第6話『頭の中がカユいんだ』
「さて? アンタ、どちらさんでしたかなあ?」
作者がじっさいに数年ぶりで会った糞父親から言われたイヤミ
☆☆☆
「バーカ!」
助手席の佐藤が中指を立てて、ひらいたウィンドウの外にむかってどなり声をあげた。
とつぜんののしられた、ズミ川ぞいの道をゆく冒険者風の男たちが武器を手に追いかけてきた。
「ヒッヒッヒ。ホラ、こっちだ。かかってこいよノロマ! バーカ!」
しかし徒歩で軽自動車のスピードに追いつけるわけもなく、男たちはサイドミラーのかなたからあくたいをついた。弓矢を射ってくるタワケもいたが、そんなところからオレたちにとどくはずもない。
「なにしてるでやんす! そんなこと言っちゃダメだっぺ!」
うしろの席でドイメがわめく。
「いいじゃねえか。どうせあいつらバカなんだから、なにもできねえよ」
「そうそう。あいつらわバカだから、カメみたいに足がおそいんだ」サングラスの奥で佐藤の目がピカピカ光る。
「ちがうだっぺ! それはオラたちが機械の車に乗ってるから、ギャア!」
オレがギア・チェンジしてアディダスのスニーカーでアクセルをふむと土ケムリがあがり、ドイメがさけんで、オレと佐藤のド派手なアロハ・シャツにしがみついた。
もとの世界から持ってきたドラッグはすべてラリゴ盗賊に取りあげられていたが、車内のほかの荷物には手をつけられていなかった。カー用品店で買っておいた「水曜どうでしょう」のステッカー、花柄のハンドルカバー、ルームミラーにぶら下げた大麻のカタチの芳香剤、すべて無事だった。
「おい佐藤! ああゆう横から急に飛びだしてくる糞ババアを殺っつけたら、レア・アイテムがドロップするらしいぞ」
「よし、ためしにガツンと轢いてみようぢゃねえか!」
「ぜったいダメだっぺ!」ドイメのカチューシャが飛んで猫耳をおさえた。
薬物中毒者のパーティーはシンナーの助言にしたがい、勇者カナタに会うため、ペッカ村へむけて順調に車を走らせていた。
快晴。
川のせせらぎ、鳥の鳴き声、エンジンの音が、透明な風にのって青空に吸いこまれてゆく。
山にはさまれた街道にはちらほら旅人や商人の馬車や荷車がいきかい、ものめずらしそうに軽自動車へむかって手をふる者もいた。
川ぞいは緑でふちどられ、ゆれる花ばながいろどりをそえている。
空にはキンタマみたいに大きいのと小さいの、ふたつの太陽がかがやいていた。
ドイメの話によると、大きな太陽は朝にのぼって夜にしずむ、オレと佐藤にもなじみのあるものだった。
しかし小さいほうの太陽は魔天とよばれていて、ふつうの天上の星とちがい決まった軌道をもたず、ときには夜空に浮かんでいることもあるらしい。
魔天の光は太陽とはちがい、物のすがたを照らして色彩をあたえるものではなく、あれは魔力の光なのだ。
だから夜中にでてもけしきを明るくすることはないんだと。
まあ、劉慈欣の「三体」みたいに、オレたち薬物中毒者にとってはチンプンカンプンな話だ。
『あ、スミマセーンお客さまあ。ほかのお客さまがお待ちでえ。ええ、申しわけございませーん。いや、お問い合わせいただいたお客さまから順番に対応しておりますのでえ。ええ、またなにかございましたら、ええ、ええ、またお電話くださいませえガチャッ』
(電話?)
壊滅したラリゴ盗賊の砦で、バカでかい機械兵『巨人の足』がコナゴナにぶっとび逃げたあと、機械妖精ンコソパの光の羽が消え、ドイメの手の中でもの言わぬ人形にもどってしまった。
これからはンコソパが起動していなくても、オレたちの魔力がガソリンがわりに使われて軽自動車をうごかすことができるらしい。
オレたちが魔法ドラッグの『ぶっとび丸』や『膝くだき』をしゃぶりつづけるかぎりどこまでも走れるということで、ワケが分からないが、いかにも異世界っぽい話でありがたかった。
佐藤もふつうにしゃべれるくらいには『膝くだき』に慣れてきたみたいで、目を電球みたいに光らせながら、ペッカ村までの道をナビしてくれた。口に入れるとうまく歩けなくなるが、神さまの声が聞こえて、少しさきの未来を教えてくれるんだと。
「田中も食ってみな? 飛ぶぞ!」
佐藤のツバでビチョビチョになった『膝くだき』をすすめてくれたが、いくら友だちでも他人の口からでてきたLSDのシートを使う気にはなれなかった。
プップー!
