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閑話 2

 

 特にこの頃は、両松葉が片松葉になったことで、必然席に荷物が減って少しずつ身動きが取りやすくなってきた。

 だから海斗は再三、律に言っている。

「どうか、ご無理をなさいますな。もうさほど、日常生活に苦労はしておりませんので」と。

 しかし律の答えはいつも同じだった。

「ダメだ。ちゃんと両足で歩けるようになるまでは」


 お願いだ、いやお願いですと頭を下げて懇願されてしまうと、海斗にはもうそれ以上何も言えなくなってしまう。

 この方は、今も昔も純粋で、そして奇妙に(かたく)ななのだった。それを知っているからこそ、海斗が彼に言える言葉はいつも少ないままだった。

 恐らく、言いたいことの半分もお伝えできていないだろう。


 しかし正直、律がいてくれることで助かることは多かった。何より、ある種の目的をもって近づいてくる女子学生からのアプローチが、律によってかなり阻まれているのは事実だったからだ。


 好意を寄せてくれること自体は感謝しなくてはいけないのかもしれないが、海斗はここまでの人生で、女性たちに関するトラブルには何度も見舞われてきており、すでに疲れはてていた。女性同士の「キャットファイト」が目の前で始まってしまったことも一度や二度ではないのだ。


 まして今は足もこんな状態で、積極的な彼女たちから思うようには逃げられないと来ている。だから真正面からありがたいと受けとめるには相当後ろめたかったものの、律の存在には心から感謝していたのだ。


 悪友である鷲尾は別にどちらの肩を持つわけでもなく、基本的にニヤニヤしているだけで、あまりこのことに言及はしなかった。だがその眼鏡の奥の目を見ているだけで海斗にはわかった。

 その目が「良かったじゃねえか、仲良くやりな」と語っているのが。


(まったく。人の気も知らないで)


 そんな風に恨めしく思ったことも少なくない。

 かといって、この奇妙な律との関係性を、彼に理解してもらうのは無理だろう。どこか奔放で自由な考え方を好む彼なら受けとめてくれるかも知れないが、自分にうまく説明ができるとは思えない。


「荷物、持ちますよ。海斗さん」

「いえ。今日は買い物もありませんし、本当に軽いので大丈夫です」


 そのためにバックパックで来ているのだから、さしたる不便は感じていない。ノートパソコンが入っていてもさほどの重さではないのだ。それは本当なのに、律はいつも少し残念そうな、寂しそうな目になるのだった。

 つきり、と胸の奥に痛みを覚える。

 自分が彼からの好意や手助けを正面から受けとめられないのはなぜだろうか。

 やはり彼が、もと鎌倉将軍、実朝さまだからなのか。それとも単に、後輩の青柳律として、こき使いたくないと思ってしまうからなのか。


「あのドラマ、私もみてましたー!すごいですねえ、本物だあ! 感動ですぅ! 実朝さまが、こちらで……!」


 タレントの賑やかな声がかの人の名を叫んだ途端、その声がナイフのように耳に飛び込んできた。

 先程から夕刻のニュースでも見ようかとなんとなしにつけていたリビングのテレビ。今日はたまたま、そこで旅行番組を放送していたのだ。

 あらためて画面を見て、ハッとした。画面のすみに、見慣れた社の名前が派手なフォントで並んでいる。


(……ここは)


 走馬灯のように脳裏に立ち現れる、あの場面。あの無惨な記憶。

 自分でも何を叫んでいるかもわらず、吠えるように絶叫しながら、どよめき乱れる家人たちをかき分けて走った石段のたもと。


 夜の底で、松明の明かりに照らされて真っ白な雪の上に黒々と広がっていたのがかの方の血しぶきだという事実は、なかなか信じられるものではなかった。

 夢であってほしいと、夢なら醒めてほしいとどんなに願ったことか。

 冷たく動かぬお体、首のない哀れなお体に成り果てていた高貴なお方──。


 お気の毒なその首は、遠い地でようやく見つかって葬られてから以降、いまだにお体とともにはされていないのだと聞く。


(そうだ──)


 閃くようにして思った。


 行ってみたい。

 今、この時代に。

 是非ともあの方とともに。


 海斗は鞄からおもむろにノートパソコンを取り出すと、いつも使っている書籍販売サイトを開き、とある雑誌の「カートに入れる」のボタンをそっとクリックした。

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