第3話『限りなく透明に近いブルー』
糞みたいな一週間がすぎ、山のなかの奴隷生活にもなれてきたころ、ジャン=リュック・シンナーという名前の、チンポのようなアタマのかたちをしたジジイがやってきた。
けがらわしいラリゴ盗賊も、人生にうちのめされた老いぼれから帽子までとりあげるのをためらったのか、シンナーは斑点のついた赤いキノコみたいな帽子をかぶったまま(まあそれがでかいカリをもつ巨大コンドームにも見えるわけだ)、白いオムツみたいなパンツだけの、やせた悲しいすがたでクサリにつながれてやってきた。
そのころは奴隷のふりわけが終わり、オレも佐藤も地下牢からだされて、数人のほかの奴隷といっしょに鉱山ちかくのそまつな丸太小屋にうつされていた。
鉱山組は何百も坑道がある鉱山で穴をほって、そとへ石をはこんで、たまに金や銀をもちかえるのが仕事だった。
ほかにも畑仕事をさせられる者、木こりをやらされる者、ラリゴ盗賊の砦の建築作業をさせられる者、盗品・ぶんどり品をとおくまで運ばせられる者などがいて、女子供の奴隷はおもに食事のしたく、ケガ人や病人の世話なんかをさせられていた。
ラリゴ盗賊の人狩りはちょくちょくおこなわれて、すてゴマとして最初にねらいの町へ突撃させられる、竹やりだけ持たされたあわれな奴隷もいる。
そうやってできるだけ死ぬ奴隷よりも多くの奴隷をつかまえて、ラリゴ盗賊の地下牢までつれていき、そこから砦の仕事をさせられる奴隷と、性奴隷や労働奴隷などでいい値段のつきそうな、ほかの奴隷商人に売りとばされる奴隷にふりわけられる。
シンナーもそうやってつれてこられた奴隷なんだろう。
砦はひろく仕事は山ほどあったが、なかでも鉱山組にまわされるのは使いつぶすつもりの能無しが多い。
軽自動車みたいな異世界らしくない変わったものに乗っていたオレたちは、機械や魔法なんかについての異世界っぽいことについてあれこれ聞かれたあと、何も知らないバカだと思われて(まあじっさい何のことだかわけが分からなかったが)ハゲとデブよばわりされ、身ぐるみをはがされて糞鉱山組に入れられた。
ひどい話だ。
ホームレスだってなにかの知識やとりえがあるならそれをいかしたもっとましな仕事をもらえるし、金持ちだって使えない口だけのバカなら鉱山でひたすらはたらかされる。
まあシンナーのジジイは、そんな死んでうごかなくなるまで穴をほらされる予定の、無能でぶざまなアホのひとりってわけ。
なに? 説明が長い? セリフが無くて読みにくい?
