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金槐の君へ  作者: つづれ しういち
第二章
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20 いまさらに

 

 和田塚。

 和田義盛(わだのよしもり)とその一門が、あの和田合戦でことごとく討ち果たされ、由比ヶ浜に晒されたのち、供養のためにここが造られた、という(いわ)くつきの場所である。


 和田塚は、道から二メートルばかりの石積みで小高くなった、四角い敷地となっていた。小さな区画に古い木々が植えられており、それがなんとなしにおどろおどろしく、鬱蒼とした空気をただよわせている。

 一軒家ほどの広さの場所に、大きな古い墓石と、こまごまと小さな丸い石が積まれた供養塔が寄り添うように群れ集まっている。なんとなく、和田の一門のみなみなが肩を寄せ合うように見えた。

 墓石そのものが、古すぎて朽ち果てそうなほどだ。表面は黒緑色ににじみ、そっと息を殺しているようにも見える。

 和田の(かしら)だった和田義盛とその一門は、いまではここに(まつ)られているのだ。


(小太郎……)


 めんどうな権力争いなどなんの興味もなく、豪快で気のいい(じじ)いに過ぎなかった、いかついあづま武士の面影。律は今でも、うっすらとそれを目裏(まなうら)に描くことができる。

 その篤実(とくじつ)な人柄を慕っていた者は多かった。将軍である自分も、ともすれば実の祖父である時政公よりも、義盛のほうに親しみを覚えていたぐらいだ。


(その節は、不甲斐ない私のために多大なる苦労をかけた。あれほど可愛がってもらっておきながら、まことに申し訳もないことだった……。許してくれなどとは言えぬが、どうか今は、一門のみなと共に安らかに眠っておくれ)


 ふたりは無言のまま、それぞれの墓石に時間をかけて手を合わせた。

 階段をおりて和田塚から出ると、奇妙にほっとした。供養塔や墓所から出ると、その場を支配する何者かから解放されたような気がするのは不思議なことだ。

 ともかくも、これでこの旅の目標の大部分は達成できたことになる。あとはただ一か所。そこは明日の予定に組み込まれている。


「だいぶ日が傾いて参りましたね。食事処を探しましょうか」

「うん」


 細い道にはまったく人通りがない。すぐ北側には江ノ電の和田塚駅が見えているのだが、本当に静かな街並みだ。

 と、横からひょいと海斗が律の手を握ってきた。


「ひっ!?」

 ぎょっとなって飛び上がる。

「いけませぬか。少しだけ──」

 窺うように見下ろされて、体が固まった。

「いっ……いや」


 まごまごしているうちに指をからめられ、しっかり握り直されてしまう。いわゆる「恋人つなぎ」というやつだ。

 体全体が燃えるように熱くなる。自分の体のどこからこんな熱が生まれてくるのかと毎回不思議になるのだが、今回もそうだった。

 そんなに熱い季節ではないけれど、手汗でもかいていたらどうしよう。


「だっ、だれか……来たら」

 うつむいたまま蚊の鳴くような声で言ってみたが、海斗は手を離さない。

「ご安心を。前世を思い出して以来、他人の気配には妙に(さと)くなりまして」

「な──」

 何を言ってるんだ、この男。

「ですから、人の気配がするまで」


 そのまま、握った手をくいと持ち上げられて、親指の付け根のあたりに軽く口づけられた。


「ひょわあっ!」


 何をやってるんだ、この男。さっきからしれっと、いったい何を!




 いまさらに なにをか忍ぶ 花すすき 穂に()でし秋も (たれ)ならなくに

 『金槐和歌集』415


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