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金槐の君へ  作者: つづれ しういち
第二章
69/93

10 もののふの

 

 上宮への石段は、きっちり六十段あった。時おり後ろをふりかえりつつ、新たに植えられたという若い銀杏の木を写真におさめたりしながら、ふたりは段をのぼった。

 老若男女の観光客の列にならび、作法どおり賽銭を入れて二礼二拍手。そして手を合わせる。


(まことに不思議なめぐりあわせにて、この者とともにまたこちらへ参拝いたしました。御手(みて)のお導きを心より感謝申し上げまする)


 深く御礼(おんれい)を申し上げてから最後に丁寧に一礼し、少し遅れてやってきた海斗とともに、すぐ隣の宝物殿で催されている展示を見に入った。お(やしろ)にあるにしては多少無粋な感もある自動発券機で入場券を買う。

 宝物殿の内部は非常に薄暗く、ガラスで仕切られた中に色あせた当時の文物が静かに並んでいた。

 鎌倉時代の鎧具足(よろいぐそく)一領(いちりょう)も据えられており、ふたりはガラスごしにその具足をしばしじっと見つめていた。

 やがて海斗がぽつりと言った。


「……斯様(かよう)に、小さなものだったでしょうか」

「現代人は昔と比べてずいぶん大きくなったとは聞いていたが。これを見ると、いかにも実感するな」

「まことに」


 大社の一部を開放する形で設けられた展示室は、外からの光を取り入れないよう仕切られており、その暗さが昔を彷彿とさせた。かつてはこうして外から入ってくる光と、わずかな手元の明かりだけで暮らしていたものだ。

 昔は暗くなれば寝るもので、戦や貴人の警護というような特別な場合でもなければ、長々と松明を使うということもない。


 ひととおり見終わって回廊へ出ると、なにやらほっとした。過去からまた未来へと戻ってきたような、不思議な心地がしたのだ。

 上宮の前へ戻ると、こちらにもある社務所の前に、お守りや御札、鳩のおみくじなどを求める観光客が並んでいた。

 律と海斗は家族のためのお守りなど、お土産ものを少しいただいてから石段をおり、鶴岡八幡宮内にある白旗神社のほうへ向かった。


 東側の脇道にそれる形になるためか、こちらの道では観光客の数がぐっと減る。森の中を歩くような小道と、優雅に鯉がおよぐ池をまたぐ橋をわたると、源実朝の歌碑や「実朝桜」と銘打った若木がある。

 こちらの地に自分の歌碑があちこちに建てられていることを知ったときには、恥ずかしいような誇らしいような、なんとも言えぬむず痒い気分になったものだ。

 そこをさらに進むと、黒塗の御社殿が特徴的な白旗神社に行きあたった。


 こちらは父、頼朝と実朝を祀った(やしろ)だという。父はともかく、自分まで祀られていると思うとやはりむず痒い。

 こちらは資料によれば必勝や学業成就のお社なのだそうだ。

 ともあれこちらにもきちんとお詣りをした。自分に対してではなく、あくまでも父・頼朝に向けてだが。


 そこから南へ下ると、国宝展を催す建物やら研修道場、そしてまたもや自分の歌碑などがあり、さらに例の鶴岡幼稚園がある。幼稚園の前には「つるがおかようちえん」と書かれたかわいらしい園バスが停められていた。


「本日はこのまま、計画どおりでよろしゅうございますか」

「もちろんだ。思っていたより時間はかからなかったし、是非そうしよう」

「御意」


「いまの自分は実朝ではない」と思いつつも、あいかわらず気をゆるめると古風な話し方に戻ってしまう。そんな自分たちに少しおかしな気持ちになる。

 律は海斗に見えぬように苦笑すると、向きなおって彼に微笑みかけた。

 海斗がぴくっと固くなる。いつに変わらぬまっすぐな瞳で、じっとこちらを見つめ返してくる。いつも思うが、そこに何を見ているのだろうか。

 それにしてもこの男、この旅の間は特にだが、しばしばこんな風に妙な態度を出すことがあるような気がする。いったいなにを考えているものか。

 ともあれその答えは、きっとこの旅ではっきりするのだろうと思う。


「さあ、参ろう」

「は」


 そうして、ふたりでゆっくりと三ノ鳥居に向けてもどり始めた。




もののふの 矢並(やなみ)つくろふ 籠手(こて)のうへに (あられ)たばしる 那須(なす)篠原(しのはら)

 『金槐和歌集(実朝歌拾遺)』677


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