ごくろうさん。
これでとりあえず奴隷施設についてのくだらない描写は終わりだ。
あとはシコるなり、マリファナを吸いにいくなり、自由にしてくれ。
シンナーは鉱山組が寝起きしているボロ小屋へ、夜になってからブチこまれてきた。
ヒゲもじゃの、骨みたいにやせたしわくちゃジジイは、しばらく死体みたいに床のうえにころがってうごかなかった。やぐらや砦をかこむ柵のたいまつのあかりが窓から漏れてくる。
アタマちんぽ骨ジジイはラリゴ盗賊の見はりが行ってしまったあといきなり飛びおきて、キョロキョロまわりをみまわし、オレたちとおなじように手足に枷をはめられているのにもかかわらず、サルみたいにすばやくオレと佐藤のところへ走ってきた。
「あんたら、タナカはんとサトウはんやろ? せやな?」
シンナーはまばたきひとつしない狂人の大きな目をギラギラさせて、とつぜんそう言った。
おどろいたオレと佐藤は顔を見あわせる。
「(へっへー!)」
「(なんだこのヂヂイ?)」
「(アタマがいかれてるんだよ、キチガイだ)」
「(……でも、こいつわなんで俺たちの名前を知ってるんだ?)」
「(まぐれだよ! まあキチガイでも、たまにはマトモなことを言うもんだ。びっくりするね)」
「(おおかた、近所の子どもにイタズラしてるホモぢぢいだろ。そんな顔してる。もてあました家族が奴隷に売りとばしたんだ! ロリコンの歯ぬけヂヂイ!)」
「(おい佐藤、このスケベじじいのキンタマをけり上げてやろう! おもしろいぜ、きっとニワトリみたいに飛びあがるぞ!)」
「あんたら、聞こえてまっせ!」
シンナーの白いゲジゲジまゆげが怒る。
「へえ、ジジイはみんな耳が聞こえないのかと思ってたよ。これはこれは、たいへん失礼しました。ペコリ」
「ところで糞ヂヂイはなんで奴隷になったの? どうやったら男の子のちいさなオシリの穴に、そのあんたの変なアタマが入るんデスカア?」
「おまえら、ええかげんにせえよ!」
シンナーがクサリのついた両手で床をたたくと、オレたちみたいに寝そべったほかのいく人かの奴隷たちがあくたいをついた。
「ジジー、ジジーって、好きほうだい言って! APEXのコンジットちゃうねんから。ボクにはジャン=リュック・シンナーっちゅう、ちゃあんとした名前がありますねん! どついたろかホンマ」
「なんだあ?」
「コラ、うんこ番人のホラふきヂヂイ! いきがって、なろう小説の主人公きどりか? オラッ!」
シンナーのくびがビックリしたカメみたいにちぢんだ。
「う、うんこ? ホ、ホラって。あ、あんたら、暴力はあきまへんで! いったいなにするつもりや! キャー!」
「おいこのジジイ、まだなにか言ってるぞ! たいしたもんだ」
「よお、どっちが強いかためしてみようぢゃねえか。いちど俺たちから税金をまきあげて遊んでるヂヂイどものマヌケづらに思いきりパンチしてみたかったんだよ。これでひとつ夢がかなうわけだ、異世界ってのわ最高だね」
オレにクビをしめられたシンナーは手足をバタバタ、舌をつきだして苦しそうにうめいた。
「や、やめなはれ! く、くびを、はなしなさい、ちゃいますやんか、ボクは、あんたらのこと、たすけにきたんや! あんたら、このンゲンニ界とは、ちがう世界からきた、異世界転移者やろ!」
わっ!
いきなりカラダをときはなたれたシンナーはひっくりかえった。
「ンゲンニ界? よおシンナーさん。それじゃあアンタが神さまかなにか? なんかオレたちに超能力とか、すごい伝説の武器みたいの、くれるのか?」
「オイ! ウソだったら、ただぢゃおかねえからな。俺たちわ人間界代表のアタマのいかれたヂャンキーだ、ションベンもらすまでブンなぐるぞ」
「佐藤、ちがう。オレたちは勇者だ! 勇者が異世界のエルフどもをハメハメしにやってきたぜ。へっへー! デカパイエルフの顔に、AVみたいにブッカケてやるんだ!」
