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金槐の君へ  作者: つづれ しういち
第二章
86/93

27 思ひ出でて


「申し訳ありませんでした、殿。いや、律くん」

「脅すつもりなどありませんでした。どうかお許しください」

「殿。……律くん」


 さっきからしょぼくれた顔をして、背後から何度も謝罪されているが、律は聞く耳を持たなかった。振り向きもせず、大股に参道を歩いていく。完全に怒り心頭だ。

 いきなり「口づけしますよ」と言われて飛びのいたあと、驚きはすぐに湧きおこった怒りに塗り替えられた。


(あんなお守りひとつで勝手に嫉妬しておいて! なにが口づけだ、この大馬鹿者が!)


「本当に申し訳ありません、殿。どうかお許しくださいませ。後生です」

「うるさいうるさいっ。黙ってついて参れ!」

「……はは」


 とはいえ、いくら腹を立てているからといって八幡宮に無礼をすることは許されない。律は最後に振り向いて、しっかりと本宮にむかって礼をしてから宮を出た。

 同様に礼はしたものの、完全に凹んだ状態で、海斗がしおしおと後ろをついてくる。律はそのまままっすぐに段葛(だんかずら)をおりて、例の「鳩サブレー」の店に入った。

 予定どおりに家族や同好会メンバーの人数分を購入し、鳩のイラストの入った黄色い紙袋を手にして、小町通りから鎌倉駅前のバスロータリーへ向かう。このままバスに乗って、今回最後の訪問先である場所へ行くことになっているのだ。

 その間も律は、海斗に目もくれなかった。

 海斗はしょんぼりしつつも必要な情報をスマホで検索し「こちらのバス停です」「あと十五分ほどで出発のようです」などと、控えめながらも甲斐甲斐(かいがい)しく律の世話を焼いた。

 律は「そうですか」とは言ったものの、彼とは目も合わせなかった。


 バス停には観光客らしい人々が次第に列をつくりはじめ、バスが来る頃には二十名ほどになっていた。中には地元民らしい人もいる。

 本来なら二人席に座るはずのところだったが、先に乗り込んだ律がさっさと一人席に座ったので、海斗は仕方なくすぐ後ろの一人席へ座ったようだった。


 最後の目的地は常楽寺(じょうらくじ)だ。ここだけは、なぜか源家(げんけ)一門や北条氏の墓の多い鎌倉中心部からぽつんと離れて存在している。

 バス停の名前もそのまま「常楽寺」なので間違えようもない。

 バスが発車し、鶴岡八幡宮を横切るときには、さすがにぎゅっと胸に痛みを覚えた。


(……また参ります)


 心の中で手を合わせる。

 今となってはこここそが、鎌倉武士としての心の()りどころであり「聖地」なのは間違いない。

 かつて鎌倉殿であった自分にとっては、従ってくれたことで落命せざるを得なかった多くの御家人や郎党たちの鎮魂の務めが(げん)にあると思っている。そればかりは、いかに前世のこととはいえ、名前も顔も別人になり果てたとはいえ変わるまい。今後も、ずっと。


(必ずまた参りますぞ。……どうかみなみな、安らかに)


 後ろ髪をひかれるような思いを残しつつも、バスはもちろんそんな律の心中など知らぬげに、ゆらゆらごとごととふたりを運び去っていった。





 バス停「常楽寺」を降りた場所は「ここが本当に?」と思うほど、ひたすらのんきな田舎町に見えた。

 すぐそばに低い山はあるものの、高い建物がないので空が広い。田舎によくあるまっすぐな広いバス道の周囲は静かな住宅街で、最初のうち、どこに寺があるのやらさっぱりわからなかった。

 ここまでじっと沈黙を保っていた海斗がスマホから目を上げてそっとささやいてくる。


「こちらのようです」

「そうですか」


 律はそっけない返事をして、海斗について歩きだした。

 常楽寺はバス道から細い横道へ少し入った場所にあった。そこもまた住宅街だったが、人の気配というものがほとんどしない。

 視線の先では、午前中の明るい陽の光の下で、いかにも(とし)を経た風情の小さな寺がひっそりと陰をつくっていた。

 寺の前には、これまでと同様、この寺と、据えられている墓の情報を記した立て札が置かれている。


 小さな門をくぐると、やはり小さな前庭があり、ぽつぽつと埋められた石の並んだ小道を少し入ると小ぢんまりとしたお堂があった。そこへ一度手を合わせてから裏手へ回る。そちらに目的のものがあることは、事前に調べてあった。


 みっつ並んだ墓石は、ネットの写真で見て想像していた以上に小さかった。

 そのうちとりわけ小さく古びたものが、目的の墓だった。


「これが……」


 思わず声に出していた。

 これが鎌倉幕府の第三代執権、北条泰時の墓であった。



思ひ()でて (よる)はすがらに ()をぞ泣く ありしむかしの 世々(よよ)のふるごと

                      『金槐和歌集』596


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