まただ。
ンコソパが軽自動車をいじってから車が自分の考えをもっているみたいに、ときたま勝手にクラクションを鳴らしたり、ライトをつけたり、クネクネ蛇行するようになった。多少のキズやヘコミも自動でなおるらしい。
そのうち操作もしてないのに勝手にシコりだすかもしれない。
「異世界にも紙巻タバコが売ってるとはね」
「フーム。アルコール度数はひくいけど、酒もなかなかいけるぢゃねえか」
オレと佐藤は街道の酒場で手にいれた、ワインのつまった革袋をリレーしあった。オレも佐藤もふだんから大酒飲みだが、このンゲンニ界の人間とは段違いに肝臓が強いらしく、どこに行っても飲みくらべした相手は水鉄砲みたいにピューっとゲロを吐いてぶったおれた。
ケムリくすぶる砦の跡からかっぱらってきた盗賊の財宝は、木箱にひとつぶん、まだたっぷりのこっていた。ほかにも肉と野菜のサンドイッチ、チーズのかたまり、リンゴやブドウの果物なんか、それから『はじまりの楽器』とやらといっしょに、車の荷室にまとめてつっこんであった。
(※この物語はフィクションであり、なおかつ主人公たちはジャンキーの特殊な訓練をつんでいます。酒、大麻、LSDその他、カラダの細かい動作に強く影響するドラッグを摂取してからの車等の運転は絶対にしないでください!!!)
ズミ川街道の酒場や宿屋には、ラリゴ盗賊の砦とはちがい、さまざまな種族の人びとがあつまっていた。
ヒト族、チビ族、ドワーフ族、つぎつぎとドイメは説明していったが、中にはピーマンみたいに肌がミドリ色のゴブリン族や、豚のような顔をしたオーク族などもいる。
なんか変な感じだったが、フィクションの中で悪役を演じるモンスターも、この異世界ではふつうにみんなまじってくらしているようすだった。
ほとんどの店はヒト族やチビ族が経営しており、旅人や冒険者もいるが、たいていゴブリン族やオーク族なんかは下働きで、奴隷よりはマシだが、日本の外国人実習生みたいに死んだ目をして、便所掃除や荷物運びなんかのパシリみたいな仕事ばかりさせられているようだった。
殴ればなんでも言うことをきく、貧乏なヒト族が奴隷としては一番あつかいやすいが、おもてむきはこの世界でも帝国の法律で奴隷はみとめられていないのだという。七つの大国があり、それらの国ぐには連合をつくって、それは七大国連合、略して国連ともよばれる。まわりの小さな国もその制度や法律にしたがうようになり、これが転じて、今では帝国という通称を使うのがふつうになったんだと。オレたちがいるのは帝国七大国のひとつ、メジハ国とのことだ。
土地柄なのか、オレみたいなジャンキーでも知ってる有名なエルフ族や、ドイメみたいな猫耳の生えたネコ族は見かけなかった。
「ところで、なんでドイメはラリゴ盗賊につかまってたんだ?」
「ヘラヘラ。あ、あんなことされたら、こまるだっぺよねえ」
「あのクタオって貴族はダレ? あいつからその、機械妖精っていうオモチャを盗んできたのか?」
「ヘラヘラ。あー、そ、そうだっぺ。おなか空いたでやんすねえ」
「さっき食っただろうが」
「き、きょうはいい天気でげすねえ。アソレ、だっぺ、だっぺ~♪」
いろんなことを教えてくれるが、ドイメ自身のことを聞こうとすると、あからさまに話をそらした。
金髪で、カラコンみたいな青い目で、ロリータじみた黒いメイド服の、SNSにハマってそうなガキ。
こっちの世界の家出少女とか、トー横キッズみたいなものだろう。
なりゆきでついてくることになったが、まあ旅は道づれだ。パーティーに子どもがいれば油断して、そのうち異世界級のデカパイやプリケツがポケモンみたいに集まって、オレのチンポもつぎのレベルに進化するかもしれない。