「ヒッヒッヒ。俺にわブッカケのなにがいいのかわからんね、なんだかサカリのついたマヌケなサルみてえぢゃねえか!」
「な、なんちゅう下品でらんぼうなバチあたりどもや! アア神さま、ホンマにこいつらでええんやろか?」
シンナーはクビすじをさすりながらすわりなおした。
「ボクは神さまに言われてやってきましたんや、あんたらのこと助けてくれっちゅうて」
「おいおいシンナーじいさん、アンタほんとうにイカれてるんじゃねえだろうな?」
「イッパツこづいてやればヂヂイのアタマもなおるだろ。古いテレビみたいなもんだよ」
「あ、あほ! なんですぐなぐろうとすんねん! ボク、あんたらが来ること分かってましたんや。いちおうこのンゲンニ界で、魔法使いやらしてもうてます」
「魔法使い?」
「薬物中毒者?」
「ボクら魔法使いは瞑想したり、断食したり、むにゃむにゃとお経をとなえたり、滝にうたれたり、呼吸をとめたり、なん日も眠らなかったり、それからクスリを使ったり、まあ、せやね、おもにフシギなドラッグを使ったりして、そうやってがんばって魔力をたかめて、魔法の修行をしてくらしてますねん。
魔力がたかまることをとぶ、っていいますねん。飛ぶ。ぶっとぶ。トリップする。ラリる。キメる。まあなんでもいいけど。飛べばとぶほど、魔力がたかまればたかまるほど、神さまに近づくことができるんや。魔法使いはみんなそれを目標にがんばってますねん。
このまえの夏やったかなあ? 海行った帰りにチルして、夜なかにツレのオッサンと公園で草と紙食ってぶっとんでたら、ピカピカ電球みたいにかがやく神さまが見えましてん。ほんであんたらのこと教えてくれはったんですわ。紙食ってたら神さまがおりてきて、よく人生のアドバイスとかしてくれますやろ?」
「うーん、人によるんじゃねえの?」
「俺も紙食って神さま見たことある! そうか、紙ねえ。いいぢゃねえの。このぢぢいホンモノだぜ! そうだよなあ、宇宙の人工衛星から発射されたピンク色の光線がカラダに当たってさあ! そこから高密度の情報がアタマのなかに流れこんできてさあ!」
「へ、へえ」
「それで田中、そんでさあ!」
「わ、わかった、わかった。とりあえずシンナーじいさんの話を聞こうぜ」佐藤は楽しいだろうが、他人の夢の話とトリップの話ほど意味不明で聞いていてつまらないものはない。
(※リゼルグ酸ジエチルアミド=LSDは幻覚剤の一種で、摂取するとかがやく幾何学模様や神さまが見えるようになる。LSDは大麻とおなじく、依存性や身体への悪影響は酒やタバコより少ないのにもかかわらず、歴史と神さまのイタズラによって日本では法律で禁止されている。まあよっぱらって高いところや水のそばで使うと、落っこちて最悪死ぬことになるので、なれないうちはシラフの人にそばにいてもらう。酒やタバコとおなじく精神病のトリガーになることもあるので、よくしらべてから使うのがふつう)
「ほんで、ちがう世界から田中はんと佐藤はんゆうひとらが来るゆう話で。神さまから、これをわたすように言われましたんや」
シンナーはかぶった赤いキノコ帽子のカサをひょいとあげて、中から大麻のジョイント(※喫煙のためにタバコみたいに大麻を紙でまいたもの)をとりだした。
それはタバコとはすこしちがって、火をつけるさきっぽにいくにしたがって太くなっている。火をつけやすいように紙をねじったこよりでさきがふさがっているわけではなく、吸いさしなのかこげた乾燥大麻がのぞいている。
しかし吸いごたえのありそうな、ひじょうに太くまかれたジョイントだった。気のせいか、それとも久しぶりにおがんだせいか、うすくらやみのなか大麻がフシギな光でキラキラかがやいて見える。
「ボクらがすむこのンゲンニ界には神話の時代に作られた、いくら使っても無くならない、フシギなドラッグがありますねん。この大麻のジョイントは『ぶっとび丸』っちゅう名前で、そんな伝説の武器ならぬ伝説のドラッグのひとつです。ほかにもいくつか種類はあるんやけど、それぞれひとつしかない、ボクら魔法使いは『魔法ドラッグ』ってよんで、それぞれだいじに保管してるんですわ。
