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金槐の君へ  作者: つづれ しういち
第一章
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7 わが恋は

 

「はあ……。大変だったな、今日は」


 自宅に戻ってベッドに鞄と自分の体を放り出し、律はようやく息を吐きだした。

 あの後は大変だった。ほとんど号泣と言っていい状態なのに「清水」としての意識もちゃんとある先輩は、大混乱しつつも必死で律に、そして「実朝」にも謝ってくれた。さらにはなんとか連絡先も交換して、ようやく別れたのだ。

 あのあと、午後にも講義があると言っていたけれど、あの状態で本当に大丈夫だったのだろうか。心配だ。


 自分のスマホに入った「清水海斗(かいと)」と銘打たれた電話番号をじっと見ながら、律はしばらくぼうっとしていた。

 連絡先を交換しただけでなく、清水からは「もう一度、ちゃんと会ってもらえませんか。お願いします、お願いします」と嘆願されてしまって、否応なくうなずくしかなかった。

 相手は先輩のはずなのに、いつのまにかあちらが「御家人」として自分より目下の感覚になってしまっているのが不思議でならない。それをまた、こちらもそんなに不快に思わないことが少し怖くもあった。


 いや、もちろん嫌だとは思っていない。かなりの戸惑いは覚えるけれど、清水はかつての泰時に負けず劣らずの「いい男」だからだ。

 昔の美意識でいう益荒男(ますらお)と今でいう「イケメン」とはまったく別種のものだと思うけれど、誠実で人を裏切らない彼の精神性だけは、どの時代でもモテる要素だろうと思う。自分が彼を想っていた理由も、なによりそこだったから。


(だけど……。まさか、本当にあの人が泰時だなんて)


 そこだけはいまだに納得しにくく感じている自分がいる。

 自分の実朝としての記憶だって、そんなにはっきりしたものではない。細かいことまではきちんと覚えていないし、夢で見たことでも目覚めれば忘れてしまっていることも多く、とても曖昧なものに感じる。

 それでも彼は、前世(と、そう呼んでも差し支えないのだとすればだが)で持った強烈な感情にあんなにも振り回されていた。それだけ、泰時が持っていた悔恨の情は激しかったのだろう、と思う。あんなにも気持ちをかき乱されてしまって、彼の日常生活は大丈夫なのだろうか。やっぱり心配になってしまう。

 と同時に、なにかうれしい気持ちも否定できない。


 泰時は、私の命を惜しんでくれたのか。

 ……あんなにも泣くほど、悔やんでくれたのか。


(いや、だめだだめだ。なにを考えてるんだ、俺は)


 こんなことを喜んではいけない。どんなにうれしくても、やっぱり喜んではいけない気がする。

 かつて自分と彼が本当に源実朝と北条泰時だったのだとしても。

 今の自分は青柳律で、彼は大学の先輩である清水海斗なのだから。

 彼がどう言うかはわからないけれど、「過去のことは過去のこと」として切り離して考えなければいけない気がする。そうでなければ、現代日本の大学生としての今の自分の人生を台無しにしかねない。もちろん、彼の人生もだ。


(そんなのはイヤだ。……少なくとも、泰時をそんな目に遭わせたくない──)


 しかし、こうして時を超え、異なる人の姿をとってさえ逢えたことはやはりうれしい。どんなにとどめようとしてもどうしようもなく、この想いはあふれ出て、顔や態度に出てしまうことだろう。

 律は手の中のスマホをずっとあれこれといじり回した。


 うれしい。会いたい。でも、会うのは怖い。

 これ以上あの人と顔を合わせ、言葉を交わすのは空恐ろしいような気がする。

 ほとんど焦燥を覚えるほどに、会いたいのはやまやまでも。


 千々に乱れる心をもてあましたまま、その夜はまんじりともせず、律はついに夜を明かすことになってしまった。




 わが恋は 初山藍(はつやまあゐ)の (すり)ごろも 人こそ知らね 乱れてぞ思ふ

 『金槐和歌集』374


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