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金槐の君へ  作者: つづれ しういち
第二章
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3 鶴の岡


 年が明けて、大学が本格的に始まるまでの間、海斗はほとんど三日に一度ぐらいのペースで律と会う約束をしたがった。

 河川敷を歩くなどのトレーニングもしなくてはならないというので、律は何度かそれにつきあって一緒に歩くこともあった。寒風の吹く中、それでも彼と少し足早に歩く間は、ほとんど寒さを感じなかった。


 律が贈り直した過去の歌「春霞」に対しては、その後海斗はやっぱりなんの返事もしてこなかった。もしかすると、「きちんと足が治ってから」と考えているのかもしれない。いや別にそんなことはなく、単純に「過去にいただいた歌をもらいなおしただけ」という感覚なのかも。いや、わからないが。

あれやこれや考えつつも、律は律で「返歌などはもらえないんですか」なんて直截(ちょくせつ)な言い方では到底きけるはずもなく、ただなんとなくもやもやした思いを抱えたまま何も言えずにいた。

 それでも彼に会えればただ胸が躍る。悔しいがそれは事実だった。

 だからこそ、余計にあれこれと面倒なことを尋ねる気持ちにならなかったのだ。


 大学のある街には、中心部を避けるように大きな川が流れている。その両岸は広い河川敷になっていて、場所によってはテニスコートが作られており、堤の上には遊歩道が整備されていた。


「もう、だいぶ普通の速さになりましたね、海斗さん」

「はい。殿がこうしてずっと訓練におつきあいくださったおかげ様にございます」

「……もうっ。またそういうしゃべり方」

「あ。申し訳ありませ──いや、ごめん。律くん」


 やっと言い直してぺこりと頭を下げるのもいつものことだ。

 しばらく歩いて駅周辺の街並みが近づいてくると、店内が比較的静かなコーヒーショップに入る。休憩のあとは二人で街の図書館に行き、鎌倉時代にまつわるさまざまな資料を見つけては目を通した。

 海斗はあれから鎌倉市のホテルや観光地の情報をあれこれと調べているらしく、律もしばしば相談をもちかけられた。シングルの部屋というのがあまりないらしく、あっても二部屋取るとなるとかなり割高になる。「ツインにしてもよいでしょうか……」と申し訳なさそうに聞かれたのはつい先日のことだった。

「もちろんですよ。変に高くなるのは困りますし」と当然のように答えた律だったけれど、あとになってよくよく考えてみたら、急に顔が熱くなった。


(い、いやいや。二人で泊まるからって、いきなりそんな……ことは)


 ないはず、と自分に言い聞かせ、「そんなことってなんだよ!」と自分で自分に突っ込みを入れて自分のベッドで転がりまくったのも一度や二度ではない。


(いったい何を考えてるんだ、私は。いや海斗さんだって──)


 当の海斗はというと、そういう話をしているとき、同室ということで申し訳なさそうにはしたものの、他にはなんの他意もなさそうなすっとした顔だった。だとしたら、彼には別にこれといった特別な感情はない……ということなのだろうか。

 いや、それはそれで複雑な気もする。

 一応、告白めいたことをしてしまった身として、なんの意識もされていないとなればやっぱり悔しさが先に立った。


(ああっ。もう! いったいどういうつもりなんだよっ、海斗さん!)


 世に「ヘビの生殺し」などと言うけれど、まさにそんな感じだった。



鶴の岡 あふぎて見れば 峰の松 (こずゑ)はるかに 雪ぞつもれる

                      『金槐和歌集』313


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