魔法ドラッグはとても強いもので、ふつうのンゲンニ界の人間には使いこなせまへん。魔法ドラッグはそれを使う人間の器によって力をあらわします。これが使えるのはつらい修行をつんだ魔法使いか、ちがう世界からきた人間……ちがう世界からきた人間は、ンゲンニ界の人間とはくらべものにならないくらい肝臓が強いので、かんたんに魔法ドラッグが使いこなせるとゆう。これは魔法使い図書館の古文書にも書かれた、知るひとぞ知るじじつなんですわ。
ンゲンニ界にはその昔、『はじまりの魔法使い』っちゅう伝説の魔法使いたちがおりましてな、魔法ドラッグはその人らが作った……あ! こら!」
オレはシンナーの手から、その魔法ドラッグの『ぶっとび丸』とやらをもぎとった。
「ゴチャゴチャうるせえよ、はやく火をよこせ!」
「おとなしく説明くらい聞きなはれや! それボクら魔法使いのだいじな宝物ですねんで?」
「ヂヂイとババアの話わ長いだけで、なんにも中身が無いからな。オナラみたいなもんだよ」
「……もうよろしいわ、好きにしいや。ハア
魔法ドラッグの『ぶっとび丸』は火がいりませんねん。吸いこむだけでかってに火がつきます。火を消すときはふつうの大麻とおなじで、ほっといたらそのうち自然に消えますわ。ほんでナンボ吸っても無くなりまへん。まあ無限に使えるVAPEとか電子タバコみたいなもんやね」
「シンナーじいさんの話、どう思う?」
佐藤の肩をひきよせる。
「うーん。このヂヂイがマヂで神さまのことを信じてたり、本気で魔法ドラッグがどうの言ってるとしたら、そうとうぶっとんでるぜ。アタマのなかがこんがらがってるみたいだから、今すぐ病院にぶちこんだほうがいい。まあボランティアだな」
「しかし、この大麻はホンモノっぽいぞ」
「そうだな、とりあえず吸ってみてから考えようぢゃねえか」
「吸いこむだけで火がつくって言ってたな。どういうしくみだ、ほんとかよ?」
「ヒッヒッヒ、もしかしたらストローみたいにヂヂイの鼻くそでもつまってるのかもしれねえぞ! 田中もそんなきたないものに、よく口をつけられるもんだね。オエッ!」
シンナーの話をまにうけたわけじゃないが、ためしに吸いこんでみると、本当にさきっぽに火がついた。
ふかく吸いこむと、すぐに肺の奥そこから脳天まで、カラダじゅうをトリップがつきぬけた。
ふつうこんなスピードでマリファナの飛びがココまでまわることはない。
コレ、ほんとうに大麻? それともまじり気なしのガセネタじゃないとしたら、マジで魔法なのか?
ゴホ、ゴホ。大麻を吸うとケムリがむせてセキがでてくる。しかし大麻からでるセキは病気のときのとちがって、セキこむたびに楽しくなってくる(ときとばあいによるが)。
苦しいというよりも神さまからプレゼントをもらったみたいな、思わず笑いがでるみたいなセキだ。
「ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ。ふーむ、ブルードリーム(※大麻の品種の名前)みたいな、サワヤカないい香りがするぢゃねえか」
すでに佐藤の目はまっ赤にじゅうけつして、んー、んーといいながら、カラダが蒸気機関車になったみたいに口と鼻からもくもくケムリがたちのぼっている。
オレも、んー、んーとうなった。
糞リラックスしてカラダの力がぬけすぎて、手足がバラバラになりそうだった。
世界じゅうが七色にキラキラかがやきだす。
アタマか心か、カラダのなかのどこか草原からそよ風がふいてきて、だんだん強くなり、しまいには嵐にまで成長しそうなワクワクする雰囲気がふくらんだ。
「やめてくださいだっぺ! は、はなすでげす。ダメでやんす!」
そのときボロ小屋の窓のそとから、聞きおぼえのある若い女の抵抗する声が飛んできた。
第四話『ガガガガ』こうご期待!