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金槐の君へ  作者: つづれ しういち
第二章
80/93

21 春雨は

 

 律は完全にかちんこちんに固まって、そこからは自分がまともに歩けていたかどうかも怪しかった。

 海斗はと言えば憎たらしいほどに自然体で、長い足をゆったりと運びつつ、左右の街並みを穏やかに眺める様子だった。というか、むしろ少し嬉しげにも見える。


(こ、この──)


 なんだか腹が立つ。こんな風にどきどきして百面相をしているのが自分だけかと思ったら情けない。


(そりゃ、海斗さんは恋愛経験豊富なんだろうけどさっ……)


 もちろんその場合、相手は異性だろうけれども。

 それに比べて自分ときたら、同性はもちろん異性とおつきあいしたこともない。なんなら告白すらされたことがない。前世では一応奥方がいたけれども、彼女は実朝のよき理解者であり「最も近しい友人」の立ち位置だった。

 彼女を恋人として遇していたわけではないのだ。そういう意味で、こうした関係は自分にとって完全に未知の領域だった。

 なにをどうしていいのかわからない。この場でどんな顔をしていれば正解なのかもさっぱりわからぬ。


 ふと気づくと、「不公平だ」「どうせ私なんか」と、そんな不満ばかりが頭の中で渦巻いていた。

 律は思わず肩を落とした。

 先ほどようやく、数百年ぶりで気持ちが通じ合ったばかりだというのに、情けない。

 いろんな意味で、情けない。


「どうなさいました」

 海斗がとっくの昔にこちらの異変に気付いて、心配そうな目を向けてきている。

「あっ。な、なんでもないよ……」

 慌てて首を横にふった瞬間、海斗の手がさっと引かれて離れていった。

 見れば前方から、犬を散歩させる中年女性が歩いてくるところだった。


(うう……)


 彼の手が去ったら去ったで、手の中がひどく物足りなくなった。

 まことに身勝手な話である。

 思わずため息が出そうになったが、隣の海斗にこれ以上心配させたくなくて、律はそっと息を殺した。



 ◆



 そのまま江ノ電に乗り、鎌倉駅でおりて観光地である小町通りまで戻った。食事をする店を探すなら、鶴岡八幡宮の近辺に戻ったほうが楽なのだ。

 ふたりは商店街を散策しつつ、旅行雑誌の情報をたよりに、昨日のうちに目星をつけておいた店をいくつか探した。

 小学校や中学校はそろそろ終業式のある時期だからなのか、午後になって人通りはぐっと増えたように見えた。土産物の店なども、たくさんの人でにぎわっている。


「土産物は、明日の午前中にしたほうがいいかもしれませんね」

「はい。そうですね……」


 鎌倉名物のひとつ「鳩サブレー」の本店は、観光客でいっぱいだった。朝はさほど混んでいなかったようなので、海斗の提案に従うほうがいいようだ。

 しかし律には土産物より、ずっと気になることができている。

 先ほどから、ちらちらと海斗に刺さっている視線である。それも、主に若い女性からのものだ。


(ああ……やっぱり、ここでもなのか)


 今生の北条泰時、もとい清水海斗は、背が高くて姿勢もよく、いわゆる今どきのイケメンだ。大学でもそうだったが、こういう観光地ですら、女性の目を引かずにはおかないのだろう。

 とはいえここまでは、ちらちら盗み見をしたりひそひそ仲間内でささやきあったりするぐらいで、直接声を掛けてくる人はいなかったのだが。


「あのう。ちょっといいですか?」

「写真、お願いしてもいいですか」


 少し派手な容姿の四人の女性たちだった。

 海斗が差し出されたスマホで快く女性グループの写真を撮ってやったが、もちろんそれで話は終わらなかった。


「ご旅行ですか? ふたりだけ?」

「大学生? わあ、一緒ですね!」

「あたしたちも旅行なんですけど、さっき鎌倉に着いたばかりで」

「よかったら一緒に回りません?」

「お勧めスポットとかあったら教えてほしいな~なんて」


 案の定というのか、派手な見た目の強気な女性がリーダーらしく、つぎつぎに海斗に質問を投げかけて話を誘導していこうとしている。

 正直いって、見え見えである。


(はあ……。やっぱりなのか)


 律は思わずうんざりした。




 春雨(はるさめ)は いたくな降りそ 旅人の 道行衣(みちゆきごろも) ()れもこそすれ

 『金槐和歌集』534


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