酒場でも宿屋でも、ラリゴ盗賊の砦で帝国の機械兵が大爆発したことは一番のウワサになっていた。
あのあとラリゴ盗賊は壊滅し、奴隷たちはみんな逃げてしまったのだという。
大爆発は花火大会みたいにいろんなところから見えたらしく、もう数日たっているのに、どこへ行ってもラリゴ盗賊をつぶし帝国にたてついた、謎の魔法使いの話題でもちきりだった。
『お客さまあ。くれぐれも、これからはあまり派手に魔法を使わないでくださいますよう、お願いしますねえ』
そうやってンコソパにも注意された。
どうやら人びとの魔力の量は帝国内にはりめぐらされた結界とやらで、ドラッグの取引や車のスピードみたいに見はられているらしい。
空中に浮かんでいるナノマシンだか、各地にもうけたセンサーだかがオービスみたいに反応して、法律で制限された以上の魔力を感知する。
すると大きな魔力の屁をこくだけで、格安アパートでとなりに住んでる音に敏感なキチガイみたいに、機械兵というロボットの兵士や、ときには機械魔法使いという警察官みたいなやつがどなりこんでくるんだと。
『機械魔法はもともと、魔法使いの使うオリジナルの魔法を参考にして作られたものでしたが、今ではそのカタチを大きく進化させております~』
『機械魔法はもっとも強力な支配の魔法ドラッグ、『はじまりの魔法使い』の最後のメンバーである裏切りの魔法使い、大魔女ダリデが作った『金の魔法ドラッグ』を力の源にするものです~』
『魔力はセロトニン、ドーパミン、オキシトシン、エンドルフィン、その他神経伝達物質が咲きみだれたタマシイの花吹雪です。そして人はチョウのように飛びながら、強い魔力をあたえてくれるモノのまわりに集まるのです~』
『この世界の通貨であるネカには魔力がこめられていて、所有者の魔力をたかめ、ネカを持てば持つほど、金を集めれば集めるほど魔力が強くなり、魔法を使う素質の無い人間でも、帝国の機械のたすけによって大きな機械魔法を使うことができるようになるのです~』
『魔法使いの魔法はラブでピースなものですが、機械魔法は機械によってむりやり木を切って山をひらき、空気をよごして空を飛び、貧しい人びとや動物たちを力で追いだし、人の心まで変えてしまう、それはそれはおそろしいものです。帝国の機械はすべて、このネカの魔力によってささえられております~』
『このンゲンニ界では、あまりネカのことばかり考えないよう注意してくださいませえ。魔法使いはふだんの魔力がたかいので、あまり金に心をとらわれるおそれはありませんが……ネカはすべて、最強最悪の魔法ドラッグ『王のコイン』のコピーなのです~
そしてネカに心の根っこがつかまったらさいご、『王のコイン』に支配されてしまうのです~』
まだまだ聞きたいことはたくさんあったが、いまのンコソパはドイメの手の中で沈黙して、うつろなレンズの目にズミ川の流れを映しつづけるだけだった。
ネカ、とよばれる帝国の通貨。
金、銀、銅、ジャラ銭とそれぞれ色や大きさがちがうが、ホンモノの金属を使っているわけじゃなく、とくべつな魔法の物質で出来ているらしい。
ネカはすべて統一されたデザインで、王冠と、玉を口にくわえたドラゴンをかたどった、帝国の紋章とおなじものだった。裏には七つの国のカタチが彫られている。
ひとつ金貨をつまんでながめているうちに、ふちが七色にかがやいて、なんだかドラゴンの口の中に心が吸いこまれていくような、フシギなキモチになってくる。
「アレ? なんか、変なおじさんがいるだっぺ!」
路上のはしで、殺人ピエロみたいに奇抜な恰好をしたオッサンが、軽自動車にむけて親指を立てていた。
第七話『路上』こうご期待!