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金槐の君へ  作者: つづれ しういち
第二章
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11 風さわぐ

 

 つぎの目的地は、例によってスマホで調べてみると、さほど鶴岡八幡宮から遠くない、と出ていた。そのため移動手段については少し迷ったのだが、結局はバスを使った。

 自分たちは決して「土地勘がない」とは言えない存在だろうとは思うけれど、正直なところ現代の鎌倉は昔とはまったく様相が変わってしまっている。海斗はどうだか知らないが、少なくとも律は、ちょっと気をゆるめれば簡単に迷子になってしまう自信があった。


 鶴岡八幡宮前からバスに乗り、目的地にはすぐに着いた。

 バス道は広く、そこから横道にまっすぐ進む道があり、その奥に石段があるのが遠方からでもすぐにわかった。


「あれが法華堂跡(ほっけどうあと)でしょうね」

「うん、きっとそうだな」


 周囲は静かな住宅街だ。道のすぐ左にまたもや白旗神社があり、右側には清泉小学校というのがあったが、校舎からは子どもたちの声なども聞こえず、人通りもほとんどない。

 石段をのぼると、こちらは五十三段。資料によればこちらは、父、頼朝が他界した年齢によるものだという。石段をのぼりきると、そこにいきなり頼朝の墓が鎮座していた。

 五段の石塔。現在のものは、江戸時代に島津氏によって建てられたものとされ、本来、父は白旗神社に葬られたのだった。

 そのすぐ隣に、四角い大きな石づくりの墓。こちらが泰時の父、第二代執権、北条義時の墓である。

 いずれにしても鎌倉幕府の要人であったふたりの墓所だというのに、周囲はただの雑木林を開いただけの空き地といった風情で、ただただ閑散としていた。数百年も昔の将軍と執権のことなど、テレビドラマにでもならなければ現代人はすっかり忘れて暮らしているものなのだろう。それが自然なこととも思える。

 ともあれ、律は海斗とともに、ふたつの墓石に静かに手を合わせた。


(父上。お懐かしゅうございます。私は恥ずかしながらこのような仕儀となりましたが、そちらはどうかお安らかにお眠りいただけますよう。心より願っておりまする)

(相州。ひさしいの。そなたには色々なことを教えて(もろ)うた。だというのに、色々と反抗もして迷惑を掛けたな。あの難しい鎌倉で、非常に苦労も多かったことであろう。……いまはそちらで、心穏やかに過ごせておるであろうか。私はそう願うておるぞ。心から)


 海斗も律に負けず劣らず、ずいぶん長いことふたつの墓に手を合わせて目を閉じていた。

 雑木林をさやさやと揺らす風がふき、ときおり鳥の声がする。あとはただただ、森閑と静かなものだった。


 ──(つはもの)どもが、夢の(あと)


 芭蕉の句がふっと脳裏にうかび、胸の奥がつきりと痛む。

 故人を悼む思いは事実だが、それ以上に胸に迫るのは古き過去のできごとへの郷愁と、ひたすらな虚しさである。そんな気がした。

 ここではもう少しだけ右奥の山へと足をのばすと、鎌倉殿に仕える要人のひとりでもあった大江広元(おおえのひろもと)の墓所もある。

 ふたりはそちらへも参ってから、ほとんど言葉もかわすことなく山をおりた。


 すでに太陽はすっかり西側へ傾きかかっていた。

 ホテルは素泊まりを選んでいるので、まずは食事をする店を探さねばならない。バスに乗り、また鎌倉駅周辺へ戻ってから、適当な和食の店をみつけて食事をとった。

 もういちど段葛(だんかずら)に戻り、そこを歩いてホテルに向かうころには、もう周囲は暗くなっていた。


「……ああ、月が」

「ああ、美しゅうございますね。天気がよくてようございました」


 そろそろと東からあがってきたのは控えめな顔をした上弦の月だった。それが花盛りの桜の(こずえ)のむこうからちらちらと顔を見せる。


「寒くはありませぬか」

「いいや、ぜんぜん。思っていたより冷えなくてよかった」

「左様ですね」


 海斗はいつにも増して言葉すくなになっているような気がする。それが気にならないわけではなかったけれど、律はあえて気づかぬふりをした。


(……お風呂とか、どうするつもりなんだろう)


 とりあえず、律の心を占めているのは、どちらかといえばそういう「現代を生きる若者」としての下世話な心配事なのであった。

 あのホテルには内風呂はあるけれど、客がだれでも利用できる大浴場もある。海斗がどういうつもりでいるのか、今のところはさっぱりわからないのだ。

 だが、まさかこちらから「どうするのだ」と訊く勇気はさすがにない。ないが、気になる。だからひたすらもじもじと心の中だけで逡巡するのみなのだった。



風さわぐ (をち)外山(とやま)に 空晴れて 桜にくもる 春の()の月

 『金槐和歌集』50


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