なんか無くなるのにな。なんでダレもやらないんだ? ハダカを見るのに、なんでチケットを買わなきゃいけないの?」
「そんなのわ金もうけにならないからだろ。みんなぶっとんでさわいでたら、ダレが働くんだよ。時間と体力のムダなんぢゃねえか」
「じゃあ金ってなんだ。なんでそんなに欲しいんだ?」
「うーん。ドラッグなんぢゃねえの?」
「ドラッグなのに、なんで規制されてねえんだよ? 金のせいで人を殺したり、自殺したり、人がいっぱい死んでるのに?」
「さあ。LSDなんかにくらべて、飛びがマイルドなんぢゃね?」
「そうゆうもんかねえ」
「ヒッヒッヒ! まあ、それにしちゃあ貧乏人わ禁断症状のヒドイ顔つきだし、金持ちの過剰摂取で世界ぢゅうが悪夢になってる気わするけどね」
「いらない道路とか建物を作るためにトラックやクレーン車を乗りまわしてギャアギャアさわいだり、街中で宅配業者が売人みたいにウロついて朝から晩まで騒音をまきちらしてる。薬物中毒者がさわいだらすぐ逮捕するくせに、金持ちはなにやってもオッケーなんだよ。言いワケばかりで、みんな嘘つきで、ぜんぶ作り話だ。世のなか糞まみれで、みんなありがたく糞をおがんでる。スーパーでもデパートでも、どこでも糞がズラリと並んでる。糞どもの国じゃイチバンでかい糞をひりだしたヤツが優勝なんだ」
ああ、太陽だっぺ。
ドイメがアクビまじりの声をだした。
くもり空に無数の亀裂が入って、そこから銀色の光がもれてくる。
雨あがりの濡れた街道は空を映して青くかがやきだし、雨だれの真珠にかざられて、木も花もキラキラして見えた。
その道のかなたに、糞巨大な赤ちゃんがすわっていた。
ピュアでピースフルな顔つきで、髪型はキューピーみたいなソフト・モヒカン、スカイダイビングのパラシュートくらいおっきなオムツを履いて、そのロボットはまるで居眠りしている赤ちゃんだった。かたわらにも大きなガラガラ、積み木、カラーボール、手押し車なんかの機械のオモチャがほうりだされている。しかし赤ちゃんもオモチャも、帝国の機械兵とはちがい、メタリックな肌は遠くからでも分かるくらいに錆びつき、古びているようだった。
木々のむこうに、そんな球体関節人形に似た赤ちゃんが何体かすわって眠りこんでいた。
こういう機械はすがたカタチはバラバラだが、廃墟や遺跡といっしょに、異世界に来てからまれに見かけていたものだ。ドイメの話では帝国があらわれるのよりずっと昔の機械で、たいていは壊れていて、記録も残っておらず、いつ、なんのために作られたのか分かっていないものがほとんどだとゆう。
大昔の城や教会みたいに、観光名所になってるものもあるらしい。
灯のともされた木立のあいだから、集落の家や田畑がのぞき、近づくにつれ笛や太鼓、タンバリン、ヴァイオリンみたいな楽器をかなでる音が聞こえてきた。それにあわせて大ぜいの人間がさわいで歌ったり笑ったりしているようだ。
『アハハ……も、もうすぐダヨ! シンナーも、勇者カナタも、いっぱい集まってくルヨ! アハハ、ガチャガチャ・ガールズも、も、もうすぐ魔法ドラッグが、イッパイ、イッパイ! 集まるよ! ドラゴンのお祭りダヨ! アハハ……キキキ、キ、キャハハハハ!』
佐藤が身をのりだして、力いっぱいロエピの首をしめた。
「ロボットわどれくらい息を止めていられるのかなあ? テメエわうるさいから黙っとけ!」
木の枝でかざられたアーケードの入り口があり、そこにすわる赤ちゃんのバカでかいヨダレかけには、「ようこそゴブリンの里、ペッカ村へ」と大きく書かれてあった。
第九話『エレクトリックドラゴン80000v』こうご期待!
続きはそのうち書くつもりですねん
とりあえずいくつか短編投稿してから再開しますわ